81話 新たな一歩 夏鈴視点
買い物を終えた夏鈴たちがショッピングモールから出た時にはもう夜になっていた。自分の両隣にはクロトと優理がそれぞれ夏鈴と手を繋いで歩いている。
「楽しかったねー」
「うん、そうだねー」
兄や姉のように慕う二人に笑いかけると優理は笑い返してくれるが、クロトは何も言わず、繋いだ手とは逆の手で頭を掻く。
「夏鈴ちゃん、プレゼントありがとね」
優理が後ろで髪を纏めている暗めの青いシュシュを触りながら微笑む。
クロトには三角の中に紐を通したシンプルのアクセサリーを選んだ。店で試しに着けてもらった時は反応が薄かったが、購入して直後にトイレから戻った時に彼はそのアクセサリーを身に着けてくれていた。
それを見て優理と一緒ににやけながらクロトをからかったため、今に至るまでほとんど口を開いていない。
けれど、アクセサリーは変わらず付けたままだし、こうして夏鈴たちと一緒に手を繋いで帰っているので完全に怒ってはいないようだ。
「プレゼントっつっても姐さんからも貰った金じゃねぇか」
「むー、いいじゃん、私自分のお金持ってないんだもん」
ようやく口を開いたかと思えば出てきたのは優理の発言に揚げ足を取る言葉だった。
彼の言葉に返す言葉がないため、頬を膨らませ少しだけ拗ねる。
確かに急遽お金を渡されて三人で買い物に来たのだが、他人のお金でプレゼントを贈るというのは夏鈴も後ろ髪を引かれる部分もある。
しかし、貰ってばかりは嫌だったのでどうしても何か恩返しがしたかったのだ。
(だって、今日は……)
心の片隅で今日が自分の誕生日である事を忘れらないのを夏鈴は悔やむ。
昨日、玄武の体内でクロトに励まされたとはいえ、自分の我儘で母が命を落としてしまったという罪悪感はまだ消えていない。
だから、今日は自分が特に世話になっている二人に少しでも恩返しをしようとプレゼントを選ぶ事にしたのだ。
「今度はみんなでどっか出かけようよ!」
「いいね。きっと賑やかで楽しいだろうね」
「どうだろうね。きっと、和弘なんかは無意味だっつって一人寂しくホームに籠るんじゃね?」
夏鈴の提案に優理は賛同し、クロトはその空気を壊すような発言をする。この会話を三人はホームに着くまで何度も繰り返す。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、目の前にはホームの玄関のドアがある。
後はこのドアを開けて、ベッドで眠りに付いて、静かに自分の誕生日が通り過ぎるのを待つのみだ。
「あれ? 二人とも入らないの?」
「ううん、入るよー」
「うーん、変なの。ただいまー」
ドアを目の前にして、何故か夏鈴から手を離すクロトと優理。帰り道ずっと笑っていた優理はさらに嬉しそうな表情をしているのを不思議に思いながらドアを開ける。
しかし、夏鈴の言葉に応答する声は一向に返ってこない。
「あれ?」
いつもと違う状況に首を傾げる。返事がなかったのもそうだが、ホームの中が電気が点いていないため視界が真っ暗だ。
「クロちゃん……」
「心配すんな。お前が怖がってる事は起きてねぇよ」
不安が一気に込み上げてしがみ付く夏鈴にクロトはそっと頭を撫でる。視界の端で何故かクロトの方を睨んでいる優理を気にも留めないで彼を見上げる。
暗くてはっきりとは見えないが、自分だけに見せる穏やかな表情を見て少しだけ不安が和らぐ。
「そんな事より新しく買ってもらったリボンを見せに行ったらどうだ?」
「う、うん」
優しく背中を押されて恐る恐るリビングのドアに触れる。
いつもホームの誰かがいて、明かりが点いているリビングが暗いとクロトと優理以外がいなくなったのではないかと不安になり、後ろを振り返る。
そこには優しい笑みを浮かべるクロトと優理がが立っているだけだ。二人は夏鈴を見て頷き、ドアを開けるように促す。
その表情に少しだけ違和感を覚えながらも意を決してドアを開けてリビングに踏み入れる。
「た、ただいまー」
玄関の時よりも小さくか細い声と共に覗き込むように入ったリビングは暗く、静寂に包まれている。初めて見る暗闇のリビングに戸惑い、辺りを見渡す。
目が慣れ始めて微かに輪郭が見えるようになったが、その正体が分からないまま、急にリビングの明かりが点く。
「わっ!?」
目に飛び込んだ光に驚いて目を閉じ、手を顔の前に持ってきて光を遮る。それと同時に何かが破裂する音が夏鈴の耳に届く。
「「「お誕生日おめでとう!!!」」」
「……………え?」
聞き慣れたホームのみんなの言葉に目を開ける。
そこにはクラッカーを上に向けて笑顔を浮かべる岬たちがいて、テーブルには複数の料理が並べられてあった。
「え? え?」
「夏鈴ちゃん、お誕生日おめでとう」
状況が掴めず、瞬きを繰り返す夏鈴の肩に手を乗せ、自分の目線に合わせて屈みながら優理が穏やかな表情で岬たちが言った言葉をもう一度言う。
「ごめんね、昨日は誕生日会はいらないって言ってたのに」
「……あ……」
その言葉で夏鈴を祝うためにみんなが準備してくれたものだと気付く。昨日、キメラの襲撃があったばかりだし、その直前に誕生日会はいらないと言ってしまったため帰ったら普段と同じ生活を送るとばかり思っていた。
「でも、やっぱり私たちは祝いたかったの。一村夏鈴っていう素敵な人が生まれてきてくれた事を」
「あ……えっと……」
驚いている夏鈴を優理は抱き締める。暖かな温もりを感じながらも動揺する心が落ち着く気配がない。
誕生日会を開いてくれたというのは嬉しい反面、自分が祝われていいのだろうかと不安な気持ちが夏鈴の中で複雑に絡み合って言葉が詰まる。
「これからも辛い事も悲しい事もたくさんあると思う。でも、一人で抱え込まなくてもいいんだよ。私たちがあなたの側にいるから」
「みんなが……」
いつも甘やかしてくれる優しい優理。母に似た優しさで自分を見守ってくれている岬。一番頼りないけれど家事以外にも何でもできる直哉。真面目でみんなのお兄さんのような森崎。言っている事のほとんどが分からない賑やかな源田。見た目はおじさんなのにどこか子供っぽいヴァルカン。みんなといても黙っているけどちゃんと話は聞いているアレク。
そして、いつも自分が苦しんでいる時に、側にいて助けてくれるクロト。
母親を失った直後に夏鈴を迎えてくれた新たな家族の顔を順番に見つめる。みな、目が合うと優理の言葉に同意するように頷いてくれる。アレクだけは視線を逸らしてしまったが、否定の言葉はなく、黙ったままだった。
「わたし……」
思った事を口にしようとした言葉が急に喉で止まり、口を動くだけで音になってみんなの耳には届かない。伝えてはいけないと心に片隅にある不安が夏鈴の想いを遮り、殻に閉じ込めようとする。
「え?」
一人焦る夏鈴の頭に誰かの手が置かれる。その手に少し雑に頭を揺さぶられ、手が離れると揺らされた衝撃が頭の中に残って振り子のように夏鈴の頭は左右に揺れ続ける。
けれど、そのおかげで余計な考えが弾き出されて頭の中がクリアになる。
そんな事をしたのが誰なのか顔を見なくても分かる。
「ちょっと!」
「うるせぇ。どうせ、面倒臭い事考えてたんだろ?」
夏鈴の頭を押さえて優理が代わりに彼を非難するが、抱き締めている夏鈴の表情に怒りが含まれていない事に彼女は気付いていない。
「まだガキなんだから素直な事言えばいいんだよ」
ぶっきらぼうに告げる彼を見上げると不機嫌な表情を浮かべて頭を掻いている。その顔を見て、不安で凝り固まっていた思考が徐々に柔らかくなっているのが分かった。
(やっぱりすごいなぁ、クロちゃんは)
自分だけに向ける不器用な優しさはかつて彼の妹にしてくれていたものかもしれないと思うと少し複雑だが、それでも、困っている時に手を差し伸べてくれるクロトの事が夏鈴は大好きだ。
「みんな、ありがとう。とっても嬉しい!」
心が軽くなり、ようやく思った事が言えた自分の表情はきっと大好きな母に向けた笑顔と同じものだ。
夏鈴の言葉に優理が一番に笑顔で返して手を繋いでご馳走が並ぶテーブルへ一緒に向かう。
(ママ。私、みんなといる時間も大好きになったよ)
心の中で手の届かない遠い場所にいる母に伝える。想いが届いたのか確かめる術はないが、きっと大好きな母は夏鈴の事を想ってくれている。
そう信じて夏鈴は新たな一歩を踏み出した。




