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パラドックス・セリスィ -クロス・W-  作者: 夏樹浩一
第八章 癒えない×言えない
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68話  誕生日会議  森崎視点

「ただいま」

「おかえりなさーい!」


 扉を開くと少女の声が届く。

 ホームに帰り着くと誰かが自分を待っている。一人暮らしが長かった森崎慎吾(もりさきしんご)にとって久しい感覚だった。


「森崎さん、待ってました。これから大事な話があるんです!」

「大事な話?」


 駆け足でリビングからやってきた優理の言葉に首を傾げる森崎。優理は笑ったまま森崎の手を引っ張り、リビングへ向かう。


「これは?」

「まぁまぁ、とりあえず座ってください」


 森崎たちを迎えたのは夏鈴以外の面々だった。状況が読み込めず、大人しく自分の席に着く事にした。 

 それを確認した優理も自分の席に着く。テーブルの上で両手を組み、さっきまでの笑顔から真剣な表情へと変わる。


「では、夏鈴ちゃんの誕生日会について話し合いたいと思います」

「夏鈴ちゃんの? ああ、もうすぐあの子の誕生日なのか」

「はい。ちょうど一週間後、八月六日は夏鈴ちゃんの誕生日なのでやっぱりお祝いしなきゃですよね!」


 興奮している優理を他所にこの場の年長者である桐島岬(きりしまみさき)に視線を送る。彼女は少し困ったような笑みを浮かべるだけで何も言わない。


(いっそ好きなようにやらせよう、という事なのか?)


 岬の反応から予想はしてみたが、彼女以外も優理の暴走を止める気配がないため間違いではないのだろう。

 そこまで考えた森崎は話の流れを優理に委ねる事にした。


「私が考えた大まかなプランは、昼間は外で買い物して夜はホームで誕生日パーティーをする感じなんでけど、何か意見がある人いますか?」

「丸一日使う気かよ。むしろアイツ疲れんじゃねぇの」

「でも年に一度の特別な日だし……それに、一人ぼっちで誕生日を迎えるなんて寂しいでしょ?」

「――そうだな……」


 溜息を吐きながらもクロトは彼女から視線を逸らす。優理の一言に反応して森崎と岬が表情が暗くなり、アレクが視線を逸らしているのを彼女は気付いていない。

 優理自身も性格がいいとは言えない元彼以外に親しい人とは再会できていない。その不安は夏鈴も感じているはずだと思っているのだろう。


「本当ならお父さんやお母さんと会わせてやりたいのが一番なんだけど、まだ見つかってないですよね?」

「あ、ああ。キメラ襲撃関連の被害を調べるために都が設立したキメラ被害復興課に問い合わせは何度もしているんだが、行方不明者の数が多くて捜索に難航しているようだ」

「そういや、あったなそんなもん。けど、人探しとかは警察とかの仕事じゃねぇの?」

「確かに警察庁と協力して捜索はしているんだが、襲撃に遭った人の安否だけでなく、襲撃後の犯罪被害の調査をしているため思うように進まないらしい」

「犯罪被害?」

「行方不明者の口座から金を盗む、行方不明の家族を探している人から捜索資金として金を騙し取る者たちが出てきているんだ」


 キメラ襲撃直後からそういう金銭関係で悪事を働く輩の対処に警察側は追われて、行方不明者の捜索が後回しにされているのだ。

 喰われてしまえば身元を確認しようがないため、行方不明者の中からキメラの犠牲者を正確に割り出すのは困難だ。そのため、行方不明者の数が犠牲者と言われている。


「しかし、珍しいな。クロトが食べ物以外に興味を持つなんて」

「悪いのか?」

「いや、意外だったから驚いているんだ」


 普段真剣な話をしていても聞き流している彼が今の話に食い付くとは予想もしていなかった。その場にいる全員が話に関心を持ったクロトを目を丸くして見ていた。

 しかし、興味が失せたのか視線を逸らして、つまらなそうに欠伸をする。


「それなら仕方ないですよね。早く見つかるといいな」

「……そうだな」


 心配そうに呟く優理に同意する言葉には力が込められない。彼女の願いは半分叶う事はないのだ。

 この話を挙げるのはほとんど優理である。夏鈴の事を想って自分の家族の安否と同様に夏鈴の家族の事を気に掛けている。


 その問いに対しての答えは常に同じだ。


 夏鈴の両親の行方まだ見つかっていない。真実と嘘が混じった回答をあと何度すればいいのだろうか。

 瓦礫の撤去作業中に母親らしき女性が息絶えていながらも夏鈴を守るように抱き締めていたのをクロトが発見した。その人に泣きながら縋っている夏鈴を放っておけず、クロトはホームに連れてきたのだ。


 父親に関しては本当に現在調査中だが、何ヶ月も行方知れずという状況では最悪キメラの犠牲者になっている可能性が高い。


(知らなくていい事もある。伝えたところで一体何の意味があるんだ)


 ただ無意味に優理たちを傷付けるだけなのではないか。そう思っているから彼女に本当の事を打ち明けるのを躊躇っている。

 しかし、いつかは夏鈴も母の死を受け止めなければいけない時がやってくる。その時、自分から本当の事を話す機会が訪れるだろう。そして、優理に夏鈴に寄り添うと確信している。


 キメラ襲撃以降、他人を見捨てて生き残ったと自分を責め続け、その罪滅ぼしのために夏鈴の世話をしていると思い込んでいた。けれど、今は自分が思った通りに行動していると前向きに考えるように努力している。

 そんな彼女に対して悪戯に気が重くなるような話をするのは気が引ける。


「でも、私たちがいるから独りじゃないって夏鈴ちゃんに伝えたいんです。ここにいるみんながもう家族のようなものだって」

「そうね。大切な誕生日なんだもの、みんなでお祝いしましょうか」


 暗くなった空気を変えるように明るい顔で表情で優理は言葉を紡ぐ。それに続いて岬もいつもの穏やかな口調で彼女の言葉に同意する。


「ご飯の準備は任せて。あの子の好きな物をいっぱい用意するから」

「お願いします。私も夏鈴ちゃんとしっかり遊んで来ます!」

「いや、お前は手伝わねぇのかよ」

「そうしたいけど、そこで寝ている直哉の方が料理できるし、準備している間、誰が夏鈴ちゃんと一緒にいるの?」

「人任せなヤツだな」


 呆れて溜息を吐いてるが、クロトも夏鈴の誕生日会に対して反対意見は言っていない。ホームに連れてきた事もそうだが、彼も夏鈴だけは気に掛けているようだ。


「何買いに行こっかなぁ。新しい服とかリボンとかいっぱい買ってあげたい」

「まだ買うのか。そろそろ棚がパンパンになるって言ってなかったか?」

「いいの。夏鈴ちゃんは可愛いからいろんな服が似合うし、それに、私たちの部屋に入らなくなったらあんたの部屋に置かせてもらうから」

「おいコラ。人の部屋を物置にしようとすんな。第一、男の部屋にガキの服を置くとかどう考えてもおかしいだろ」

(――確かにそれは酷い絵面だな……)


 うっかり彼の部屋に夏鈴の服がある状況を想像してしまい、事情を知らなければ少女の服を集めている変わった趣味の持ち主というレッテルをクロトに貼ってしまうところだった。

 おそらく、それを言葉にしてしまえば――


『うわぁ……クロト、ダメだよ。人様に引かれるようなアブナイ趣味持っ――ぢゃ!?』

「持ってる訳ねぇだろ! バカじゃねぇの!」


 源田の後ろに立っているヴァルカンがドン引きしながら出た言葉はクロトが銃を取り出して光弾を源田に撃ち込んだ事によって遮られる。

 彼は源田と一体化しているため、感覚などを共有している。ヴァルカンに何かしら制裁を加えるには源田を攻撃しなければならない。

 当然、今の源田のようにまだ何もしていないのにどちらかは暴力を振るわれるという理不尽な目に遭う。


「えっ、何、何事!?」

「ちょっと、いきなり銃撃つのやめてよ。夏鈴ちゃんが起きたらどうするの?」


 銃声によって居眠りをしていた直哉が飛び起き、優理がクロトを非難するのは同時だった。自分も含めた残りのメンバーは特に表情を変えず、彼らのやり取りを見ている。


『ねぇ……ボクらを心配…してくれるのは…誰も…いないの?』

「銃撃つのは確かに悪いけど、今のはあなたにも非はあるわよ」

「学習能力の無いバカに割くというこの世で最も無駄な事を何故しなければならないんだ」

『アレク、それは酷くない!?』


 ヴァルカンの訴えに岬とアレクだけがそれぞれ真逆の反応を示す。もはやこの一連の流れが自分たちにとって日常になってしまったのだ。


「とりあえず話を戻しましょう――って、あれ?」


 気を取り直して話題を戻そうとした時、扉が開く音がした。全員が視線を向けるとそこには俯いて下を見ている夏鈴が立っている。


「どうしたの夏鈴ちゃん。もしかしてうるさくて起こしちゃった?」

「クロちゃん、今日一緒に寝てもいい?」

「へ?」

「――だめ?」


 声を掛けてくれた優理を無視してクロトの下に歩み寄り、服を掴みながら声を絞り出す夏鈴。声も身体も震えていて、クロトを見つめるその目は今にも涙が零れそうなほど瞳が潤んでいた。


「………分かったよ、そんな目すんな。あと、掴むなら服だけにしろ。肉まで掴んだら痛いっつうの。悪いけど、オレ抜けるわ」


 溜息を吐きながらも夏鈴の手を握ってクロトはリビングを後にする。扉が閉まり、残された森崎たちの空間が静寂に包まれる。


「夏鈴ちゃん………」

「よほど怖い夢を見たのね。結構震えていたし」

「いつもなら一緒に寝ている優理がいないし、余計に怖かったんじゃね?」


 二人が出て行った扉を見つめ、悲しそうに呟く優理。何か声を掛けるべきかと森崎が悩んでいるうちに岬が彼女を慰めるように手を置き、直哉が座ったままフォローする。源田とアレクはただ黙っているだけだった。


「―――何で私じゃなくてクロトを選んだの!?」

「気にするのそこかよ」


 机に両手をついて絶望している優理に呆れた表情のツッコむ直哉。その他の面々は苦笑いを浮かべるだけだった。

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