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パラドックス・セリスィ -クロス・W-  作者: 夏樹浩一
第八章 癒えない×言えない
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79話  目が覚めて

「う……ん、ここは………?」


 目を開けて真っ先に映ったのは白い天井だった。

 僅かに頭が揺れる感覚に襲われながらゆっくりと上体を起こす。周りを見ると誰かが寝ていた痕跡があるベッドが二台ある。


 纏っている色素の薄い青の患者服、白の基調とした部屋を見て自分がいる場所が病室であると認識するのにそう時間は掛からなかった。

 玄武に呑み込まれた夏鈴とクロトの無事を確認して、後から駆け付けた森崎と話したところで優理の記憶は途切れている。


 あれからどれほど時間が経ったのか気になり、近くにあったテレビのリモコンに手を伸ばした時、部屋のドアが開く音がする。


「よぁ、起きたのか」


 目が合った瞬間に声を掛けてくれたのはさっきまで過去を覗いていたクロトだった。黒いTシャツに青のジーンズで身を包む彼はそのまま優理が使っているベッドの横に置かれている椅子に座る。


「私、どれくらい眠ってたの?」

「丸一日」

「そんなに……他のみんなは?」

「デブ以外は無事だよ。和弘は右腕の出血が酷いうえにお前以上に神気使い過ぎたせいでお前が気を失った後に倒れたけど、さっき目が覚めてヴァルカンの検査受けてるよ。いつものうぜぇテンションだったから大丈夫だろ」

「そう。良かった」


 あの後、意識を失ってしまったため、みんながどうなったのか気になっていたが、仲間の口から無事という言葉を聞けて安心して頬が緩む。


「ところで夏鈴見なかったか?」

「夏鈴ちゃん?」

「ああ。先にお前のところ行ってくるって言ってたんだけど」

「ううん、私が起きた時は――って、あれ?」


 言い切る前に優理は左手に暖かな温もりがある事に気付く。毛布を捲るとそこには優理の手を握りながら蹲って寝ている夏鈴の姿があった。


「うぅん、優ちゃん……」


 可愛らしい寝息と共に自分の名前を呟く夏鈴。そんな彼女が愛おしくて右手で優しく彼女の頭を撫でる。すると、彼女はもっと温もりを求めるように身体を寄せて優理の肌に密着する。


「見舞いに来てベッドに入り込んで寝るヤツなんて初めて見たわ」

「そうね。でも、可愛いでしょ?」

「はいはい、そうですね」

「ところであんただけ?」

「他はデブの様子見に行ってるよ。ぶっちゃけアイツの方がヤバい状態だったからな。夏鈴はお前の方が気になったからオレが付き添いでこっち来たんだよ」

「そう」


 クロトの言葉に少しだけ寂しさを感じるが、あの戦闘で和弘は人々を守るために血を吐きながら能力を使い続けたのだ。身体の負担は頭が揺れる感覚に襲われる程度だった優理とは比べ物にならないのだろう。


 それでも、目が覚めて最初に見たのがクロトだったというのは正直嬉しくはない。夢の中で彼の記憶を見ていたため、顔を合わせるのが気まずい。


「あ、そうだ」


 クロトの顔を見てやらなければいけない事を思い出して自分の手を握っている夏鈴の手を優しく振り解いてベッドの横に置いてあるサンダルを履く。


「起き上がって平気なのか?」

「大丈夫。あとクロト、ちょっとこっち来て」

「はぁ? 何で?」

「いいからいいから」


 満面の笑みで手招きをする優理を見てクロトは怪訝な表情で言われた通りに近付く。すぐ目の前まで近付いてくれた彼との距離を確認して優理は笑顔のままずっと彼を見ている。


「何だよ、その顔気持ち悪い。変な夢でも見たのか?」

「ふふ、そうね。見たと言えば見たわね――――この、最低野郎!!!」

「けほっ!?」


 彼の見えないところで右手を握り締めて思いっきり拳に力を込めて彼の腹に叩き込む。ぶつかった衝撃と共に鳴った金属音が耳に届くと同時に彼を殴った右手から鈍い痛みが優理の脳に侵入する。


「いったぁ………」

「何がしたいんだよ?」


 痛みが走る右手を抑えて蹲っている優理をクロトは殴られた痛みを感じていないようで腹をさすりながら片眉を吊り上げて見下ろしている。


 殴った感触から彼の身体が人間のものではないという事実を優理に叩きつけ、同時に彼にまともなダメージを与えられなかったという理不尽を恨みながら彼を睨む。


「皮膚硬すぎ、あんた人間じゃないの?」

「元人間だな。お前も知ってんだろ?」


 冗談のつもりで発した言葉に思わずはっとする。クロトは人間である事を捨ててヴァルカンの手によって創り直した存在だ。今の言葉は彼に対してかなり無神経だったと心の中で反省する。


 そんな優理の心境を知らないクロトは気にした様子はなく、少し勝ち誇って馬鹿にしたような表情をしている。


「むしろ、いきなり腹パンしてきたお前の方が人間なのか?」

「はぁ? 私と初めて会った時、あんたも同じ事したの忘れたの?」


 小馬鹿にしてくる彼に腹を立てて出会った時の事を話題にする。

 キメラが初めの襲撃の時に意識を失い、病院に運び込まれて目覚めたばかりの優理をクロトは出会ってすぐに問答無用で連れ出そうとした。


 何の説明もなし連れて行こうとする彼に抵抗すると彼は容赦なく優理の腹に拳を叩き込んだのだ。あの理不尽な暴力の恨みは優理の中でまだ消えていない。


「あ? ああ、あったな。お前がオレのウソに騙されて顔真っ赤にしてた時だろ? あの時のお前の顔サイッコ―だったよ」

「こ、こいつ~」


 クロトのやった事を思い出させようと取り上げた話題を優理の恥ずかしい出来事に挿げ替えられて優理は顔を赤く染めて握った拳を震わせながら腹を抱えて爆笑しているクロトを睨む。


 優理たちの身体に宿った神気を調べる目的の検査を疑心暗鬼になっていた優理を強引に従わせるためにクロトはキメラの血が体内に入って感染してないか調べる検査と偽ったのだ。


「あのビビりまくってたお前がとうとうオレに反抗するようになったのか―――久しぶりに痛めつけてやろうかなぁ?」


 大笑いしていた彼の目が次第に獲物を前にした獣のようにどう弄んでやろうかと獰猛な目に変わる。口角を大きく歪ませて笑う表情は直前までの雰囲気ががらりと変わった。


「いきなり人を殴るヤツにはオシオキが必要だよなぁ。どうしてやろっかな~」


 優理の頭から足の指先まで嘗め回すように眺めるクロトの目から視線を逸らし、彼の後ろにあるドアに視線を向ける。


「あ、岬さん! クロトが私を虐めようとするんですよ!」

「え!? あ、いや、違うんすよ、姐さん! コイツがいきなり―――って、あれ?」


 さっきまでの下衆な表情の仮面があっさりと剥がれ、噓がバレた子供のように慌てて言い訳しながら振り返るが、そこには解放されたままのドアしかない。

 タイミング良く通り掛かった看護師二人が驚いた様子でこちらを見る。優理は咄嗟にクロトの陰に隠れたので、二人の看護師からはドアに向かってみっともない表情をしているクロトしか映っていない。


 状況が掴めていない二人の看護師は軽く会釈をしてその場を立ち去る。


 残されたクロトは優理に騙された事を悟って肩を震わせながらさきほどの優理と同じように顔を真っ赤に染めて振り返る。


「テメェ………」

「ぷ、あはははは、あーうけるー」


 初めてクロトをからかう事に成功し、見た事もない羞恥に染まった顔を見て、腹を抱えて笑う。ただそれだけの事だけだが、純粋に何も考えないで笑える今の自分が嬉しく思わず目から涙が零れる。


「う、う~ん。あれ? 優ちゃん?」


 優理の笑い声で目が覚めた夏鈴は目を擦りながら起き上がる。まだ覚醒しきっていない意識でぼんやりと優理とクロトを見つめるが、二人のやり取りを知らないため首を傾げている。


「おはよう?」

「うん。おはよう。夏鈴ちゃん」


 そう言って夏鈴に歩み寄り、優しく抱き締める。自分の腕に納まる彼女はとても小さい。この幼さで悲しい経験をしてきた事をクロト以外に打ち明けず、一人で抱え込んでいた。

 それはとても苦しいものだという事を優理は知っている。


「ごめんね、今まで夏鈴ちゃんの事、知ろうともしなかった。これからはあなたの事をもっと教えて? 好きな事も辛い事も全部」

「優ちゃん?」


 花火大会で森崎が自分にしてくれたように夏鈴の頭をそっと撫でる。優理の行動に驚いて目を丸くしている夏鈴は抱き締められたその感触を堪能するように次第に微笑み身体を預けてくれる。


「あら、目が覚めたのね」

「げ!? 姐さん!?」


 岬の声がすると同時にクロトの驚いた声がして、振り返るとそこには岬や森崎が立っていた。クロトは慌てた様子で両手を背中に隠している。


「何その反応? 私がいちゃまずい事でもあったの?」

「い、いやぁー、何にもないっすよ?」

「岬さん、さっきこいつ、私に暴力振るおうとしてました」

「はぁ!? テキトーな事言ってんじゃねぇぞ!」


 クロトが唯一逆らえない人物が訪れた事で彼に嫌がらせをしようと夏鈴に見えないように悪戯っぽく笑い、指差す。その表情を見たクロトは物凄い形相で優理を睨む。


「そうなの? でも、その手に持ってる銃で何をするつもりだったのかな?」

「あ………」

「え?」


 彼の手にはいつの間にか戦闘で使っている拳銃が握られていた。夏鈴を抱き締めている間、優理は彼から目を離したからその時に拳銃を取り出したのだろう。


「そ、そうなんですよ。こんなか弱い私に武器で脅そうとしてたんです。これはもう一週間ぐらいご飯抜きにして反省させないと!」

「ざっけんな! そもそもお前がいきなり殴ったのが始まりだろうが!」


 大袈裟な泣き真似をする優理に顔を引き攣らせるクロト。その二人の間に割って入る岬の表情はいつもの穏やかなもので怒っている様子はない。


「はいはい。事情は分からないけど、病院で大喧嘩はしない。でもクロト、さすがに喧嘩で銃を使うのは見過ごせないからご飯抜きは決定だからね」

「そ、そんなぁ~」


 突如告げられた半分理不尽な判決に情けない声を上げるクロトに岬の背中に隠れて舌を出して小馬鹿にする。その表情を見たクロトは器用に顔色を変えずに片眉を何度も震わせてる。


「そんな事より身体の調子はどうだ?」

「あ、今のところ大丈夫です。心配掛けてすいません」


 優理たちのやり取りが終わったのを見計らって尋ねた森崎に直前までの悪戯心を引っ込めて真面目に答える。

 彼の目の前で意識を失ったので人一倍心配を掛けてしまっただろうと頭を下げる。


「いや、気にしないでくれ。こちらこそ今回の戦闘で君たちを危険な目に遭わせてしまって申し訳ない」

「そんな、あれは森崎さんが悪いわけじゃないですよ」


 帰り道にキメラが現れ、運悪くキメラの標的に一人になってしまった。

 それは誰のせいでもない。けれど、立場上優理たちを保護している森崎はその事を重く受け止めているようだった。


「こうしてみんな無事でしたし、それに、私にもできそうな事が見つかって嬉しいんです」


 笑顔を浮かべる優理に一つの噓もない。他人を見捨てて生き残った事への罪悪感から逃れるために何かできる事はないかと考えて自分を追い詰めていた。


 何度も森崎たちに支えてもらって心の平静を取り戻し、そして今回は戦えなくても自分にできる事が見つけられた。

 ヴァルカンの能力の一部である『分析』の能力。これを駆使して掴んだ勝利は優理に自信を与えてくれたのだ。


「そうか。それならいいが、もし少しでも身体の調子が悪くなったら言ってくれ」

「はい。ありがとうございます。あ、二人がここにいるって事は和弘はもう大丈夫なんですか?」


 さきほどクロトから他の仲間は和弘のところへ行っていると聞いていたので森崎たちがここに来るのはもう少し後だと思っていた。けれど、この場にいない和弘たちが現れる気配はない。


「ええ。和弘君はまだ怪我は治っていないけど退院しても問題ないし、直哉君は、気絶していただけだったから特に心配しなくても大丈夫よ」

「そうなんですね。良かった……」

「そうね。特に今日はみんなで揃ってご飯食べたいからね」

「今日は? ………あ」


 岬の言葉に疑問が生まれるが、彼女が夏鈴を見てウインクをした時に言葉の意味を理解する。他のみんなはまだ岬の言葉の意図を察していないようで首を傾げている。


「私と森崎君はこれから帰って準備するけど、優理ちゃんたちはちょっと買い物してきてもいいよ」

「何すか、その言い方?」

「気にしない気にしない。あ、これ。優理ちゃんの服よ。早く着替えてきなさいな」

「はーい」


 話に付いていけてないクロトを置いて、服の入った袋を受け取るとベッドのカーテンを閉める。カーテンの外側で森崎と共に部屋の外に追い出されるクロトの不服そうな声を耳にしながら、優理は鼻歌を歌いながら自分の服に袖を通す。

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