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パラドックス・セリスィ -クロス・W-  作者: 夏樹浩一
第八章 癒えない×言えない
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80話  今したい事

 それから優理と夏鈴とクロトは岬からお金を貰い、ショッピングモールへ足を運ぶ。夏鈴と手を繋ぎながら店を回り、クロトは面倒くさそうにその後ろをついてくる。


「買い物つってもよ、何買えってんだよ」

「まぁまぁ、せっかくお金貰ったんだから、いろいろ買っちゃおー。食べ物以外で!」


 一人愚痴るクロトを上機嫌に宥める優理。夏鈴とクロトは何故機嫌がいいのか分からず、言われるがままついてきている。


「食い物省いたら全然楽しめねぇよ」

「大丈夫。あんたの都合なんて聞いてないから」

「ホントに夏鈴第一で考えるんだな、お前」


 眉間に皺を寄せて睨むクロトを無視して優理はある店に目を付け、夏鈴と共に中へ入る。その店は主に女性物の服を扱っている店だ。

 優理はその中の片隅で売られているリボンに目を付ける。


「夏鈴ちゃん、新しいリボン欲しくない?」


 以前優理が『分析』の能力に目覚めた時に夏鈴のために買ったリボンは機能の戦闘でキメラの血によって汚れてしまった。だから、新しいのを買ってあげようと思ったのだ。


「いいの?」


 予想していなかったのか、夏鈴は優理を見つめている。そんな夏鈴に優理は満面の笑みを浮かべて頷く。

 その顔を見て夏鈴は食い入るように棚に陳列されたあるリボンを見る。そして、薄い黄色のリボンを指差す。


「これ」

「分かった。じゃあ、試しに着けてみよっか」

「うん」


 夏鈴が選んだリボンを手に取って、彼女の頭に結ぶ。白のTシャツに合っていてとても可愛らしい姿を見せに置いてある鏡の前に夏鈴を立たせる。


「似合ってるよ」

「ほんと?」

「うん。買ってくるから待ってて」


 嬉しそうに聞き返してくる夏鈴に頷き、頭を撫でる。一度リボンの解き、そのままレジに並ぶ。優理の他に一人並んでいたが、ちょうど会計が終わってレジから離れる。流れるようにレジの前に立ってリボンをカウンターに置く。


「これ下さい」

「はい。1,150円になります」

「はい。あ、付けていっても大丈夫ですか?」

「かしこまりました」


 お金を払って黄色のリボンを受け取って、また鏡の前で夏鈴にリボンを結ぶ。二人はそのまま店の外で待っているクロトの下へ戻る。


「ねぇ、クロちゃん! どう? 似合ってる!?」

「ん? ああ、似合ってるぞ」


 クロトを見つけるとすぐに買ってもらったリボンを指差して尋ねる夏鈴。そんな彼女にクロトは素っ気ない態度で返す。

 それでも褒めてもらった事が嬉しくてはしゃいでいる夏鈴を見て選んだ優理も大満足だ。


「優ちゃんたちも何か買わないの?」

「うーん、私は特に欲しい物とかないし、今はいいかな」

「オレもそんな気分じゃねぇよ」


 夏鈴の質問に少しだけ考えるがどうしても欲しいという物がぱっと思い浮かばない。クロトは興味なさそうに答えるがその表情は少し不機嫌そうだった。


「あんたしばらくご飯抜きだからそれどころじゃないもんねー」

「オイ、誰ノセイダ?」


 眼力だけで優理の身体に穴を空けそうな鋭い目つきで睨んでくるクロトに藪蛇だったと視線を逸らしわざとらしく口笛を吹いてみるが、細くなった唇から出た息が掠れた音に変わって耳に届く。


「じゃあ、私が選んでもいい?」

「「え?」」


 目を輝かせている夏鈴の申し出に優理とクロトは目を丸くして彼女を見つめるまでの一連の動きがほぼ同じタイミングだった。


「どうして?」

「だって、いつもお世話になってる二人に何かお礼したいんだもん」

「……そっか、ありがと」


 満面の笑みで返す彼女のその表情は先日キメラに一度呑み込まれた経験した事を感じさせないほど明るかった。


 この笑顔を守れて本当に良かった。そう思いながら優理も笑顔を浮かべる。


 自分のせいで母親が死んだと責めていたのにそれを隠して夏鈴がずっと笑顔でいてくれたから自分も心が軽くなっていたのだ。

 最初は罪悪感から逃げるための贖罪としてやっていたが、今では心から彼女の世話を楽しんでいる。


「あ、あそこのお店とかどう?」


 夏鈴が指差した店を見ると男女どちらの服も取り扱っている有名な店だ。優理もエドナが来る前の日常でよく服を買っていた。

 優理が返事をするのを待たずに、夏鈴は店に入って商品を眺める。自分よりも高い目線に飾られてある服を楽しそうに眺めている彼女の姿はとても可愛らしく、優理は自然と頬が緩む。


「無邪気なもんだな」

「でも、可愛いでしょ?」

「へいへい、そうっすね」


 商品を見ている夏鈴を追って店内の空いたスペースで見守る優理の隣に置いて行かれたクロトが呆れたように溜息を吐いて近づく。

 きっと亡くなった妹に対して向けていたものと同じなのか、夏鈴を見る目はどこか優しい。


「………私ね…………」

「あ? どうした?」


 話し始めたと思った直後に訪れた沈黙にクロトは優理に視線を向ける。口に出したはいいが、どう話せばいいのか分からず、下を向いて無意識に口を閉ざしてしまったが、顔を上げて言葉を紡ぐ。


「知っちゃったの。あんたが夏鈴ちゃんをホームに連れてきた時、あの子のお母さんがあの子を庇って死んでいた事を」

「………そうか………」


 真面目な声音で一言だけ応えるだけでクロトは優理の次の言葉を待っている。夏鈴を見ているためクロトがどんな表情なのかは分からないが、見えなくてもきっとなんとなくそう思っていると勝手に捉えて口を開く。


「今まで自分の事しか考えてなくて独りよがりの善意を夏鈴ちゃんに押し付けたままであの子の事を知ろうともしなかった。無理して笑ってる顔はちょっと前の私とそっくりだったのに、気付いていなかった」

「……ああ……」


 いつもなら優理がネガティブ思考の発言をしたら苛立った口調で突き放すクロトだったが、今日は相槌を打つだけで何も言ってこない。

 優理が言っている内容は普段と変わらないものだ。しかし、静かに言葉を紡ぐその声には悲嘆の感情は一切含まれていない、どこか決意を秘めた力強さがあった。


「でも、これからは支えていきたい。あの子には無理して作った笑顔よりも純粋な笑顔の方が似合っているもの」

「………そうだな。アイツにはそれがお似合いだ」


 口にした決意の言葉を聞いたクロトが呟く感想はどこか悲しさを漂わせていた。視線だけ彼に向けると普段の彼からは想像できないほど優しい表情だった。


 夏鈴だけに向けるその表情はきっとルディという彼の妹を彼女と重ねているからだろう。

 彼の過去を覗いて感じた事を聞こうと優理は口を開く。


「優ちゃん、クロちゃん、来て来てー」

「どうした?」


 元気に手招きをする夏鈴に呆れた表情に切り替えてクロトは彼女に歩み寄る。

 意を決して聞こうとした疑問を尋ねる前に不発に終わってしまったのに優理はどこか安堵したように息を吐く。


(別に今聞かなくちゃいけない事でもないよね)


 クロトに聞こうとしているのはおそらく彼にとって誰にも踏み入れてほしくない事だ。けれど、どうしても優理は知っておかなければいけないと何かに背中を押されている。


 それが何なのかは優理には分からない。それを一度心の片隅にしまい込み、二人の下へ歩く。


 優理たちにはまだ明日がある。だから、また彼に尋ねる機会がきっと訪れるその時までこの疑問は優理の中で留めておこう。

 今日は仲間と一緒にいるというこの時間を刻んでいきたい。それが今優理がしたい事だ。

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