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06話  初めての戦闘  森崎視点

「早くこっちへ逃げてください!」


 同時刻、市街地にて、自衛隊員の男は機関銃を片手に必死に声を張り上げ、逃げる人を誘導している。しかし、男の声は騒音で掻き消され、誰の耳にも届かない。


 人々の悲鳴や爆発音が間断なく、男の耳に響いている。自分が声を出しているのかどうかさえ、分からないほど周りは騒然としている。


 昨日、突然化け物が出現して、多くの人間が喰われたという情報を上司から聞いた。初めはその言葉を信じる事が出来なかった。


 けれど、急遽用意された避難所で生き残った人たちの誘導をしている時の彼らの表情を見てようやく化け物は実在していたのだと理解はした。


 そして、実際にその化け物が近くで人を喰っているのを視界の端で捉えながら人々を避難させている。何度か化け物と応戦したが、持っている武装では決定的なダメージを与える事ができなかった。男の仲間も大半が化け物の犠牲となってしまった。


 二十人いた仲間が自分を含めて五人しか残っていない。最初は五メートル以上の化け物が二体しかいなかったが、今は一メートルほどの小さい個体も含めて十体以上いる。


 横から接近してくる小型の化け物に気付き、引き金を引く。銃弾の雨が化け物に命中して化け物は後ろに下がる。被弾を確認した上で動きが鈍くなっていない様子を見るとやはり致命傷には至っていないようだ。


 応戦して分かった事は化け物の大きさによって自分たちの武装の効果が違う事だ。小さな個体は機関銃でも倒す事はできたが、大きな個体には全く効果がなかった。


(このままでは全滅してしまう)


 銃器の通じない敵、大混乱の人々、数少ない弾薬、これらの問題を男――森崎慎吾(もりさきしんご)は目の前にいる化け物を相手に打開策を考える。

 けれど、その間にも化け物たちは逃げる人々を襲っている。深く考える事も出来ずに森崎はその手に握る銃器を化け物に向けてその引き金を引く。


「っ!?」


 最悪のタイミングでそれは訪れた。機関銃の弾薬が尽きてしまったのだ。機関銃を投げ捨て腰に装備していた拳銃を取り出そうとする。しかし、森崎が拳銃を構えた時には目の前に化け物の口があった。


(――しまった!)


 化け物の口が大きく開く。口の中から広がる生臭い鉄の匂い、真っ赤に染まった舌はその化け物がどれだけ多くの人を喰ってきたのかを物語っている。


 外から聞き慣れない銃声が聞こえる。森崎の上半身を覆っていた口が時間を巻き戻ったかのように彼から離れていった。

 何が起こったのか理解するために周囲を見渡し、そこで森崎は自分の隣にいる異質な存在がいる事に気付く。


 それは全身を灰色の装甲で覆われた人型の何かだ。両手には拳銃よりも一回り大きな銃を二丁、腰には剣の柄のような短い棒状の物が二本を携えて、背中にはブースターのようなものを装備している。


 人型は化け物の中心に迷いなく移動する。化け物は警戒するようにその人型の何かを包囲するが、人型の何かは動揺する様子もなく、一歩も動こうとはしなかった。


 その場にいる全ての視線を集めたそれは自分を包囲している化け物たちに挑発するかのように右手で持っている拳銃で自分の左胸に当てる。その行動に怒りを覚えたのか、化け物たちは次々と人型の何かに襲い掛かる。


 人型の何かはその行動を待っていたと言わんばかりに、空中へ跳び、左手の拳銃を収めて、その代わりに腰に携えていた棒を取り出す。すると、先端が伸びて一瞬で剣のような形に変化した。


 両手に持っている武器で人型は化け物と応戦する。人型の目の前にいたカエルのような化け物を迷いなく斬り捨てる。そのカエル型から噴き出した血がアスファルトを赤黒く染める。


 攻撃で生じた人型の隙に右側から豚型の化け物が突進してくる。人型は豚型を見る事なく、銃を連射する。全ての銃弾が吸い込まれるように豚型の顔面に命中した。豚型は人型にたどり着く前に力尽き、倒れてそのまま動く事はなかった。


 この瞬間から場の空気が変化した。


 人型はこれまで一方的に人間を喰っていた化け物が森崎を喰おうとした化け物も含めてあっさりと三体も倒した。


 化け物たちも動揺しているのか、人型への攻撃を中断して距離を取るようにした。このまま、互いに攻める隙を見つけるまで動かない、静寂の時が流れると、誰もがその展開を予想していた。


 けれど、人型は全員の予想を打ち壊し、化け物の群れへと突っ込む。化け物たちも人型の行動を予測できずに迎撃するタイミングが遅れ、その一瞬の隙を人型は見逃さない。あっという間に数体の化け物を斬り捨てた。


 近づいてくる敵を左手の剣で斬り捨て、剣で届かない敵は右手の銃で撃ち抜く。大勢の敵に対して近距離と中距離の武器をターゲットの距離に応じて二種類の武器を瞬時に選択して同時に扱っている。しかも、全方位から敵が襲い掛かってきてしまう空中でそれをしているのだ。


 だが、人型の戦い方は素人の喧嘩に近い戦い方だ。そのため、人型自身も隙が大きく、化け物はその隙を付け入ろうとして逆に返り討ちになっている。


 三分もしないうちに小型の化け物は全滅して、残りは五メートルほどの大きさの化け物が二体だけだ。一体は複数の蛇の頭を持ち、もう一体は牛型の化け物だった。


 人型は小型の化け物たちと時と違い、すぐに攻めようとはしなかった。二体の動きを伺うように距離を空けて剣と銃を構える。二体の化け物も人型に攻撃を仕掛けようとはしなかった。


 人型の攻撃手段は現在確認できただけでも二本の剣と二丁の銃だけである。一方化け物の方はでかく、さらに蛇型は複数の頭を持っているため、その分攻撃手段が多彩だ。

 これが牛型だけであったのならさっきの小型の化け物と同じ戦闘スタイルで戦えただろうが、蛇型の存在がそれを邪魔している。


 重い沈黙がこの場を支配する。首筋に流れる汗がゆっくりと流れるのが分かる。

 先に動いたのは人型の方だった。二本の剣を携えて化け物に向かって突進する。標的にされなかった牛型は人型の横から攻め入ろうと横に移動する。人型は牛型には眼中にないのか迷いなく蛇型に向かっていく。


 人型が蛇型に、牛型が人型に攻撃を仕掛けようとした時、何かが牛型の脳天を撃ち抜いた。牛型は力なくその場に前に倒れる。


 近くに牛型を倒したと思われる存在はいない。森崎は牛型の背後にあった周囲の建物を見渡す。その中一つのビルの屋上から一つの影が見えた。遠すぎてはっきりとは見えないが、人だろうか。

 目を凝らしてみようとしたが、耳に届いた気味の悪い複数の叫び声にその意識が掻き消された。


 突然の出来事に蛇型の意識も接近してくる人型から倒れた牛型に向いてしまった。人型はその隙をついて両手に携えている剣で蛇型の頭をいくつか斬り落とす。

 傷口から血が噴き出し、残った頭から痛みを訴える悲鳴を上げたのだ。


 人型は一旦蛇型から距離を取り、相手の出方を見る。蛇型は残った頭を人型ともう一つの敵に意識を向ける。激しい痛みのせいなのか、小刻みに体が震えていた。


 再び人型が蛇型に斬りかかろうとした瞬間、遠くで大きな爆発音が聞こえた。人型は攻撃を中断して、爆発音のした方向へ飛び去ってしまった。


「なっ!?」


 残された人々を絶望に突き落とすかのように蛇型が大きく吠える。人々はまた喰われてしまうという恐怖に襲われ、血の気が引いていく。

 化け物の数が一体に減って、瀕死の状態になった分、さっきよりもマシな状況ではあるが、こちらには敵を倒すほどの力を持っていない。


 森崎は持っている拳銃を蛇型に向ける。恐怖で手が震え、両手で拳銃を押さえようとしても照準が定まらない。両手だけでなく、身体全体が恐怖で震えている。


 今自分がいるのは初めて経験する戦場で相手は同じ人ではなく、未知の化け物だという事がより一層恐怖を駆り立てる。


 自分の後ろには大勢の市民がいる。彼らを残して自分だけ逃げる事だけはあってはならない。彼らを護るのは自分しかいない、そう心の中で自分自身を奮い立たせようとする。


 生き残った仲間たちも森崎を中心に楕円を描くように集まり、化け物に拳銃を向ける。全員が森崎と同じように震えている。


 誰も拳銃の引き金を引こうとはしなかった。下手に蛇型を刺激せず、相手の動きを一瞬たりとも見逃さないように目に意識を集中させる。

 込み上げてくる恐怖を必死に抑えながら、拳銃を蛇型に向けてから重い静寂が森崎たちを包み込む。


 恐怖と重圧が支配するこの空間を壊したのは森崎たちではなく、蛇型の方だった。

 蛇型は空に向かって叫んだ。それと同時に肉が無理矢理引き裂かれるような耳を塞ぎたくなる不快な音がその場に鳴り響く。


 すると、蛇型の身体が複数に裂ける。アスファルトは蛇型が裂けた時に飛び散った血で真っ赤に染まる。


 蛇型に何が起きたのか理解できていなかった。

 森崎は生死の確認をするために蛇型に近づく。


 複数の首を持つ生物がそのいくつかを斬り落とされて生命活動を持続できるかどうか分からないが、蛇型が自分から裂けたようにも見えた。


 蛇型との距離を詰めるにつれて、動悸が早くなり、呼吸が乱れ、肩で息を吸うようになってくる。本当に奴は死んでいるのか、そんな疑問が脳裏によぎり、死の恐怖が森崎を襲う。


 蛇型との距離が一メートルほどに縮んだ時、自ら裂けた蛇型の頭たちは動き出した。人型に斬り落とされた時の痛みと裂けた時の痛みのせいか、動いているのがやっとというのが目に見えて分かる。


 森崎に構わず裂けた蛇型の化け物たちは市民たちの方へと向かう。人々は逃げる事を忘れて、ただその場に立ち尽くして化け物たちを凝視した。誰もが次の瞬間に自分たちは喰われるのだろうと悟った。全員ではないが茫然としていて絶望を漂わせる表情をしているのが見える。


「やめろぉ――!」


 叫び、拳銃の引き金を引く。

 しかし、こんなちっぽけな武器であの化け物たちを倒せるわけでもなく、森崎の行おうとしている事はただの悪あがきである。

 それでも、動かずにはいられなかった。


 人々の目の前に蛇型が迫った時、時間を止められたかのように身体が思うように動かなくなる。一瞬で絶望の谷へ突き落すのではなく、緩い傾斜をゆっくりと歩かせる何者かの悪意を感じる。


 しかし、蛇型は人々を喰うどころか興味を示さず通り過ぎていった。全員が今起こっている状況の整理が付かず、蛇型の身体を引きずる音が消えるまでその場に立ちすくんでいた。


「……終わった…のか?」


 無意識に零れた森崎の言葉は誰の耳にも届かず、荒い息と共に空気中に混ざって消えていく。だが、その言葉がはさみとなり、その場にいた全員の緊張の糸を切ったかのように周囲の人間が次々と座り込み、安堵の息を吐く。


 少しだけ息を整え、生き残った人間を数える。自分もそうだが、誰も疲労で動けなかったため数えやすかった。


 一人また一人と数えていくうちに最初にいた人数はいくらだったのだろうか、何人を守れたのだろうか、守りきれなった人たちは自分たちの何が足りなくて命を落としたのだろうかと考え込む。


 戦闘が終わっても生き残った事への喜びや安心感は湧いてこなかった。自分たちはこの戦闘で全滅しなかっただけで勝利を収めていない。


 自分たちの持っていた武器も通じない未知の化け物を相手にこれだけの人数を守れたのか、これだけの人数しか守れなかったのか、そんな事は上層部や大衆が判断するだろう。

 自分たちの無力さを痛感し、掌の皮が裂けるほど強く握りしめた。

 拳を一旦解いて森崎は立ち上がり、生き残った人々の誘導を再開する。

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