92話 神気の行方 直哉視点
「日高君、身体の変化はないか?」
「いえ、何もない、です」
対策室の責任者である石山邦夫の問いに僅かな怯えを抱えながら、答える。
鍛えられた肉体から醸し出される威圧感にそこまで気が強くない直哉は無意識に萎縮してしまう。
「そうか。それならいいが……」
部活が終わり、キメラ対策室で検査を受ける直哉。
ヴァルカンの創った水晶の中に入るだけで自分が何かするわけではないのだが、どうしても受ける度に身構える。
神気という謎のものが体内にある事。自分を興味深く見る大人たちの目線。
それらが直哉にとって自分たちを実験動物のように見ていると錯覚してしまうのだ。
(だめだ、変な事考えてばっかだ。優理のネガティブが移ったのか?)
ただの被害妄想だと頭では分かっているが、どうしても悪い方向へ考えてしまう。
仕方がないと簡単に割り切れてしまえば楽なのだろうが、自分を取り巻く環境がそれを困難にさせる。
和弘に続き、優理も能力で戦闘のサポートができるようになり、二人と同じヴァルカンの能力の一部が宿っている直哉にも同じ事を期待している様子がある。
戦う度にクロトたちはキメラたち苦戦を強いられ、今ある武器では致命傷を与えられない個体も現れた。
だから、焦っているだろう。
キメラを倒せるのはクロトたちだけだ。彼らが勝てなければ、自分たちに未来はない。
その未来にならないために少しでも二人を支援できるものは何でも使うしかないのだ。しかし、その期待に直哉とってはキメラの次に恐い。
「もう帰っても大丈夫ですか?」
「そうだな。検査結果については森崎君経由で連絡する。頻繁に足運んでもらってすまない」
「いや、全然平気です。それじゃ」
『あれぇー? おかしいな』
ヴァルカンの間抜けな声に全員の視線が腕を組み、何度も唸って画面を凝視しながら首を傾げている精神体の彼に注がれる。
「どうした?」
『今の検査結果なんだけど、日高君の体内にあるはずの神気が検出されないんだ』
「何だと?」
ヴァルカンの言葉に一瞬だけ驚いた顔をして、和弘も画面を見る。
直哉も自分の身体に何かあったのかと、怖くなって画面に集まる面々にこっそりと近付く。
「そのようだな。どういう事だ?」
『ボクにも分からない。神気がなくなった? いや、使っていないはずだからそれはないはず……』
「発想を転換させよう。この事象を起こすにはどうする?」
『やっぱり神気使い切る事かな。ただそんな事をして日高君がピンピンしているのは有り得ない』
眉間に皺を寄せて討論する和弘とヴァルカンを全員が見守っている中、いきなり二人の視線が直哉に向けられる。何か嫌な予感がして思わず、肩が震えた。
「え? な、何?」
「直哉、本当に肉体の一部だけ熱を帯びたり、神気が溢れたりしていないのだな?」
「あ、ああ」
『という事は日高君だけ能力の発現が小山さんや源田君と違う可能性が高いね』
「俺だけが違う? 何で?」
確かに直哉は二人と違い、まだ能力が判明していない。
能力に目覚めるのは個人差があると勝手に思っていたため、そこまで思い詰めていなかった。
「考えられるのは、貴様が神気の親和性が一番高い事だ」
「どういう事?」
『キミは三人の中で神気を扱うのが一番上手いんだと思う。小山さんの目や源田君の身体から神気を溢れさせるのは制御しきれていないから身体に変化が起きる。けど、日高君は制御しているから変化が見えない。という可能性さ』
「じゃあ、俺も能力に目覚めてるって事?」
自分の事なのに理解が追い付かない直哉はひたすら疑問を二人に投げ掛けるしかできなかった。
普通に生きていれば経験しない事、自分の中で目立った変化がないせいか、実感がないのでどこか他人事のように聞いている自分がいる。
「今回の検査で体内にある神気が検出されない事からその可能性が高い」
『しかも、体内の神気はもうキミの生命力そのものになってると言っても問題ないだろうね』
「えっと」
「待って下さい。では、日高君が能力を使うという事は……」
話が追い付いていない直哉に代わってこれまで黙って聞いていた石山が手を挙げて和弘とヴァルカンの話を遮る。その表情は苦いもので、自分よりも彼らの話を理解しているようだ。
『命を削る行為では、あるね。あ、でも、能力を酷使する事になっても小山さんたちよりも自覚しやすいはずだよ』
「それは何故でしょうか?」
「単純にいえば神気を体力と捉えればいいだろう。体力が尽きれば人間は倒れないように無意識に行動を制限するだろう?」
「なるほど。では、肝心の彼の能力は一体?」
『それが、何とも言えないんだよね』
「え?」
ヴァルカンの困った表情に話の理解が追い付かずない直哉の中にある不安を余計に煽る。それならばと、和弘に目を向けるが、彼も難しい顔をして腕を組んでいる。
『ずっと能力が発動し続けている可能性が高い。でも、日高君はそれを自覚できていない。という事は日常生活を送るうえでは大した変化がないものになる。だから、断言できないんだ』
「候補はあるのだが、それ以外の可能性の見落としや視野を狭めてしまう恐れがある。権能を行使している自覚がない以上、慎重に検証しなければならん。しかし、………」
「どうした?」
「いや、気にするな」
『取り敢えず、今後は検査の回数を減らして、日高君にはいろんな事をしてもらう感じでいいと思う』
「分かりました。ヴァルカン、今後はホームで日高君の検査をする事は可能ですか?」
直哉を見る和弘の表情はどこか曇っていた。視線を逸らされるが、どこか不安になる。
和弘の様子に気付いていない、ヴァルカンと石山の言葉に直哉は意識を和弘から二人に移す。
『大丈夫だとは思うけど、どうしてだい?』
「前回の戦闘で特殊能力を持ってる高校生がいるという噂が広まっているのはご存知ですよね? その正体を暴こうとしている者が出始めているそうです」
『そうなんだね。分かった、日高君についてはコッチでなんとかするよ』
「俺らの存在がバレたらそんなにまずいんですか?」
「人間の好奇心というのは時に災厄を招く事がある」
石山の回答に話の中心メンバーであるヴァルカンたちの空気が重くなったように感じながらも、僅かな違和感を抱く。
しかし、自分にできる事などないと分かっているから直哉はそれ以上口を出さなかった。
「長引いてしまったな。今日の検査は終わりだ。日高君、今後も何かあったらすぐに知らせてくれ」
「はい……」
話が終わらせ、石山が周りに指示を出している中、無自覚に変化している自分の身体に不安を覚えながら、直哉は和弘や森崎と共に対策室を後にする。




