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63話  みんなと逸れて

「ふう、夏鈴ちゃん大丈夫かな?」


 祭りで誰もが楽しげな表情をしているのに優理一人だけが不安な表情をしている。

 岬ともはぐれてしまってから構わず夏鈴を探し続けたが、見つかる気配がない。枯れてきた喉を潤すため、屋台でジュースを買って近くのベンチに腰掛けて休んでいる。


 その間、歩いている人たちをただ茫然と見つめる。視界に映るのはカップルや友人グループが楽しく会話しながら歩いている。

 その中に一人でいると取り残されたような孤独に苛まれる。


「そういえば、祭りで一人になったのって初めてか」


 今までは家族や友人、恋人と一緒だったので自分の周りに誰もいないという状況はほとんどなかった。


 こうして一人でいると元の日常の知り合いと再会できていない事を思い出す。みんな無事でいるのか、その事を一度考え出すと不安が一気に込み上げてくる。


「ううん、みんなきっと無事のはず」


 首を横に振って不安を振り払う。またはぐれてしまったが、エドナ襲撃の夜に弟と再会できたのだ。いつかまた再会できると願い続けよう。


 それが今優理ができる唯一の事だ。そう楽観的に捉え続けていなければ不安で心が支配されそうになるのだから。


「さて、早く夏鈴ちゃんを見つけないと」


 気持ちを新たにして妹のような存在の大切な少女を探すため立ち上がる。


「ねぇ君、可愛いね、一人? 良かったら一緒に店回らない?」

「え?」


 優理の行く手を阻むように目の前に少年が立っている。全身を黒で統一していて、目に掛かるほど、前髪が長い。


「………敦司?」

「え? ひょっとして優理?」


 ナンパされた事以上に声を掛けてきた少年の声に聞き覚えがあり、その人物の名前を呟く。少年もその一言で怪訝な表情をするが、まじまじと顔を見られているとふと思い出したように表情が変わる。


「へぇ、髪黒くしたんだな。一瞬誰か分かんなかったよ。今の方が断然可愛いじゃん」

「あんただってだいぶ印象変わってるよ。ちょっと陰気っぽくなってない?」


 声を掛けたのがかつて付き合っていた女子だと分かった途端、さらに馴れ馴れしく話してくる少年に対して露骨に嫌な顔をして答える。


 誰かと会いたいと願っていた直後に最初に再会したのが家族や親友ではなく、元彼である宮原敦司(みやはらあつし)だった事に落胆し、溜息を吐く。


 お互いエドナが来る前と今では姿が変わっている。


 茶髪だった優理は今の高校の校則に従って黒に戻している上に、浴衣姿に髪をお団子のように丸めて後頭部でまとめている。

 一方、宮原は短い髪を整髪料で整えていたのに今は髪が目に掛かるほど伸びて、特に髪型を整えていない。


「生きていたのね」

「ああ。運良く、な。一人で来てんのか?」

「今お世話になってる人たちと来てたけど、はぐれちゃって探してるの。じゃあね」

「おい、待てよ。ちょっと冷たくねぇか? せっかく再会したんだ、ちょっとくらい付き合えよ」


 彼とこれ以上話したくないと言わんばかりに素っ気ない対応をしてその場から立ち去ろうとするが、手を掴まれてしまう。


「離してくんない? あんたに構ってる暇ないの」

「おー怖っ。見た目変わっても中身はあんまし変わってねぇみたいだな」

「うっさい」


 上から目線で物を言う宮原の態度に苛立ちを隠さず彼を睨み、彼の手を振り払う。


「何で不機嫌になってんだよ、可愛い顔が台無しだぜ? そんな怒ってないで、これから二人でイイ事しねぇ? せっかくの祭りだ、楽しまねぇと損だろ? 今年の夏、一緒に行くって嬉しそうにしてたじゃねぇか」

「それはあんたの本性知らなかったからよ。別れる時言ったよね? 二度と関わらないでって」


 付き合いたての頃に自分が持ち出した話題を上げられて舌打ちをする。

 あの時はイケメンである宮原と付き合えた事に心を躍らせていた。しかし、付き合った直後に彼の自分本位の性格を知り、別れたのだ。


「いいじゃねぇか。こうしてまた会えたんだからよ」

「私は正直あんた以外と再会したかった」

「ひっでぇな。あーそういや、お前の知り合いでもう二度と会えない奴知ってるわ」

「どういう事?」


 宮原の言葉に彼から離れようと動かした足が止まる。今の言葉の意味が理解できないが、知らない方がいいと本能が叫んでいるのに、知らなければいけないと訴えるように身体は意志に反して動こうとはしない。

 困惑している優理の反応を待たずに宮原は続きの言葉を紡ぐ。


「ほら、お前と同じクラス委員。えっと、佐藤だったか? そいつ、俺の代わりに喰われて貰ったんだよ」

「――は?」

「いやぁ、マジで喰われそうになった時、たまたまそいつが近くにしてさ。咄嗟に押し退けて逃げたらそいつが捕まってさ。喰われている間に逃げてなんとか助かったんだよ」

「……嘘、でしょ?」


 宮原から告げられた事実に優理の思考が止まる。彼が言った事が本当なら、宮原は自分が助かるために意図的に他人の命を犠牲にしたのだ。


 そして、その他人とは優理の親友の片想いの相手である佐藤だ。優等生を体現したような生真面目な性格でよくクラスの男子にいじられていたが、誰に対しても特別嫌うような態度はしないところが好印象だった。


 そんな彼がもうこの世にいないと告げられても信じたくなかった。それもその原因を作ったという張本人である宮原の口から。

 彼が笑いながらその時の事を話している事が理解できない。


「それで気付いたんだよ。人を喰うだけだったら喰われるのは俺じゃなくてもいいよなって。だから、喰われそうになる度に誰かに犠牲になって貰う事にしたんだ」

「まさか、何度もしたの……?」

「ああ、生き延びるためさ。仕方ないだろ?」

「――罪悪感はないの?」

「あぁ?」

「自分のせいで人が死んだのに申し訳ないって思わないの!?」


 振り絞った言葉を拾えず、聞き返す宮原に今度ははっきりと声に出して彼を糾弾する。

 彼のした事は許される事ではない。他人の命を犠牲にした上に今の自分が成り立っているのだと分かっているのだろうか。


「は? 別に他人がどうなろうと知ったこっちゃねぇよ。そうそう、佐藤さぁ、喰われる時はひでぇ顔してたぜ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして叫んでやんの」


 くだらない質問に答えさせられたといった面持ちで宮原は眉をひそめる。

 次の瞬間、掌で叩いた時に発する高めの音が周囲に響く。


 他人の命の犠牲にしたという罪の意識が感じてない彼の頬に優理は全力の平手打ちを与えたのだ。


「っ、いってぇな、何すんだ!」

「あんた、最低よ!」


 予期せぬ痛みに茫然としていた宮原だが、徐々に痛みが脳に伝わって我に返ると優理を怒鳴る。優理も負けじと彼と同じ声量で怒鳴り返す。


 周囲の人間の視線が二人に注がれるが、構わず怒りの言葉を彼にぶつける。


「自分がどんな事をしたのか分かってんの!? 人を犠牲にしたのよ! どうして笑いながらそんな事話せるの!?」

「はぁ? 何優等生みたいな事言ってんだよ? 誰だって死にたくはねぇだろ」

「だからって、誰かを犠牲にしていいわけないでしょ!」

「知るか、他人がどうなろう興味ねぇよ。だったら、お前は誰も犠牲にしないで生き残れたっていうのか?」

「そ、それは………」


 さっきまで怒りに任せて睨んでいた視線が初めて宮原から逸れる。


 彼のようにこれまでの襲撃で故意に誰かの死に直結する行動は取っていない。けれど、自分が助かるために助けを求める人たちから目を背けて逃げ出した罪悪感が優理の心を巣食っている。


「なんだよ、黙ってないで何か言えよ。それとも、お前も俺と似たような事してきたのか?」

「ちが、あんたと一緒に………」


 込み上げた言葉を息と共に飲み込んで沈黙する。あの惨劇の中で自分が取った行動は正しいと言えるのか、そんな疑問が浮かんで彼の言葉を否定できなかった。


 助けを求める人の声を無視し続けて生き残った優理、他人を死に追いやるような行動をして生き延びた宮原。程度に差があってもどちらも他人を見捨てた事には変わりはない。


「どうした? 言い返さないって事は結局お前も俺と同類なんだろ? 可哀そうにな、こんなに苦しそうにして」


 黙ったままの優理に宮原は下卑た表情で見下ろしてくる。

 何も言い返さなければ彼の言葉に同意した事になる。しかし、それを否定できる要素がどこにあるのだろうか。


「まぁ、俺と一緒に来いよ。そうすれば、お前も楽になるぜ?」

「ちょっと、離して……」


 沈黙している優理の手を掴んだ宮原はどこかへ歩き出そうとする。自分の欲望に正直な彼が自分を連れて行く場所の想像など簡単だ。


 振り解こうとしても力では彼に敵わず、引っ張られる。


「ったく、大人しく俺についてくればいいんだよ!」


 抵抗し続ける優理に宮原もうんざりして振り返って、何も持っていない手を後ろに振りかぶる。

 殴られる、そう本能で悟って目を閉じる。耳元に誰かの叫び声が届くが、誰のものか確認する余裕もない。


 すぐに来るだろう痛みに構えていても一向に来る気配がない。


「何だてめぇは!」


 代わりに飛んできたのは殴られる痛みではなく、宮原の怒号だった。何が起こったのか恐る恐る目を開けて状況を確認してみると、宮原が振りかぶっていた手は第三者の手に掴まれていた。

 そして、その第三者は優理の知る人物だった。


「――森崎、さん?」

「彼女は俺の連れだ。手を放してもらえるか?」


 予想外の人物がいる事に驚いている優理を置いて、森崎は宮原に問い掛ける。彼の掴んでいる手の力を強めたのか宮原の表情が歪み始める。


「いててて、分かった。放す、放すから!」


 苦痛に耐え切れず、宮原が叫びながら優理の手を放す。それを見届けてから森崎も宮原を掴んでいた手を放し、彼が後ろに下がると同時に優理を庇うように彼女の前に立つ。


「無事か、優理?」

「は、はい、大丈夫です」 

「そうか」


 森崎は優理の方を向いて、怪我がない事を確認すると安心した表情を見せるが、すぐに宮原に顔を向ける。


「せっかくの祭りで女性に声を掛けるのは悪いと思わないが、しつこく食い下がって拒絶した彼女に暴力を振るうのは感心しないな」

「――ちっ、あー、くそっ! 何なんだよ!!」


 森崎の言葉に反論できず、宮原は舌打ちをしながらその場から離れる。その直後、周りからは拍手が飛び交う。


「少し目立ってしまったな、少し歩こう」

「あ、はい」


 森崎に手を引かれて、周囲からは野次を飛ばされながら優理たちもその場を離れる。けれど、離れていくのは他人の声だけで、宮原の言葉を受けて膨れ上がった罪悪感はさらに心に巣食い、離れて行こうとしない。


「あの、用事はもう終わったんですか?」


 騒ぎのあった場所から十分に離れたところで森崎に尋ねる。

 森崎も花火大会に参加する予定だったのだが、キメラ対策室の司令の石山に呼び出された。終わり次第会場に向かうと言っていたが、みんなとはぐれて最初に合流したのが彼だったのは予想外だ。


「ああ。急な呼び出しだったが、思いの外すぐに終わってね。こうして花火大会に来られたんだが、どうして一人だったんだ?」

「えっと、実は夏鈴ちゃんを探してて、それで、いつの間にか岬さんたちともはぐれちゃったんです」

「その途中で彼にナンパされたという事か」

「はい、本当に助かりました。あいつしつこくて。それに………」

「どうした?」

「あ、いえ。何でも、ないです。あ、そういえば、森崎さん。さっき私の事名前で呼んでましたよね?」


 宮原が他人を犠牲にして生きているという事実をまだ信じられない。その情報を忘れてしまおうと、強引に別の話題を出す。


 気に掛ける余裕がなかったが、普段は自分の事を名字で呼んでいた森崎が助けられた時に彼が口にしたのは確かに名前だった。


「ん? ああ。あの時は名前を言って親しい間柄の男が現れたと思えば彼も引いてくれると踏んで言ったんだが、迷惑だったか?」

「いえ、いつもと違う呼び方だったのでちょっと新鮮だったなぁって思ったんです。それに岬さんや夏鈴ちゃんは名前なのに私だけ名字ですし」

「言われてみればそうだな」

「今まで気付かなかったんですね。良かったらこれから私も名前で呼んでほしいなぁ」

「――分かった。善処する」

「約束ですよ?」


 悪戯っぽく笑って照れくさいのを誤魔化す。

 助けてくれた事、そして、名前を呼んでくれた事がとても嬉しかった。あの時の森崎は優理が知る男の誰よりも恰好良いと思った。


「でも、森崎さんって私たちと距離取ってます?」


 年上である事、クロトたちの監視役である事、様々な理由があるのだろうが、岬以上に彼は優理たちと距離を置いている。

 どうしてか分からないが、それが少し寂しいと感じる自分がいる。


「距離、か………確かにそうかもしれない。自分はあくまで監視役、そう割り切っているからだろう」

「やっぱり、そうですよね。私も初めてみんなと会った時、こうして一緒に花火大会に行くなんて思わなかったです」


 特にクロトは言う事を聞かなければ暴力を振るうという第一印象が最悪だったため、当時の自分が知ったら絶対に信じないだろう。


「いつの間にかみんなといるのが当たり前みたいになって、いつまでもみんなと一緒にいたいって思ってる自分がいるんです」

「小山さん……」

「岬さんや森崎さんみたいな頼りになって憧れる大人の人がいて、クロトや源田に振り回される直哉、それを見ているだけのアレク、そんなみんなを慕ってくれる夏鈴ちゃん。みんながいてくれたから私はこうしてここにいられるんだなって………いや、違いますね」


 ホームのみんなとの生活を思い返しながらも優理はすぐに否定する。

 彼らの存在に救われているのは嘘ではない。けれど、そんな綺麗事で話を終わらせるのを誰でもない優理自身が許さない。


「私、夏鈴ちゃんに依存しちゃってますよね?」


 優理は度々クロトがからかって夏鈴を悪く言うと彼に対して激しく口論するようになっていた。

 彼女の世話をしていると言えば聞こえはいい。夏鈴と初めて会った時から年の近い自分が彼女の世話をしなければいけないと思っていた。

 だから、誰よりも夏鈴の世話をしていた。


「時々思うんです。エドナやキメラから逃げる度に助けを求める誰かを見捨て続けた事に対する償いのために夏鈴ちゃんを利用しているだけなんじゃないかって」


 それを心のどこかで分かっていた、分かっていてもそうしなければ罪悪感に押し潰されそうになる。だから、気付かない振り続けて、いつの間にか彼女に依存し切っている自分がいる。


「………最低ですよね、私」


 自嘲気味に森崎に問い掛ける。けれど、彼は真剣な眼差しで優理を見つめたまま黙っている。そこで我に返り、また自己嫌悪を他人に吐き出してしまったと気付く。


「あ、ご、ごめんなさい、変な空気にしちゃって。ネガティブな事を考えないようにって決めたのに」

「いや、気にしなくていい。けど、少し気分転換に歩かないか? 落ち着いてから夏鈴ちゃんをまた探せばいい」

「――はい」


 少しだけとはいえ、夏鈴を放っておくのは気が引けるが、ネガティブな思考を引っ張ったまま彼女と合流しても逆に心配を掛けてしまうかもしれない。

 考えて優理は頷き、森崎に手を引かれて歩き出す。はぐれないように手をしっかりと握ってくれて自分のスピードに合わせて歩いてくれる。

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