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62話  教えてくれた過去  岬視点

「うーん、完全にはぐれちゃったわね」


 辺りを見渡し、見知った顔がいないのを確認しながら呟く岬。

 優理を追って夏鈴とクロトを探したのだが、その優理すらもこの人込みの中で見失ってしまった。


「男性陣はともかく優理ちゃんや夏鈴ちゃんはちょっと心配ね」


 奥に進んでいるはずの優理が夏鈴と合流できていればまだ安心だが、体格が小さい夏鈴を見つけるのは容易ではない。

 岬が一人だと思って声を掛けてくる男たちを完全無視をしながも二人を探すために奥へ進む。


「今日の優理ちゃんいつも以上に可愛いからナンパはされるわよね」


 自分が彼女の着付けをしたが、浴衣を着る事で普段の清楚な雰囲気が増してお淑やかな美少女になっていた。

 あんな少女が一人でいれば声を掛けてくる男が五人以上いても不思議ではない。


「今日がいい気分転換になればいいなぁって思ったけど、そう簡単にいかないわね」


 ホームでは主に優理たちの様子を見るのが仕事をしている。神気についてはヴァルカンに話を聞きながら優理たちの体調について日々メモを取っている。


 優理だけは体調の変動が大きい。これは能力の使い過ぎによる神気の枯渇ではなく、精神的な問題だろう。

 彼女はエドナ襲来以降、自分が生きるために他人を見殺しにしてきた事を今でも後悔して自分を責めている。


 彼女の取った行動は間違っているわけではない。人を喰う化け物から逃げる事は生きるために仕方がなかった。

 そう言っても彼女は自分を責めるのを止めない。妹のように可愛がっている夏鈴にだけは悟らせないようにと無理をしている姿を見るは辛かった。


 しかし、彼女の心を救うには自分では力不足だ。どうすれば彼女の心を軽くできるのだろうか。


「あ、岬さん。探しましたよ」

「ん? アレク、どうしたの―――って………」


 聞き覚えのある声が後ろからして、視線を向けるとアレクが手を振りながらこちらに近づいてくる。

 彼を見た瞬間、違和感があった。ホームでは無表情なのだが、今の彼は外面用の爽やかスマイルをしている。

 どうしたのかと聞く前に彼の後ろに女子高生らしい三人組がいるのに気付く。


(これってもしかして――)

「すいません、初めて着る浴衣に興奮して置いて行ってしまって……」

「―――いいのよ。あなたが楽しんでいるなら誘った甲斐があったわ。あ、彼がどうかしました?」

「い、いえ。何でもないです………じゃあ、私たちはこれで~~」


 即興の小芝居をしながらアレクの後ろにいる三人組にいつもよりも落ち着いた感じで声を掛ける。

 三人組は呆気に取られていたが、一人が我に返ると慌てた様子で残りの二人を連れてその場を去っていく。


「やっぱ、ああいうイケメンには彼女いるよね。しかも、あんな大人で美人だったらうちら敵わないよ……」

(あはは、ごめんなさいね。ただこの子はちょっと訳ありなの)


 去り際に届いた彼女の悲しい独り言に笑顔を崩さなかったが、嘘を吐いた事に少しだけ良心が痛む。


「――助かりました。ありがとうございます、咄嗟とはいえ急に恋人の振りをしてくれて」

「気にしないで。あなたも一人になると当然声は掛けられるわよね」


 三人組が完全に見えなくなると元の不愛想な表情に戻ったアレクが軽く頭を下げる。


「ボクの容姿はこの世界でも女性に注目されやすいみたいですからね。見つけたのが岬さんで良かった」

「優理ちゃんだったら恋人の振りしてくれって言ってもうまく誤魔化せそうにないものね」


 表情が硬くなって片言を喋る優理を想像してすぐに笑みが零れる。特に今は夏鈴を探す事に必死でアレクの頼みも無視しそうだ。


「でも、こっちの世界で親しい人を作るのもいいんじゃないかしら?」


 アレクはクロトとは逆に優等生らしい振る舞いをしているが、整った容姿のためか、遠巻きに彼を見るだけで誰も彼に声を掛けられないと直哉から聞いた事がある。彼も必要最低限のコミュニケーションしか取っていないのもあり、一人でいる事が多いらしい。


 もう少し周りと打ち解けてもいいのではないかと思っていたが事情が事情だ。

 アレクたちは戦闘以外では多少の制限はあれど普通の高校生と同様の生活を送っている。秘密を知ってしまった一般人を巻き込む可能性は否定できない。だから、周りに言えない秘密をずっと抱える事になる。

 それでも、岬はアレクたちにこの世界での友人ができてほしいと思っている。


「別に作る必要性はないでしょう。ボクはエドナをこの手で殺す、それ以外の事には興味はありません」


 岬の提案を切り捨てたアレクの目は恐ろしく冷たい。

 今の彼は憎しみだけで動いている。それが初めて会ってから今まで彼に抱いた印象だ。周囲に対して人当たりがいいように振る舞っているのは元の世界からの習慣だろう。


「じゃあ、エドナを無事討伐したらアレクはどうするの?」


 アレクがずっと掲げている目的、それが達成した後の事を彼の口から聞いていない。アレクだけでなく、クロトやヴァルカンもエドナ討伐後どうするか聞いた事がない。


「エドナを討伐した後………」


 深く考えていなかったようで岬が言った言葉を繰り返し呟いてから沈黙が続く。その間、岬も答えを急かせる事はせず、彼が答えるのを静かに待つ。


「思い付かないですね、ヤツを殺す事しか考えていなかった。ボクにはそれしか残されていませんし」


 アレクの口元が僅かに緩むが、その表情はどこか悲しそうだ。それはエドナによって彼が大切なものを全て失ったと無意識に告げている。


「今は違うかもよ?」

「え?」


 自分よりも十センチほど高いところから濁りを含む碧眼が岬を見下ろす。思わず口にしてしまったが、岬は自然に言葉を紡ぐ。


「同じ異世界から来たクロトやヴァルカン、それにホームのみんながいる。だから、あなたは独りじゃないよ」


 岬の答えにアレクは目を丸くして、じっと彼女を見つめている。

 彼に見つめられるのは悪い気はしないが自分が何かおかしな事を言ったのではないかと、内心心配したが、彼は茫然としているだけだった。


「アレク? おーい」

「あ、ああ。すいません、ちょっと驚いてました。そういえば、同じ屋根の下で生活をしているんですよね、ボクたち」

「今更? もう二ヶ月くらいになるのに。変わった子ね」

「………岬さんはボクたちを普通の人間として扱ってくれていますよね」

「え?」

「初めて会った時からですが、異世界から来た人の形をしている異物のボクたちをあなたは普通に受け入れている」

「あー、そういう事。確かに会うまではどんな人たちか分からなかったから少し怖いと思ったけど、会った時の第一印象が二人とも外国人の男子だなって思ったからよ」


 質問の意図を理解して、アレクやクロトと初めて会った時の事を思い出す。

 異世界から来てキメラと戦うための存在だと聞いた時、アレクたちの姿は洋画に出てくるようなサイボーグを予想していた。


「アレクはクロトみたいに感情の起伏が激しいわけじゃないけど、怒ったり、笑ったりしてるでしょ? だったら、違う世界から来て、身体の作りがちょっと違うだけで私たちと同じ人間なんだって」

「同じ人間?」


 岬の言葉を自分の中に落とし込むように繰り返すアレク。その声は集中していなければ聞き逃してしまいそうな程、小さな声だった。


「同じ人間だから他の人と接し方が変わらないのよ」

「そんな単純な事なんですか?」

「そうよ。意外だった?」

「いえ、不思議と納得しました。岬さんらしい答えだなと」

「ちょっと、それじゃあ、私は単純な女って思ってるの?」

「そういうわけじゃないですよ」


 わざと少しムッとしたような表情をしながら、アレクの顔を覗き込む。そこにはさっきの冷たい表情はすっかり消え、口角が少し上がって微笑んでいる。


「ねぇ、アレクの好きなものって何?」

「どうしたんですか、いきなり」

「いや、アレクって自分の事全く話さないから」

「別に面白い事なんてありませんよ?」

「いいの。私が聞きたいんだから」

「………仕方ないですね。好きなものか………強いて言えば星空を見る事ですね」

「星空?」


 読書などの知的なものだと思っていたため返ってきた答えが意外過ぎてつい聞き返す。


「ボクの家は元の世界では知らない者はいない最大の商会でした。ボクはそこの跡取り息子だったんです。他に兄弟がいなかったので幼い時からほとんど勉強漬けでしたね。確か十二歳の頃から実際に商談をさせられてました」

「子供の頃から? 凄いね」

「将来、跡を継ぐ息子に経験を積ませたかったのでしょう。でも、ほとんど失敗ばかりでした」

「そうなの?」

「いざ商談相手を前にすると緊張しすぎて思うように喋れなかったんですよ」

「へぇ、意外ね」


 アレクの事だから初めての商談でも成功していると思っていた。けれど、可愛らしい失敗もしているのだなと口元が緩む。


「失敗した日の夜に自分の部屋で泣いていましたよ、どうして上手くできないんだって」


 その時の感情を思い出したのか、少し乾いた笑みを浮かべるアレク。そして、何故か空を見上げる。岬も彼に倣い、空を見る。


 空には何もない。


 暗闇の中、美しく輝く月も、夜を彩っている星も岬たちには見えない。


「泣き疲れてふと窓の外を見たら目に映る星空がいつもよりも輝いて見えて気が付くと心が落ち着いてました。その時から落ち込んた時や不安な時は星空を眺めるのが習慣になりましたね」

「そうなんだね。じゃあ、今も星空を見る事はあるの?」

「いえ、エドナに全てを奪われてから奴を殺す事だけしか考えていませんでした。星空を見るのが好きというのも今まで忘れていたくらいですよ」


 自嘲気味に乾いた笑みを浮かべるアレク。自分が好きなものを忘れてしまうほど彼の憎しみは心に深く根付いている。

 初めて会った時、クロトの言動で隠れていたが、アレクの生気の無い冷たい目も異常だと思った。自分の想像を超える地獄を味わったのだろう。


 他の人間はアレクたちをエドナやキメラに対抗できる存在として認識しているが、誰も彼らを一人の人間とは思っていない。


 誰も彼らと心を通わせようとしないし、彼らも他人に心を開こうとはしない。


 エドナを殺すという話をする時だけ激しい憎悪が生気の無い碧眼に宿っていた。このまま放っておけば彼は自分自身を見失い、元に戻らない、岬はそう確信していた。

 けど、復讐を終えた後、彼はどうするのだろうか。天涯孤独となり、人間である事を捨てた彼が歩む道はあるのか。


「今日の花火というものは綺麗なんでしょうか?」

「え? ええ、きっと初めて見るからとても綺麗に見えると思うわ」

「それは楽しみですね。久しぶりに何も考えないでいたい気分なんです」

「じゃあ、早くみんなを見つけて見晴らしのいい場所で見ないとね」

「ボクとして岬さんと二人で見たいですね」

「え?」

「――ん?」


 予想外の発言に驚き、一瞬思考が止まる。言った本人も無意識に呟いたらしく首を傾げている。


「――このまま花火大会が終わるまで私と二人きりがいい?」

「そうですね。風情とは縁遠いうるさい連中と離れて美しいご婦人と二人きりで夜空に咲き誇る花火とやらを見るのもまた一興、というもの。お付き合いいただけますか?」

「あら、お上手ね。それじゃ、お言葉に甘えてご相伴に預かります」


 彼の言葉に動揺しないように誤魔化して挑発したつもりだったが、向こうも中世ヨーロッパの貴族が使いそうな甘ったるい言葉を柔和な表情で誘ってくる。現代人が口にするにはかなりキザな言葉でも容姿端麗の彼が言えば違和感がない。


「ふふ、何やってるんだろうね、私たち」

「さあ? でも、不思議と悪い気はしませんね」


 アレクの誘いに応じてから短い沈黙が訪れるが、その時間は短く、二人同時に小さく吹き出す。


「あー、でも、びっくりした。アレクったら意外と女たらしなのね」

「心外ですね。ボクはそんな見境の無い男ではないですよ。岬さんこそ、慣れた感じじゃないですか。掌で転がされているみたいでしたよ」

「気のせい、気のせい。本当はアレクの言葉にドキドキしてたんだから」


 そう言いながらアレクから視線を逸らす。初めて言われた甘い言葉に頬が緩み、動悸が激しくなっているのを感じる。

 顔だけでなく身体全体が熱を持っているみたいで暑い。


 胸に手を置き、小さく息を吸い、心を落ち着かせる。それで少しは冷静さを取り戻すが、高ぶった体温はしばらく下がりそうにない。


(ちょっとくらい楽しんでもいいよね)


 祭りの空気に当てられて自分もテンションが高まっている。癖の強いホームの面々の事を忘れて一人の女として振る舞うのもたまには許されるだろう。


「どうしました?」

「ううん、何でもない。喉が渇いたから飲み物買いに行こ」

「そうですね。どうやらアルコールも扱っているみたいですね。せっかくですから飲んでみては?」

「いいの?」

「たまにはいいんじゃありませんか?」

「じゃあ、お言葉に甘えてちょっとだけ飲もうかな。行こ」


 そう言って岬は微笑みながらアレクの手を引き、歩き出す。手を引かれたアレクは驚いていたが、すぐに岬の隣に並び、彼女の歩幅に合わせてゆっくりと雑踏の中を進んでいく。

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