51話 新たな能力
「防人殿の説得は済んだようだな」
「それってもしかして森崎さんの事?」
二人のやり取りを見ていた源田から聞き慣れない単語が出てきて、不本意ながら彼に尋ねる。
「他に誰がいる? 国土を守るためにその身を捧げる、まさに防人と呼ぶに相応しいだろう?」
「あんたの呼び方は分かりづらいのよ」
「ふん、我が内に秘めた万象をヴィッチ如きに理解できる頭があるとは思えんな」
「だから、そのビッチっていうの止めてよ!」
「――二人とも、喧嘩をするなら時と場所を考えてくれ」
優理と源田の口論を止めたはモニターを注視している石山だ。静かに言い放った言葉には二人を震え上がらせるのに十分な威圧感がある。
「す、すいません……」
「申し訳ない……」
二人は同時に頭を下げ、そのまま口を閉ざし、モニターを見る事に集中する。
モニターに映るクロトは変わらずキメラの首を刎ね続けている。その姿に疲れを感じていないように感じる。
多すぎる犠牲を払ったキメラたちは、一旦クロトから距離を取り、彼の動きを警戒する。
「そういえば、キメラってみんなこんなサイズだっけ?」
「いや、最初はもっと大きい個体もいたが、最近は小型のキメラが多いな」
「クロトたち神創人間の介入により、大型よりも小型のキメラを量産して獲物を喰らう方が得策だろう」
(キメラが小さい……)
政府に保護されてから襲撃の時は対策室で戦闘を見守る事が多くなってからキメラに対する恐怖が薄れてよく観察をしていなかったが、確かにモニターに映るキメラは最初の襲撃よりも小さい。
「ねぇ、ヴァルカン。エドナって産み出すキメラの大きさを変えられるの?」
「できると思うよ。エドナの能力である『炎』と『飛行』も使えるけど、それは個体によって差があるみたいだ」
「そう…」
優理の問いに答えたのは先程口論していた源田だった。
技術の神ヴァルカンは力の源である神気を使う必要がない時は彼の肉体を借りて会話する。
彼の言葉を聞いて優理はモニターを注視しながら思考を巡らせる。
ヴァルカンの能力の一つである『分析』が開花してから気になった事があればすぐに考え込む癖が付いた。
(前回に比べてキメラ数がかなり多いけど、そのほとんどがクロトに向けられてる。数でクロトを倒そうとしているにしてとあれじゃ仲間の数を減らされるだけよね)
「そういえば、アレクはクロトを助けに行かないんだな」
「アレクは避難所に向かうキメラの討伐を任せているし、獲物を横取りされるのがイヤみたいで余計なマネはすんなって釘を刺されているんだ」
「この状況でも言いそうなのが想像できるわ。キメラも厄介なクロトを倒してから避難所を襲うつもりか?」
「……いや、違うかも……」
「えっ、何で?」
ヴァルカンと話をしていた直哉は優理を見るが、優理はモニターを注視して言葉を紡ぐ。
「分かんないけど、そんな感じがする。石山さん、アレクはどんな状況ですか?」
「一番大きい避難所に集まっているキメラの討伐をしている。その避難所のみキメラが集まっている」
「そこだけ?他の避難所には行ってないんですね」
「ああ。βの状況は変わりないか?」
「ええ。今のところ落ち着いているようです」
コンピューターを操作している隊員は答えると同時にモニターの映像をアレクが映っているものに切り替える。
モニターには避難所に向かってくるキメラを狙撃しているアレクが映し出される。
「クロトとは違ってキメラの数が少ない」
それが優理が率直に思った感想だ。避難所を襲うキメラは数える程度しかいない。
避難所にはアレクの他に自衛隊員が複数人でキメラを抑えて、そのキメラをアレクが狙撃するという戦法で確実にキメラを撃退している。
「アレクの方は心配いらないんじゃないすかね?」
「そうだな。画面をαに戻してくれ」
「待って下さい。アレクの近くにあるあのひび割れって大きくなってないですか?」
画面を切り替わる前に慌ててある一点を指差す。その先に画面にはアレクの背後にあるアスファルトのひびがあっという間に大きくなり、一メートルほどの大きさに広がっている。
そして、破片が浮き上がり、二メートルもある大トカゲが現れる。前足についている鋭い爪がアレクに襲い掛かる。
咄嗟に持っているライフルの銃身を盾にして大トカゲの攻撃を防ぎ、ライフルは亀裂が走った部分から火花が散る。
それでもその場しのぎにしかならず、ライフルに食い込んだ前足とは逆の足が再びアレクに襲い掛かる。
二度目の攻撃は防げないと判断したのかライフルを手放し、後ろに飛び退く。持ち主から見捨てられたライフルは真っ二つになり、地面に落ちる。
突然の奇襲で武器を失ったアレクはキメラの攻撃を避け続けるが、一向に反撃しようとはしない。
「うお!? 何だ!?」
「どうしたの?」
横にいた直哉が急に驚いたような声を上げたので、対策室の面々の視線が彼に集中する。
「あ、いや、アレクの声が頭に響いたんだよ」
「アレクが? 何て言ってきたの?」
「ヴァルカンに武器を作れって切羽詰まった感じで言ってた」
その言葉に今度は源田に視線が集まる。正確に言えば、彼と一体化しているヴァルカンだ。ヴァルカンに武器を作れ、アレクがヴァルカンにそう言ってきた理由を想像するのは簡単だった。
「ねぇ、アレクの武器って……」
「キメラを穿つアレクの武装はあのライフルだけだ」
嫌な予感が的中してしまった。源田のその一言でその場にいた誰もが絶句する。
キメラに唯一対抗できるアレクが武装を失ってしまえば、押し寄せるキメラを撃退する術がない。
アレクが奇襲されてから一緒にいた自衛隊員たちにも動揺が広がり、その隙を突いてキメラたちが彼らを喰らい始める。
襲い掛かるキメラにアレクは素手で応戦しているが、キメラを倒すまでには至らない。味方が減り、キメラが増え続ける事態となってしまった。
「大変です! βが防衛している避難所にキメラが集まってきてます!」
「うそ……そうだ、クロト! アレクが大変なの! 助けに行って!」
追い打ちをかけるオペレーターの言葉にモニターに映るクロトに向かって叫ぶ。
今アレク以外にキメラを倒せる術がある彼に希望を託すしかない。クロトの声が頭の中に聞こえたのなら自分の声も届くかもしれない。
『あぁ? ――悪いけど、ソイツはできねぇ相談、だ!』
「そんな……アレクを助けられるのはあなただけなの!」
キメラの群れの攻撃を避け、襲い掛かるキメラの一体を蹴り飛ばしながら優理の願いを拒否する。
「待て。クロトにアレクの窮地に向かわせられん」
「どうして?」
「クロトが相手しているキメラはどうなる?」
「あ……」
源田に言われて自分の考えの足りなさに気付く。
彼はキメラの群れに囲まれて混戦状態だ。
クロトがキメラの群れから離れてアレクを助けに行けば、残されたキメラは散り散りになるか、最悪、クロトを追ってアレクのところへ集まるだろう。
アレクのいるのは多くの市民が避難している場所だ。キメラは人間を求めてその避難所を目指している。
キメラの倒す術を失ったアレクにこの大群が押し寄せれば避難所の人間を守り切る事は不可能だ。
「じ、じゃあ、どうすればいいの?」
騒然としている対策室で唯一取り乱した様子がない源田に尋ねる。
「ヴァルカンよ。神気を通して会話が出来るならエネルギーや武器なども可能か?」
源田の問い掛けに彼の隣が光る。光は人の形を作り、一人の男が現れる。その男が源田と一体化した技術の神、ヴァルカンだ。
『一応可能だけど、源田君まさか――』
「ああ、そのまさかだ。クク、我に隠された力を解き放つ時がこんなに早く来ようとはな」
「それって、どういう――」
優理の言葉はその先から続かなかった。不敵に笑う源田の身体から金色のオーラが溢れたからだ。
「な、何?」
対策室のメンバーも源田のオーラに気付き、多くの視線が彼に集まる。
「これってあいつの能力なの?」
「直哉よ。我が下へ来い」
「へ? 俺?」
突然の状況で名指しされた直哉は目を丸くしながら源田に言われた通りに彼に近寄る。
「我が内に宿りし権能よ。我が同胞の窮地に一条の光明を差せ。創造する希望!」
「ぐぇっ!?」
聞き慣れない言葉を叫ぶと同時に直哉の首を掴む。
「ちょっと、あんた何して――」
彼の不可解な行動に驚きを隠さず、詰め寄ろうとした瞬間、源田から溢れていたオーラが直哉に流れ、彼の身体が光り輝く。
「顕現せよ。鞭なる剣!」
空いているもう一つの手をキメラの攻撃を避け続けるアレクに向ける。
ライフルを切断した爪を持つ大トカゲの猛攻に押され、壁際まで追い込まれた。
左右の前足が振り下ろされる。それと同時にアレクの右手が光る。その光は大トカゲを両断し、傷口から大量の血が吹き出す。
光は輝きを失い、代わりに一本の剣が姿を現す。
「さあ、新たなる希望を手に敵を蹴散らせ、神創人間アレクよ」
源田の言葉に応えるようにアレクは剣を構え直し、集まりつつあるキメラたちと対峙する。




