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93話  息抜き  直哉、森崎視点

「……で、何で俺らゲーセンに来てんだ?」


 シューティングゲームの前で直哉は隣で銃を構えている和弘に尋ねる。

 検査が終わり、ホームへ向かおうとした時に和弘の提案で三人はゲームセンターに足を運んだ。


「息抜きだ。貴様も戦闘や検査で気が滅入っているだろう?」

「まあ、そうだけど。けど、さっきの話聞いた後だと意図があるんじゃねぇのかって思うだろ」

「珍しく足りない頭を稼働させているようだが、目の前の試練に意識を向けなくていいのか?」

「え? ――って、おわっ!?」


 和弘への質問に意識を集中していたせいでゲームが始まっていたと気付くのに遅れた。

 画面越しとはいえ、ゾンビが猛スピードで迫ってくる光景は心臓に悪い。

 慌てて銃を構え、乱射する。迎撃が間に合わず、数回ダメージを受けるが、なんとか危機を脱したようだ。


「ダメだよ、ゲームとはいえ油断しちゃ。………仕方あるまい。精神が未熟な直哉に過度な期待をするのは酷というものだ」

「お前らせめてどっちかが喋れ!」


 画面を注視しながら、横から飛んでくる野次に文句を言う。

 周囲に人がいるため、ヴァルカンは和弘の身体を借りて話している。そのため二人を知らない人にとってはいきなり口調が変わっているようにしか見えない。


「どうした? 動きが鈍いぞ。貴様の実力はこんなものか?」

「ほっとけ! てか、喋りながらプレイとか余裕だな、お前!」

「ふん、この世界の命運は貴様の手に掛かっている。我は既に戦士としての役割を終えた。故に貴様の後方支援に徹してやろう」

「開始早々ゲームオーバーになってんじゃねえよ!?」


 一瞬だけ隣を見ると和弘は銃を置いてドヤ顔で腕組みをしているに軽く怒りが沸いてきた。

 けれど、次々と襲い掛かるゾンビの攻撃を前に直哉は彼への怒りを一旦引っ込めようとする。


「さあ見せてみよ。貴様がこの世界の救世主となる時を!」

「他人事だと思ってー!!」


 隣で高笑いしている和弘に再度怒りが込み上げるが、直哉は目の前のゲームに集中する事にした。

 画面に浮き上がるカーソルに合わせて引き金を引く。


「あーくそ。キリがねえ」

「ほう。よく見れば、装備を換装する事が可能なようだな」

「は?」


 和弘の一言で画面右下に銃の残弾数と複数の銃のコマンドが表示されているのに気付く。

 今使っている銃の側面に白いボタンを押すと使用している銃が変更される。それと同時にゾンビが一斉に襲い掛かってきた。


「えっと、どうすれば――あ、あー!!」


 どう行動すればいいか分からず、一人で焦っているうちに群がるゾンビに対処できずにあっという間にゲームオーバーになった。


「ありゃりゃ、もう終わっちゃったね………まさか、このような醜態を晒すとはな。些か甘く見ていたようだ」

「即効でゲームオーバーになった奴が言うな! ちくしょう、他のゲームでリベンジだ!!」

「再挑戦しない辺り、日高君のヘタレ度合いが分かるね………よいではないか。此度は直哉の立ちはだかる試練に足掻く姿を存分に見せて貰おうではないか」

「うるせえ! お前らも今度こそちゃんとやれよって、そういえば、森崎さんはどうしたんだ?」

「気にするな。この空間にいる間は別行動を取ってる。学生の中に大人が一人という光景は目立つであろう?」

「ああ、そういう事。だったらお前の言動を普通に戻した方がよくねえか?」


 学校では不思議な力を持つ生徒の一人は和弘なのではと噂がある。巨漢で変な言動をしているという特徴は彼だけなのだ。


「声に惑わされ、己を変化した時点で自身に秘め事があると打ち明けているようなものだ。どんな壁が立ちはだかろうと我は己を貫くのみよ」

「はいはい、恰好良いですねー。クラスの連中から聞かれなかったのか?」

「我が領域に凡人が容易く踏み入れる度胸があると思うか? ………実際は何人か聞きたそうにしてたけど、普段から交流がなかったせいなのか誰も聞きに来なかったね」

「………なんか、ごめん………」


 特別な力を持っているかもしれない。それだけで注目の的になりそうだと思っていたが、和弘がクラスの中で浮いているという事を深く考えていなかったため、彼がぼっちだというのを思い付かなかった。


「貴様、我が歩む道を勝手に憐みを持つとはいい度胸だ。この空間にある数多の試練で自分の行いを改めさせてやろう」

「え、待って、目が怖いんだけど……た、助けてー!!」



―――――――――――――――――――――――――



「賑やかだな」


 森崎は格ゲーをしながら視界の端で悪戦苦闘して悲鳴を上げている直哉とそれを見て高笑いしている和弘の姿に苦笑する。

 適当に遊びながら周囲の様子を確認する。自分の周りにも数人、それぞれの席でゲームをプレイしているだけで、今のところ彼らを見ている人物はいないようだ。


 自分たちを監視している人間がいるかもしれないと、和弘がスマホを通じてメッセージを送ったため、トイレに行く振りをしてそのまま彼らと距離を取る事にしたのだ。

 和弘は息抜きと言っていたが、おそらくは直哉の能力に付いて試しているのだろう。彼はほとんどのゲームで直哉の動きを真剣な表情で観察しているのがその根拠だ。


(しかし、能力の解明を急いでいないか?)


 これまでヴァルカンの能力について和弘は積極的に研究していなかった。けれど、今は直哉の能力について考えを巡らせているような様子が見られる。

 時折、暗い表情で直哉を見る和弘が気になる。


(やはり、クロトたちのサポートをさせるつもりなのだろうか)


 自身や優理の時と能力の解明に対する姿勢が明らかに違う。

 そして、キメラとの戦闘が苦戦を強いられているのも事実だ。直接キメラと戦うのはクロトとアレクというのは変わらないが、和弘も優理も能力を使って戦闘のサポートができると前回の戦闘で証明してしまった。


 まだ能力が判明していない直哉も何らかのサポートができるかもしれない。


(もう、彼らを巻き込みたくないと我儘を言っている場合ではないんだ)


 クロトたちの武器が通用しなかった事で一番激しい戦闘となった。それでも犠牲者の数を最小限に抑えられたのはあの場に和弘や優理がいたからだろう。


 今後、彼らの力を借りなければ下手をすれば敗北する事も有り得る。国を守る立場からすればそれだけはなんとしても避けなければいけない。

 けれど、そのために年端もいかない少年たちにその重荷を背負わせてしまう事に罪悪感を抱かずにはいられない。


(どうして力を授かってしまったのが彼らなのだろう)


 能力を発現して、戦闘で活躍する彼らを見ていつも思う。エドナが襲来するまで優理たちは普通の高校生だったのだ。それが不慮の事故で未知の力を手に入れ、今では戦闘の支援をしている。


 そんな事を初めから望んでいたわけではない。しかし、甘い事を言っていられない状況に優理たちを立たせている自分たちが情けなく思う。


(せめて、俺にできる事をするしかない……)


 自分に何ができるか分からない。それでも、何もしないという選択肢は森崎の中にはない。一人で悩んでいる暇があれば、少しでも優理たちの手助けになる事をしよう。

 決意を新たに目の前のNPCを倒してゲームを切り上げようとしたと同時にスマホに和弘からメッセージが届く。


「『そろそろ帰ろう』か。ああ、確かにいい時間だな」


 スマホの上部に表示されている時刻を見ると十八時を示していた。ホームで岬が夕食を作って待ってくれているだろう。

 今プレイしている対戦を終わらせてようとした時、近くで大きな物音がした。


「あー、くそっ! 何なんだよ!!」


 近くで若者らしい男の荒れた声が響く。苛立った様子で叫んでいたが、すぐにその声は周囲の音でかき消される。


 ゲームを終わらせ、すぐに声のした方向へ向かうと、出入り口に続く道にあるいくつもの椅子が倒れていて、ちょうど誰かが店から出た様子だった。

 従業員がやってきて椅子を周囲の人に頭を下げながら、椅子を元に戻す。


「何事だ?」

「態度の悪い客が出てっただけだよ」


 別のところから直哉と遅れて和弘がやってきた。和弘は騒ぎを聞いていなかったのか、従業員や他の客の反応を不思議がっていた。

 直哉の説明を聞いて鼻で笑う。


「ほう、けしからん輩だな。娯楽によって怒りを増幅させてしまうとは未熟極まりない」

「全身真っ黒でいかにも根暗って感じの奴だったな」

「全身黒……」


 その言葉を聞いて森崎は店から出て辺りを見渡す。機嫌を悪くした客が店の前にいるはずもなく、人込みに紛れてどこにも全身黒の男はいなかった。


(考えすぎか。全身黒のコーデなんてそこまで珍しくはないだろう)

「どうしたんすか?」

「いや、なんでもない」


 前回の戦闘で現れた多頭獣が出現する映像に映っていた全身黒の男が脳裏に焼き付いていたせいで、無理に同一人物だと思い込んでいたのかもしれない。


「ここで行う儀式は済んだ。我らの憩いの場へ帰還するぞ」

「気晴らしって言ったけど、俺そんなに気分転換になってないんだけど」

「行くぞ!」

「おいこら! スルーすんな!」


 直哉の言葉を無視して和弘はホームに向かって歩き出し、怒りながら直哉もその後に続く。

 その後ろ姿を森崎は見つめるだけだった。


(俺に何ができるのだろうか)


 キメラと戦う力も彼らの苦悩を正しく理解する事も森崎にはできない。自分の無力さに苛立ちを覚えながらも森崎は足を動かす。

 立ち止まる事は許されない。自分よりも辛い立場にある彼らの助けに少しでもなれるように大人である自分が動かなければいけない。そんな使命を抱きながら、森崎も先へ行く二人の後を追う。

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