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パラドックス・セリスィ -クロス・W-  作者: 夏樹浩一
第八章 癒えない×言えない
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70話  襲撃、大型キメラ

 アラート音が鳴った直後、辺りは一気に惨劇の舞台へと引きずり込まれる。地下や建物の壁がひび割れ、そこからキメラが姿を現す。優理たちの目の前にも家一軒よりも大きい亀に近いキメラがアスファルトから突き破って地上に出てきた。


 大きな甲羅の中から飛び出ている四つの手足は亀そのものだ。

 しかし、首が異常に長く、蛇のような頭に口から飛び出ている舌は数メートルは伸びていて、開いた口から見える鋭い牙を備えている目の前の化け物を亀と認識するにはかなり違和感がある。


 亀のキメラが空に向かって吠える。

 標的である人間を獲物にした残酷な狩りを始める合図となり、悲鳴が各所から上がる。


「なんつうタイミングで出てくんだよ、コイツら!」


 舌打ちをして持っている袋を優理に押し付けたクロトの身体が光り、灰色の装甲の鎧を纏って亀のキメラに向かって飛翔する。


 甲羅から露出している頭部に向かって剣を横薙ぎに振るう。刃が首に触れる直前、亀のキメラはくの字に首を曲げ、クロトの刃は空を斬るだけに終わる。

 亀のキメラの動きに面食らっているクロトに返礼と言わんばかりに彼に向かって野球ボールくらいの大きさの火球を口から大量に放つ。


『やべ』


 急いで火球を避けながら離れながら剣から銃に持ち替えて弾丸を放ち、火球にぶつけて後退する。全ての火球を回避できなかった事を表すように数か所の装甲から煙が上がっている。


『おい、さっさと消えろ!』

「あ、うん! 夏鈴ちゃん、こっち! あんたたちも早く逃げるよ!」

「お、おう」


 クロトの怒声で優理も我に返って有無を言わさず、夏鈴の手を握って直哉や源田にも呼び掛けてその場から離れようとする。


「………我らはもはや袋のネズミというわけか」

「は? 意味分かんない事言ってないで逃げる――」

「おい、何かおかしくないか?」

「おかしいって何が――」


 直哉が指差す方向を見ると大勢の人がこちらに集まっている。優理たちの後ろにはクロトと戦っている亀のキメラがいるのに彼ら必死の形相で走ってくる。


「あ、そ、そんな……ここにもでかいキメラがいるなんて………」


 先頭を走っていたスーツ姿の男が亀のキメラを視認した瞬間、青白かった表情がさらに青くなる。それを引き金に集まってきた人々も次々に同じ表情へと変わっていく。


 どうしたのかと尋ねる前に彼らがここへ来る事になったその原因が優理たちの前に姿を現す。

 ビルの物陰からライオンの頭が飛び出てくる。十メートルほどある巨体、血走った赤い目に鋭い牙が人々に喰われる恐怖を植え付ける。


「大型のキメラが二体も――」


 ゆっくりと唸り声を上げながら全身の晒すライオンのキメラ。

 いや、ライオンというのは語弊があった。頭部だけは確かに優理の知っているライオンと酷似している。腹の部分から犬、背中からヤギ、尻尾は大量の蛇が生えている異様な姿のキメラの全身を目の当たりにして吐き気が込み上げてくる。


 いくつか狭い路地があるのだが、その全てに大型犬のキメラが待ち構えている。逃げようとすれば咆哮を上げ、人々の逃げる意志を奪ってくる。


「警鐘が鳴ってから数分で獲物を追い詰める。洗練された動きではないが、十分な成果を上げているな」

「何で冷静に分析してんだよ! 俺たちこのままじゃ喰われちまうぞ!?」


 周囲を見渡し、落ち着いて呟く源田に突っかかる直哉の表情は真っ青ですぐにでも気絶してしまいそうだ。


「――大丈夫、大丈夫よ。クロトたちがきっと何とかしてくれる」


 振り絞って出たその言葉は直哉を励ます言葉ではない。自分の命が危険に晒されて恐怖で震えが止まらないのを堪えるために自分に言い聞かせる。


 キメラを倒す力を持っているのは神創人間であるクロトたちだけだ。アレクの姿はまだ見えないが巨大なキメラが二体もいるこの場を彼が気付かないわけがない。すぐに駆け付けてくれると信じてこの戦闘の行く末を見守る事しか優理にはできない。


 夏鈴の手を強く握り、自分の下へと抱き寄せる。エドナ襲来し、次の日にキメラが襲ってきた時、一緒に逃げていた男の子は自分が気付かぬうちに喰われていた。

 今度は自分の命に代えてもこの幼い少女を守り抜く。その決意を込める。


 優理の思考は耳に届いた甲高い音によって中断される。喰われる恐怖を抱える人々の全員の視線が音の発生源に注がれる。

 そこには亀のキメラの首に刃を押し当てているクロトの姿だった。震えている刀身は首の表面で止まり、斬る事が叶わない。


『――クソッ、首まで硬ぇのかよ、コイツ!』


 後退するクロトに全キメラがクロトに向かって火球の放つ。様々な方向から飛んでくる火球を避け、上へと飛ぶ。それと同時に銃に持ち替えて光弾を亀のキメラに向かって放つ。標的が回避行動を取る間もなく、光弾は甲羅に直撃する。

 着弾し、煙の上がった部分はわずかに焦げた程度で大したダメージには至っていないようだ。


 この一連の攻防を目にした人々は救世主が苦戦しているという状況に不安が一気に膨れ上がる。クロトを知る優理たちはより正確に状況を理解してしまう。


「クロトの武器が、効かない……」


 彼の武装は二丁の拳銃と二本の剣のみで、その二つの攻撃手段が亀のキメラには通用していない。現時点でクロトが亀のキメラを倒す事は困難であると突き付けられたのだ。

 クロトに動揺を与える間もなく、キメラたちは火球を放ち続ける。優理たちの約数十メートル上空で繰り広げられる救世主が翻弄される姿に人々の顔色は悪くなる一方だ。


 苦し紛れにいくつかの路地を塞いでいる大型犬のキメラたちに光弾を放つ。場所が狭く、自由に動けない大型犬は避ける事もできず、全て撃ち抜かれてしまう。

 逃げ道ができたと喜ぶ人々だったが、その後ろからまた新たな大型犬が現れて生き残る希望の芽を摘まれる。


「ねぇ、アレクはどうしてるの?」

「どうやら別のところに現れたキメラと戦闘しているみたいだ」


 自分たちの十メートル上空で繰り広げられている攻防に音が支配されながらもこの状況を好転できないかと源田に尋ねる。


 返ってきた言葉は回りくどくなく、簡単に状況を説明してくれる。普段から口調だけで発している人物が入れ替わったのを理解できていたので、この非常事態でも特に驚いて動揺する事はなかった。

 源田の肉体を借りたヴァルカンの言葉にも焦りが含まれており、それだけでアレクの方も苦戦しているというのが分かる。


「そんな………じゃあ、クロトだけでこの状況を何とかしろってのか!?」

「という事になる。――しかし、妙だ」

「何が?」

「獲物が罠に掛かり、あとは狩るだけで片が付くというのに奴らは動こうとはしない」

「あ……そういえば」


 ここにいるキメラは逃げる人々を一か所に集めてから取った行動は襲い掛かるクロトに火球を放っているだけだ。


 唯一脅威になりえるクロトの武器は亀のキメラには一切通用しない。ならば、そいつにクロトの相手をしている間に他のキメラがここにいる人間を襲う事はできるはずだ。

 それなのにキメラたちは威嚇の唸り声を上げるだけで動こうとはしない。


「今回は違う目的があるって事?」

「少なくとも捕食が目的ではなさそうだ。それに奴らは自分たちの脅威になる神創人間は二人だけという事にも勘付いている節がある。それが何を意味するか、貴様でも理解できるだろう?」

「あいつらは考えて行動してるって事?」

「いや、個々の学習能力の高さよりも奴らを指揮している存在がいる可能性が高い。獲物を集団で追い詰め、妨害をなるべく阻止する。司令塔無しにできる芸当ではない」

「じゃあ、そいつを倒せばいいの?」

「それの前に現状を打破しなければならん。この状況で司令塔がなくなれば下手をすると奴らは本能のまま人間を襲う事になりかねん」


 ここに集められた人々は少なくとも百人はいる。もし、源田の言う通りキメラたちが一斉に牙を剥き始めればすぐに死体の山を築く事になるだろう。

 それだけは避けなくてはならない。けれど、戦う力を持たない優理たちに何ができるというのか。


「そうだ。せめて解決の糸口をないか考えないと」

「能力を発揮するのは見つけてからにしろ。貴様の身体が持たん」

「分かってる」


 自分に宿ったヴァルカンの能力の一つ『分析』。これを使って何かできないかと周囲を見渡す。大型のキメラ二体の動き、人々の位置、路地を塞いでる大型犬のキメラたちの動き。見えるもの全てに意識を向けて思考を巡らせる。


 不本意ではあるが、源田の忠告に従い、能力を発動させずに周囲を観察する。

 大型のキメラ二体は優理たちの前後それぞれ百メートルほど先にある交差点に入る大通りの道を、道路の途中にある複数の路地に五、六体の大型犬のキメラが塞いでいる。


 キメラたちはまだ人々を襲う様子はないようだ。取り囲まれた人々はみな道路の中心に集まり、前後左右に展開しているキメラに怯え、震えている。中には道路に乗り捨てられている数台の車の陰に身を潜めている者もいる。


 キメラ襲撃から逃げる手段に車を用いるのはあまり得策とニュースなどで耳にした事がある。

 逃げる事に意識を持っていかれ、他の車や走って逃げる人と衝突して二次被害が出る可能性が高いからだ。

 大型キメラに遭遇すれば踏み潰され、小型キメラに遭遇すれば運良く逃げ切れるかもしれないがほとんどが鋭い爪で車の装甲と一緒に切り裂かれる。


 さらに言えば、キメラたちは程度に差はあれど、火球を放つ。それがエンジンに直撃し、車が爆発してしまえば乗っていた人間は逃げる間もなく火だるまになる。


 建物のほとんどは五階建てのもので路地を塞いでいるキメラを無力化してそこから逃げても壁を壊されて、瓦礫の下敷きになると恐れがある。


「――ねぇ、突破口なんてあると思う?」


 冷静に自分たちの置かれている状況を整理した結果、乾いた笑いと共に無意識に口から出たのはそんな言葉だけだった。

 エドナ襲撃からネガティブ思考に物事を考える癖がこの状況を打破しようとする意志を折ろうとする。


「………正直、我も打開策の光明が見えてこない。せめて、大型の――玄武、多頭獣に一泡吹かせる何かがあれば………」

「そんなぁ………じゃあ、どうすんだよ!」


 優理と源田の会話に情けない声で飛び込んできたのは戦闘の様子と優理と源田の会話を交互に意識を傾けていた直哉だ。

 少しの力で押せば倒れてしまいそうなほど震えている。今も源田にしがみついて立っているのがやっという姿だ。


「分からない! けど、このまま黙って喰われるなんて嫌!」


 優理自身も恐怖で肩が震えそうになるのを必死で堪えている。その理由は傍らいる妹のように大切な夏鈴がいるからだ。

 彼女の不安や恐怖を少しでも和らげるため、気丈に振る舞っている。


「うわぁああ!」


 途方に暮れていた優理たちの耳に恐怖で染まった悲鳴が飛び込んできた。その方向へ視線を向けるとそこには車の側で座り込んでいるスーツの男や彼を起こそうとしている女、その車から慌てて離れようとしている人たちがいた。


「何、どうしたの?」


 怪我をした様子もないし、キメラが迫ってきているわけでもない。ならば、彼らは何に怯えているのだろうか。


「――まずい!」

「どうし―――あ!」


 一人状況を理解した源田に尋ねようとしたが、車のエンジン部分から火花が散った瞬間に疑問が解消された。


 おそらく、クロトを狙う火球の一つが運悪く車に直撃したのだろう。近くにいた人間は次の瞬間に起こる事態から逃れようと車から離れていたのだ。


 車の側で座り込んでいるスーツの男は車の物陰に隠れていて、火球が目の前に落ちた事、直撃した車のエンジン部分から火花が散っている事にパニックになって腰を抜かしたのだろう。

 彼の起こそうとしている女は必死に彼に何かを叫んでいるが、彼女一人では彼を車から遠ざけるのは不可能だ。


 しかし、いつ爆発するか分からない車に近づこうとする者は誰もいない。みな自分が死なない事を最優先に行動しているため、命の危険を顧みて彼らを助けようとする人間はこの場にいなかった。


「クロ――」


 この状況で彼らを助ける事ができるのは一人しかいない。


 クロトならば爆発寸前の車から大人二人を抱えて逃げるのは可能なはずだ。彼はこの場にいる全てのキメラから放たれている火球の嵐を紙一重で避け続けている彼を危険な目に遭わすというのは十分理解している。


 けれど、命の危機に瀕している誰かを見捨てる事は出来なかった。他人任せで情けないが、彼にその想いを託すしか優理には出来ない。


 助けを求め、仲間がいる空へと視線を向ける。けれど、そこにあるのは建物よりももっと上に位置する空に点在してい夕日によって染まったオレンジ色の雲だけだった。

 キメラを蹂躙する灰色の装甲をした神創人間や彼を撃ち落とそうとする火球も優理が見上げた空に映っていない。


 空のどこに彼がいるのか探す優理の耳に悲鳴が飛び交う騒然とした音の中で異質な存在だと証明する鈍い金属音が届く。ちょうど火花が散る車の方向だ。


 クロトがスーツの男と女を抱えようとしていた。


 彼も二人の危機に気付いて駆け付けてくれたようだ。戦闘ではいつもキメラを倒す事に狂喜し、死体の山を築いていたクロトが誰かに自分から他人を助けようとしているのに驚きを隠せない。


 だが、二人を抱えたクロトがその場を離れるだけで彼らの命が絶たれるという事態は避けられる。

 その事に安堵する優理を含め、見ていた人々は自分たちの置かれている状況を一瞬だけ意識から外れ、迫りくる脅威に気付くのが遅れた。


 玄武の頭部が三人に目掛けて迫っていた。大きく開かれた口は三人を一口で頬張るには十分すぎる大きさだ。

 クロトたちと玄武の距離は五メートルほど。障害物となりえるものは彼らの前にある今にも爆発しそうな車のみだ。


 二人を抱えるためにクロトは手に持っていた武器を一度納めている。迎撃するには彼らを離し、再び武器を構えるなければいけないが、間に合わないだろう。しかも、クロトの武器は奴にダメージを与える事も出来ない。


 飛翔するためにブースターが火を噴くよりも玄武が彼らを飲み込む方が早いだろう。それに、大人二人抱えなければいけない分、初速のスピードは格段に落ちるはずだ。


 そんな状態を見逃すほど、敵は優しくはない。


 何をどうすればいいか分からない優理を無視して玄武の頭部は彼らを飲み込むためにさらに大きく口を開く。

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