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パラドックス・セリスィ -クロス・W-  作者: 夏樹浩一
第九章 気付く×築く
87/123

87話  決めた事

 頭の中で声が聞こえる。

 優理の暗い意識の中で足元から真っ白になり、優理を包む。ゆっくりと目を開けると無機質な岩で覆われた空間が広がっていた。

 岩の中には人一人がやっと入れる小さな穴があった。その穴に向かってゆっくりと進んでいく。


(また、クロトの夢?)


 初めて見る光景と自分の意志とは関係なく動く身体という状況に何度も経験したため、驚きはしても戸惑う事はなくなり、冷静に思考を巡らせるようになった。

 穴の中は暗く、奥に微かな光が見える。優理の意識を連れたクロトは迷いなくその光へと進んでいく。

 その歩みは重く、覚束ない足取りだった。今にも倒れそうな身体を強引に動かしているような感覚だ。


 クロトは歩きながら何かを呟いているようだが、それは声というにはあまりにも小さく彼自身の耳にも届いていない。

 ようやく光の下へ辿り着いたと思ったら、クロトの身体は光に包まれる。

 眩しすぎて手で光を遮り、目を閉じるクロト。発光が収まり、ゆっくりと手をどかして目を開けると目の前に見知った男が立っていた。


(ヴァルカン?)


 普段は威厳がなく、クロトたちに舐められている時の頼りない雰囲気とは異なり、腕を組んで立っている姿は堂々として別人ではないかと錯覚した。


『ここへ来たという事は本気なんだね?』


 確認するヴァルカンにクロトは俯いていた顔を上げ、彼を見る。この間にクロトが住んでいた村の変わり果てた姿が頭に浮かんだ。


 炎に包まれた村の中に血塗れの死体の数々。その中のクロトと同じ銀髪で夏鈴にそっくりの少女の目を見開いて息絶えた姿が浮かんだ瞬間、激しい吐き気が込み上げる。

 肩を震わせ、歯を食いしばって逆流する吐き気を押し戻す。口の中は戻しきれなかった胃液の酸味に支配されて苦い顔をする。


『無理をしなくてもいい。これは強制じゃない、キミには断るという選択肢もある』


 クロトの事情を知っているのか心配して声を掛けるヴァルカン。自分が助けた存在が自分の全てを壊してしまった。

 しかし、彼の言葉にクロトは首を振る。そして、顔を上げて口を開く。


「……オレは……」


 クロトの顔を見たヴァルカンは驚いた表情を見せる。クロトがどんな表情をしているのか彼視点で見ている優理には分からない。

 けれど、共有している感覚の中でヴァルカンを見つめる目には力がない。それだけでも普段のクロトとは違うと言う事だけは分かる。


「オレは、アイツを……」


 そこから先の言葉は彼の口からは続かなかった。クロトはまた視線を落とし、沈黙してしまう。

 黙ってしまったクロトを見てヴァルカンは溜息を吐きながら口を開く。


『あの化け物、エドナを追うために世界を跨ぐには人間のままでは負担が大きすぎて不可能だ。だから、ボクの手でキミを違う存在に創り替えなきゃいけないんだ。それでもいいんだね?』

「――ああ」


 僅かな間を置いてはっきりとクロトは答える。けれど、その声には覚悟を決めた力強いものではなく、何か追い詰められたような切迫した声音だった。


『キミの目的は全てを奪ったエドナの復讐、なのかな?』

「――違う……!」


 強く握り締め、全身を震わせているクロトは息苦しさを伴いながらヴァルカンを見る。

 優理はその息苦しさの正体を知っている。

 それは、これまで見捨ててしまった人たちに対しての罪悪感から来るものだ。


「オレがアイツを、エドナを助けなければこんな事にはならなかった。だから、オレは苦しまないといけないんだ」


 拳を握り締めると共にいくつかの光景が脳裏に浮かぶ。

 以前見た洞窟の中でエドナのような影を見つけた時の記憶から始まり、夏鈴にそっくりなクロトの妹であるルディと共にエドナの看病をしている記憶。

 大人たちがエドナを見て、武器を手にしてエドナに近づく光景、そして、エドナが次々と村人を襲う姿。

 フラッシュバッグしたものの中には初めて見るものもあった。


 それはクロトが傷付いたエドナを隠れて看病していたものだ。


 村の人たちに隠れて食べ物を運んだり、薬のようなものをエドナの傷口に塗ったりしているクロトとルディ。

 徐々に元気になっていくエドナを見て二人は顔を見合わせて喜ぶ。


 しかし、エドナが彼らの行いに対しての返礼は絶望だった。

 村は炎に包まれ、クロト以外は惨殺されて孤独となり、今はヴァルカンの目の前に立っている。


『贖罪のためにキミは戦うんだね』


 その言葉にクロトは首を横に振る。胸が押し潰される苦しみを伴って彼は口を開く。きっと、彼の顔は苦しみで歪んでしまっているだろう。


「赦されちゃいけない。オレはアイツと戦って苦しみながら死ななきゃいけないんだ」

『それは、復讐でも贖罪でもなく、自らを罰のために戦うという事かい?』

「……ああ……」

(クロト……)


 初めて聞くクロトの戦う理由。

 以前聞いた時にゲーム感覚でキメラを狩るのが楽しいと言っていたが、その後に自分が死んでも誰も悲しまないと自嘲した顔が浮かぶ。

 それはエドナを助けてしまった事への罪の意識からきたのだろうか。


『分かった。どんな理由であれ、キミが決めた事ならボクは止めない』


 クロトの意志を受け止めたヴァルカンは人が入れる大きさの水晶を指差す。水晶は淡い緑色に輝いている。その光はどこか神秘的ではあるが、僅かに恐怖心が芽生える。


『これからキミを創り替える。まずはその水晶の中に入ってくれ』


 言われた通りに水晶に近づき、手を触れる。すると、光の粒子が水晶から現れ、クロトを包み込む。

それと同時に身体が溶けていくような感覚に襲われる。

 指先から感じ取れた光の温もりが徐々になくなっていく。やがて、心臓の鼓動すらも感じなくなってしまった。


 未知の体験に驚きなからも頭の中が真っ白になり、思考が完全止まった感覚を刻みながら、クロトとの繋がりが絶たれるように優理の意識が切り離されていく。



―――――――――――――――――――――――――――



「優ちゃん、優ちゃん!」

「え?」


 耳に届いた幼い声で優理の意識が覚醒していく。ゆっくり目を開けると目の前には私服に着替えた夏鈴がいた。優理が目を開けるのを確認した夏鈴は頬を膨らませる。


「夏鈴、ちゃん?」

「どうしたの? もう家を出る時間だよ」

「え……? 今、何時? ――って、もうこんな時間!?」


 スマホに表示された時刻を見た途端に、まだ残っていた眠気が一気に覚めて飛び起きる。すぐに寝間着を脱ぎ捨てて、掛けてある制服に手を伸ばす。


「おい、何してんだよ。もう出ちまう……」

「え?」


 扉の方からクロトの声が聞こえて振り返るとそこには目を丸くして立っているクロトがいた。

 お互い見つめ合ったまま立ち尽くしている。

 既に外出の準備を整えた制服姿のクロト。一方、優理は目覚めたばかりでこれから服を着ようとしていた。そのため、今の自分が彼に下着姿を晒しているという事を理解する。


「あ、あぁ……」


 恥ずかしさが込み上げてくると同時に身体の熱が一気に上昇していく優理と反対にクロト表情が驚きから呆れへと変化していく。


「いやああぁぁ!!」

「うるさ」

「何覗いてんの!?」

「呼びに来ただけだっての…………それより、露出癖とかあったんだな、お前」

「っ! そんなわけないでしょ!? 出てけー!!」


 羞恥によって真っ赤になった顔で近くにあったカバンを掴んでクロトに向かって容赦なく全力で投げ付ける。彼は身体を大きく横にずらして直撃を避ける。


「危な、いきなり物投げんな!」

「うっさい! 早く閉めろ!!」


 左手で胸を隠しながら、次に枕を掴もうと手を伸ばす。

 その時、クロトは一瞬だけ階段の方へ視線を向け、また優理を見ると凶悪な笑みを浮かべてそのまま扉の陰に隠れる。


「小山さん、今の悲鳴は!?」

「あ、待って――」


 入れ替わりで慌てた様子で森崎、岬がやって来た。部屋を見た森崎と目が合い、二人の間の時が止まったかのような沈黙が訪れる。

 固まったままの森崎の後ろから口元を抑えて今にも吹き出しそうなクロトを見て、嵌められたと悟る。


「う、うぅ………」


 クロトへの怒りよりも森崎に下着姿を見られた事に対する恥ずかしさが勝り、優理はその場に蹲り、目に涙が溜まっていく。


「す、すまない!」


 泣き出しそうな優理の顔を見て、我に返った森崎が慌てて扉を閉める。

 扉を隔てた向こう側でクロトの笑い声が響く中、優理はその場に座り込んで泣き崩れる。

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