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59話  穏やかな日常

「すっかり遅くなったな」


 七夕祭が無事に終わり、優理は直哉と一緒に歩いている。

 あれから夏鈴を起こすのは忍びないが、彼女を背負って帰るのは厳しかったので、直哉が料理研究会の片付けを終えるまで待っていた。

 直哉が夏鈴を背負う代わりに優理が直哉の荷物を持つ。


「あんた、ほんとに幽霊部員なの? みんなからかなり頼りにされてたみたいだけど」


 彼が料理研究会の部員だと初めて知った時は驚いたが、普段ホームの家事をしているのでそれほど違和感がなかった。


「気のせいだろ? 他の部員が料理あんまりした事ないのが多いからそういう風に見えただけだって」

「ふーん」


 あくまで幽霊部員という主張を貫く直哉にそれ以上深く聞かないようにした。

 途中までは晴菜と彼女の兄である崇斗も一緒だった。直哉と晴菜に遠慮して二人の後ろを歩いていると彼も同じ考えだったようで崇斗と少し話をしていた。


 名前を貸すだけと言いながら直哉は立ち上げてから何度も様子を見に行っているらしい。それに七夕祭のようなイベントにはほとんど手伝いに来ている。


「優理は願い事書いたのか?」

「ううん。夏鈴ちゃんは寝ちゃったし、私だけ書くのはちょっと気が引けるからね。あと願い事が決まらなかったし」

「そっか。まあ、そうだよな。あ、飾ると願い事が叶いやすい場所があるんだけど、知ってっか?」

「晴菜から聞いた。結び目の近くに飾るんでしょ?」

「ああ、俺が教えたんだ。それにしても、あいつ一緒に飾りたい人がいるって言ってたけど」


 途中で心配半分、焼きもち半分のような表情で呟く直哉をつい面白くて口元が緩む。


「なんだよ?」

「別に~」


 初めて見る直哉の表情を面白がりながら歩く。年齢は一つ上だが、どうも頼りない彼にはつい同い年のような態度を取ってしまう。

 直哉も特に気にしていないのか、指摘しないのでこのまま気軽に話をしている。


「話変わるけどさ。能力に目覚めた時ってどんなだった?」

「どうって、あの時は夏鈴ちゃん似合うリボンはどれか考えてたらいつの間に目が熱くなったくらいかな?」


 技術の神ヴァルカンの神気を取り込んだ際、彼の能力の一部が宿ってしまった。

 優理に宿った能力は『分析』。対象を観察して違和感や規則性を見抜くというものらしい。説明が漠然としているため優理自身これをどう使えばいいのかまだ分かっていない。


「やっぱ、唐突に能力が目覚める感じなのか?」

「だと思うよ。そうだよね、あとは直哉だけだもんね」


 前回の戦闘で源田が見せた能力はイメージしたものを創る『創造』。この能力によって新しい武器を創ってクロトたちをサポートできるようになった。


 個人差があるようだが、直哉もいずれは能力が発現する時が来るだろう。

 それがどんな能力になるかは分からないが、きっとクロトたちをサポートできるものだろう。


「あんまり実感ないんだよなぁ。自分に神様の能力が宿っているっての」

「私も能力が目覚めるまではそうだったし、目覚めても地味だからそこまで特別感がないよ」


 実際に形になる源田と比べれば優理は能力を使って目立った事はしていない。もっと何かをしなければいけないと思っているのに何もできない自分が不甲斐ない。


「っと、もうホームに着いたな。悪い、優理。ドア開けててくれ」

「はいはい」


 直哉が入りやすいように大きく開け、彼が入った時に合わせたかのように同じタイミングでリビングに声を掛ける。

 そのままリビングまで足を進める。そこには源田、クロト、アレク、それに、短髪の黒髪の男性がテレビを見ている。


「おかえりー、遅かったね」


 入って右側のキッチンから女性の柔らかい声が聞こえる。

 帰りが遅くなるという事は先に連絡していたので特に怒ったり心配したりしていない様子だった。


「すいません、部活の後片付けで大分遅くなっちゃいました」

「大丈夫、こっちも迎えに行けなくてごめんね。夏鈴ちゃんはもうベッドに休ませてあげて」

「ういっす」


 軽く会釈すると直哉はそのまま二階にある優理と夏鈴の部屋に向かう。

 その間、優理はテーブルに座り、キッチンにいた桐島岬(きりしまみさき)はお茶を出す。


「今日はみんな楽しめたようね。帰ってからクロトたちはご機嫌だったのよ」

「そうなんですね」


 話題にされている本人たちは二人の会話そっちのけでテレビ画面にクイズ番組の問題をあれだこれだとそれぞれの解答を言いながら見ている。

 特にクロトと源田は真剣に考えて参加しているようで、問題文を聞いてはすぐに解答している。ちなみに正答率は源田の方が高いらしく、正解する度にクロトに向かってドヤ顔している。


 この光景が今の優理にとって当たり前の日常になってきている。

 最初は違和感があったが、それも次第になくなっていった。住んでいる人たちとは血が繋がっていなくても、今はここが優理たちの帰る場所だ。


「そういえば来月の上旬に花火大会があるんだけど、みんなで行かない?」

「ああ? なんすかそれ」


 岬の提案に最初に食い付いてきたのはクロトだった。ちょうど番組がCMに入って暇を持て余していたところに聞き慣れない単語に興味を持ったのだろう。


「簡単に言えば夜空に咲く綺麗な火花を見るお祭りかな」

「へぇ、そんなもん見て楽しいんすかね」

『いいじゃないか。見に行こうよ!』


 乗り気じゃないクロトの意見をバッサリと切り捨てる声が響く。全員が源田の方を向く、正確に言えば彼の隣にいる半透明の男を見ている。


『空に打ち上げる爆弾か、源田君の記憶で見たけど、実際に見てみたかったんだよね』


 筋肉質で強面の男が目を子供のように輝かせてテンションが高い。

 彼が源田と一体化している異世界から来た技術の神ヴァルカン。その名の通り、自分の知らない技術に関して興味が強いようだ。


「祭りって事は今日みたいに飯の屋台とかが並んでんすか?」 

「七夕祭よりも規模が大きいと思うから屋台の数も種類も多い――」

「なら行くわ」

(食べる事以外に興味はないのかな?)


 花火には興味を示さなかったが飯の単語が出てくると岬が言い終わる前に参加を表明するクロト。

 彼が好きなものは食事しかないのではないかと思う程、他の事に興味を示さない。あるとすればキメラとの戦闘だけだ。


 ゲーム感覚で人を喰らう化け物たちと戦う彼の心情は今でも分からない。それも嬉々としてキメラを蹂躙するクロトを恐ろしすぎて理解できそうもない。


「じゃあ、他の人はどうする?」

「ふん、大衆が用意した供物をわざわざ見過ごす道理は我にない。全て我が肉体に納めてくれよう」

『ボクはもちろん参加するよ』

「………参加しない、という意見は通りそうにないですね」


 岬が尋ねると源田、ヴァルカンは乗り気で、周りの反応を見てため息を吐きながらアレクも承諾する。

 当たり障りのない振る舞いをしているアレクだが、クロトとは違う意味で他者と距離を置いているため彼の事もよく分かっていない。


 唯一分かっているのは元の世界では御曹司でキメラへの復讐を第一に考えている事だけだ。


「はーい、全員参加って事ね。そうだ、せっかくのお祭りなんだし、それに合った服装をしましょう」

「「『服装?』」」


 異世界組は岬の言葉の意味が分からず揃って首を傾ける。


「そうそう。祭りと言ったら浴衣でしょう? いい機会だから着てみない?」

「浴衣! いいですね、着ましょう!」

「今日の七夕祭で何度か見かけた変わった服の事ですか?」

「そうだよ。やっぱり、花火大会は浴衣で見るのがいいですよね! 夏鈴ちゃんはどんなのが似合うかなぁ」


 アレクの質問に答えるとすぐにこの場にいない夏鈴の浴衣姿を想像する。

 短いおかっぱ頭に単色のリボンが特徴的で、明るく元気でホームの癒しでもある夏鈴。やはり、暖色系が似合うだろう。


「お前、アイツの事になると気持ち悪いくらい変になるよな」


 想像し始めたら止まらなくなった優理の思考を止めたのは呆れた様子で呟くクロトだ。その一言で優理の中にある何かのスイッチが入る。


「何言ってんの、あんた夏鈴ちゃんの可愛さに気付いてないの? 人見知りしないでホームのみんなにもの懐いているあんなに可愛くていい子の浴衣姿なんて最っ高に決まってるじゃない。そもそも、あんたみたいな危険人物を実のお兄ちゃんみたいに慕っているのにその言い方はないでしょう、人の心がないのあんた」

「お前が何言ってんだ。頭冷やせよ、幼女煩悩」

「うっさい、戦闘狂。可哀そうね、夏鈴ちゃんの魅力に気付かないなんて」

「あぁ? ケンカ売ってんのか?」


 夏鈴の素晴らしさを理解しようとしない憐れんでいるとそれまでドン引きしていたクロトが一転して険しい表情で優理を睨む。


「はいはい、二人とも落ち着いて。喧嘩もいいけど、もう夜遅いから、もう休みましょ。来週は期末テストがあるんでしょ?」

「「あ」」


 優理とクロトの間に割って入ってきた岬の一言に表情が固まる優理とクロト。


 今の高校は何故か七夕祭後に期末テストが組み込まれている。どうせならテストの後に七夕祭をすればいいのではないかと最初は思っていた。


「分かっているとは思うけど、誰かが一つでも赤点があれば花火大会に行けないからね」

「「そんな!」」

「仲良く綺麗にハモっても反対意見は受け付けません」


 岬は穏やかな表情をしているが、何故か逆らえない不思議な威圧感に負けて二人はさっきまでとは打って変わって暗い顔をする。


「どうしよう、今回は結構厳しい……」

「授業なんてまともに受けてねぇよ」


 前の学校の成績は平均だった優理だが、取り巻く環境が劇的に変わって、勉強どころではなかった。クロトは単純に居眠りばかりで真面目に授業を受けていないらしく、教師に叱られている噂をよく耳にする。

 クロトとアレクは一応外国人という事になっているので一つ一つの言動がすぐに学校中に広まっている。


 モデルと言われても違和感がないほどのスタイルに加え、人当たりの良さから女子を中心に学校中の人気者のアレクのせいか、不真面目な態度で生活しているクロトは彼と比べられて違う意味で目立っている。


「ふん、凡人どもは大変だな。事象の理解を一度ではできないのだから」

「は? そういうあんたは成績どうなのよ?」

「馬鹿め。我にとって凡人の学び舎で得る知識の吸収など造作もないわ」

「…………ムカつくけど、コイツの言ってる事マジなんだよな……」

「……え? 嘘でしょ……」

『本当だよ。クラスの小テストとかいつも満点取ってるし、成績もトップみたいな事クラスの人が言ってた』


 らしくもなく苦虫を噛み潰したような表情で呟くクロトと嘘を言いそうにないヴァルカンの言葉に彼が成績に関しては優理よりも上なのだと思い知らされる。


「まぁ、せいぜい足掻いてみせよ。運命の日、貴様らがどのような顔をするのか見物だな」

「「うざっ」」


 ドヤ顔で馬鹿にしたような物言いにクロトと二人揃って引きつった表情で悪態をつく。


『前々から思ってたんだけど、小山さんと源田君は何でそんなに仲悪いの?』

「知らないし! こいつが勝手に私をビッチ呼ばわり言ってくんの!」

「それは私も気になってたのよね。和弘君、優理ちゃんと何があったの?」


 ヴァルカンに続いて岬も源田に尋ねると、何故か源田は難しそうな顔したまま黙っている。


 そもそも、彼と出会ったのはキメラ襲撃で大怪我を負い、ヴァルカンと一体化しているかもしれないと集められたのが最初だった。

 初めて会った時からあまり親しくなりたいとは思わなかったが、いきなり自分をビッチ呼ばわりしてから彼とは犬猿の仲で口を開けば罵倒し合っている。


「………昔、我が体躯と言語を笑った奴らがいた。見るからに知能レベルが低い自分たちの風貌を棚に上げ、他人を蔑むのを快楽とする輩だ。その者たちの風貌がそこのヴィッチは瓜二つだったのだ」

「………それって、フツーに優理とばっちりじゃね?」

「さすがにこれは源田君が一方的に悪いわね」


 源田のカミングアウトにしばらく沈黙が続いてからクロトと岬が呆れた様子で呟く。当の優理もしょうもない理由で言葉がうまく出てこない。


「つまり、あんたはその時馬鹿にした子たちと私が似ていたってだけで私に変な因縁を付けてきたわけね」


 優理も自分は全く非がないのに無意味に罵倒されたと知り、呆れて怒る気力を無くす。


「確かに初めて会った時は茶髪にしてたけど、今はもう関係ないでしょう。これまでの事は水に流してあげるから普通に呼んでくんない?」

「だが、断る」

「はぁ!?」


 いつまでも喧嘩するのは良くないと思い、優理がせっかく歩み寄ろうとした瞬間に拒絶する源田の言葉に思わず、引きつった顔で彼を見る。


「仮に我が此度の勉学試練で知識の放出を一度でも誤れば名前を呼んでやらん事もないぞ? だが、貴様をヴィッチと呼び続けてきたせいか、我が魂もそれに馴染んでしまってな。これはもはや貴様に対する愛称と言っても過言ではない。有難く思うがいい、貴様の魂に我が言霊が宿ったのだ」

「いやいや。悪口を受け入れる馬鹿がどこにいるのよ、馬鹿じゃないのあんた!」

「吠えるだけしか抵抗できない哀れなヴィッチよ、我が保有する知識は貴様の知能を凌駕している。貴様が土下座でもすればその一端を貸してやらん事もないぞ?」

「誰がそんな事するか!」


 腕組みをして勝ち誇ったような表情の源田に苛立ちを覚え、怒鳴る。その時、誰かに肩を掴まれる。


「何? ――ひっ!」


 振り向いたらそこには笑顔の岬が立っていた。

 彼女は確かに笑っている、しかし、優理と源田が一瞬で黙るほどの不思議な威圧感があった。


 途中から会話に参加してしていたはずのクロトとヴァルカンはそれぞれ岬から視線を外し、我関せずと明後日の方向を見ている。


「二人とも~、喧嘩するのは別にいいけど、夜遅くなのにちょ~っと騒ぎすぎよ」

「「ご、ごめんなさい!」」


 息の揃って謝る優理と源田。しかし、岬の表情が崩れる気配はない。

 いつもは穏やかな岬だが、ホームの中で一番怒らせると恐ろしいのは実は彼女なのだ。余程の事がない限り怒らないが、怒った時はクロトですら彼女には逆らえない。


「少し頭を冷やす必要があるわね。そこに並んで座ってね」

「「………はい……」」


 言われた通りにテレビの前にあるソファーの後ろに正座する二人。身長差が三十センチもある上に横にも幅がある源田が横に座ると圧迫感が森崎よりもある。


「もう夏鈴ちゃんは寝ているんだからね。こんな遅くに二人が騒いだせいで目を覚ましちゃったら可哀そうでしょ?」

「「は、はい……」」

「――え? 何、この状況?」


 正座している二人の前で優しく諭す岬。ちょうど、夏鈴を寝かせに行っていた直哉が戻ってきて、一連のやり取りを全く知らない彼はこの構図を見て目を丸くする。

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