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風が吹きぬけ、光舞う  作者: 甘夏みい
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第一高校 立花宗の物語 第三章

夕焼けは若葉を照らす朝日に変わる。


 箱根駅伝に憧れたのは、幼稚園の頃だった。

 次のランナーへ、チームの象徴であるタスキを渡す。そしてチーム一丸となって繋がれた絆の証を、アンカーが必ず持って帰る。途切れさせてはならない汗の結晶に、強く強く心が惹きつけられた。

 俺も、いつか「あっち」に行きたい。

 俺も、いつか「あの世界」へ飛び込みたい。

 何度も何度も賢介と弘人に話して、ビデオテープが擦り切れてしまいそうなほどたくさん箱根駅伝を見た。

いつしか俺の憧れは、俺たちの憧れになった。そして俺たちの憧れは、俺たちの夢になった。

 しかし高校に入って、そんな夢は絵空事にしか過ぎなかったのだと思い知った。五年前まで存在したのだという駅伝部は部員がいないため休部扱い。同じく走るのが好きだという同級生たちは陸上部に入部した。

 走るだけなら長距離でもいいのではないか。繋ぎたいだけならばリレーでもいいのではないか。何度も何度も自問して、何度も何度も悩んで迷って、真っ白の入部届を見つめ続ける俺に、声をかけたのは賢介だった。


「一度、やってみればいいんだよ。駅伝の真似事を」



 それから賢介と弘人と三人で、余り布で作ったボロボロのタスキとカジュアルなスニーカーで駅伝「ごっこ」をした。舞台は近所のジョギングコースで、観客は犬の散歩をしているおじさん。そんな子供のおもちゃみたいな駅伝「ごっこ」をしている時は、泣きたいくらい楽しかった。沈みかけた夕日を追いかけるようにタスキを握って駆け出したら、自分に羽が生えたようだった。生きている空気を吸い込んだ肺が、浄化されていく。

 三人で馬鹿みたいにタスキを回しあって、三人で河原に寝っ転がって、ぎゃあぎゃあと笑いあう。爽やかな風がどこまでも優しくて、しかしちゃんとした練習も出来ずに過ぎていく時が惜しかった。


「あれ、隣町の高校だよな」


 弘人が指さした先には、どこかの部活だろうか。団体でトレーニングをしている。その背中に揃いで『青風高校駅伝部』と書かれていた。


「駅伝部……」


 ぽつりと賢介が呟いた。その駅伝部の集団は、揃った足並みで寝転んだ俺たちを通り過ぎていく。一年生と思われる一人が少し遅れて付いていった。


「俺たちも、ああなりたい」


 言葉に出したらすとんと胸に降りてきた。憧れと嫉妬と期待が入り混じったものが、複雑に絡みながら溶けていく。


「やってみるか。俺たちで、駅伝部」


 にこっと笑った賢介と、ふんと鼻を鳴らした弘人。そして俺は何も言わずに、もう落ちかけた夕日を眺めた。それはどこまでも静かな、しかしどこか吹っ切れたような。そんな五月の船出だった。





***




 それから一年が経ち、同じ五月の風が吹く。

 少しだけぬるくなった風に吹かれながら、青空を背景にトラックを駆け抜けた。ピッと機械音が小さく鳴り、さっきまで何も感じなかった熱気が一気に押し寄せてくる。どっと汗が出てTシャツの腹で拭ったら、行儀が悪いと賢介の声が飛んできた。


「立花くんはフォーム綺麗だよねえ。体幹がいいのかな?見てて飽きないよ」

「それ俺も思ってました!宗さんが走ると、何かハッとするというか!」


 ニコニコと笑顔を浮かべながら近寄ってくる神崎と、その神崎にまとわりつくようにちょろちょろと付いてくる怜。何となく飼い主とペットみたいで微笑ましい。しかしそんな二人の目は俺から放そうとしない。どこか居心地が悪くて逃げようとしたら、賢介と弘人まで寄ってきた。


「宗のフォーム?見慣れてて気づかなかったぞ。そんな綺麗なのかよ」

「ああ、ここまで完成されてるのは陸上部にもいないよ。スカウトしたいくらい」

「引き抜き禁止で~す」


 にやにやと肩を組んでくる神崎を引き剥がしたのは賢介だった。弘人は不思議そうな様子を隠そうともしない。フォーム?としきりに考え込んでいる。


「まあ、宗の体幹とかリズムはいいかなと思ってはいたけどね。神崎が言うんだから相当なんだろうな」


 賢介はそう言いながらただ笑った。神崎と関わるようになって日は浅いが、神崎は見たものをそのまま言う癖がある。言い方が回りくどいこともあるが、基本的にはっきりと言ってくれるので信頼できるやつだった。その神崎が綺麗と言うのだから綺麗なのだろう。自分では考えたこともなかったが。


「まあね。コーチもいない状況でここまで完成されてて凄いなと素直に思ったよ」


 だんだん居心地が悪くなってきた。しかし神崎は微笑んだままだし、怜は目をキラキラさせている。前から思ってはいたが、怜は俺に夢を見過ぎているような気がしてならない。


「俺はいい。それより、怜はどうなんだ。怜を強化するために使わせてもらってるのに」

「うーん、前より走れてるかなとは思うんですけどね……タスキの受け取りが上手くいかないし、気持ちも乗らなくて」


 ずーんという音が聞こえてしそうなほど蒼くなってしまった怜の背をぽんぽんと叩いてやると、おちゃらけた返事すらない。相当悩んでいるようで、俺まで俯いてしまった。


「それなんだけど、俺に一つ考えがあるんだ」


 少し重くなった空気に切り込みを入れたのは賢介だった。タイムがびっしり書かれたノートに目を走らせ、その後じっと怜の瞳を射抜くように見つめる。怜が身じろぎをしたのが分かった。


「第一区、やってみない?」


え、と小さく呟く怜。はあ!?と目を見開く弘人に、おおと神崎が一言。俺は言葉すら出さなかったが、衝撃は十二分だ。

 今まで第一区は弘人が務める予定でいた。第一区は大会を経験している二年生、もしくは三年生が出るケースが多いからだ。だから一番メンタルに自信のある弘人を一区に据えて、士気を高めようという作戦だった。はずだった。


「今、怜もそう言ったように、怜は普通の徒競走みたいにスタートから走った方が速いんだよ。それにタスキの受け取り苦手なんだろ?ならメリットしかないよね」

「ま、まあそれはそうなんだが」


 自信満々の賢介と対照的に、どこか釈然としなさそうな弘人。当の怜はぽかんと口を開けていた。


「怜がもし呑まれたら、俺たちが取り返せばいい。それに初挑戦なんだ。一年がいきなり一区でも不思議じゃないよ」


 神崎はふんふんと相槌を打っている。それににこりと笑った賢介は高らかに拳を空へ突き上げた。


「一区は怜だね。二区は元々怜だったけど、俺が担当するよ。三区は弘人。坂道きついけど頑張れるだろ?」


 賢介はにこにこと言葉を続けていく。元はゆるやかな二区を怜で凌ぎ、三区を賢介が走る予定だった。しかし今では二区を安定した賢介、三区を火力の弘人でぐちゃっと担当が変わっている。ただ、その場所に俺の名はない。


「なあ、俺は?」


 賢介に訊いてみたら、当の賢介は少し不思議そうな顔をしていた。


「アンカーはお前に決まってるじゃん、宗」


 緊張しているのか、青い顔で震えている怜。気持ちを切り替えたのか背後から闘志のオーラが見え隠れしている弘人。そして二の句が継げない俺。

 三者三様の反応を見て、神崎が「青春だねえ」と笑っていた。


ども!甘夏みいです。今回は人間ドラマっぽくしてみました。台詞は楽しいですね。誰か前書きの書き方教えてください。反省点は一区、二区の前後が分かりにくくなっていそうなところです。

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