49話 キメラ襲撃
キメラ出現。その文字を見て店内が騒然となるのにそう時間はかからなかった。店員が慣れない避難誘導を始めるが、すぐに入り口に人が集まる。
「チッ、クソッタレ!」
立ち上がり、避難をしようとする優理の耳にクロトの不機嫌な声が届く。
「ようやくメシが食えると思ったのに襲撃かよ」
乱暴に後頭部を掻き、窓の奥にある景色を睨む。優理たちの近くにはキメラは現れていないようだが、建物の隙間から煙が見える。
「ヤツらに人の都合を考えるような気遣いを期待しても無駄だろう」
「分かってるっての。けど、楽しみを奪ったんだ、どうしようがこっちの勝手だよな?」
「好きにしろ」
口元を歪ませるクロトにアレクは冷たくあしらい、店を出る。それに続いて優理たちも後を追う。
外へ出ると爆音や悲鳴が一気に鼓膜へと押し寄せる。優理と直哉の緊張の糸がより強く張るが、アレクとクロトは表情も変えずに人のいない裏路地へと進む。
「そういえば、あの二人ってどうやってあの装甲を纏うんだろう?」
「さぁ?」
彼らの戦闘時の姿はモニター越しで見た事はある。
けれど、今の彼らは武器一つ持っていない丸腰の状態だ。全身を覆うあの装甲をどう用意するのか優理と直哉はまだ知らない。
クロトたちの正体が神創人間である事はヴァルカンの意向で世間には知らされていない。そのため、二人が外出中に襲撃があった場合は人目に付かないところで装甲を纏う必要があるらしい。
「ここなら問題ないな」
二人の後を付いていくと四方を建物に囲まれた空間に出る。周囲を見渡し、クロトたち空間の真ん中に立つ。
すると、二人の全身が光に包まれる。
その光の色が灰色と藍色へと変化すると何かを形作り、発光が収まるとそこに立っていたのは全身を灰色の装甲に包まれる二丁の拳銃を両手に持ったクロトと藍色の装甲に包まれ、ライフルを持ったアレクが立っている。
『さて、行きますか!』
真上に跳躍すると同時にクロトの背中に装備されているブースターが火を噴き始める。楽々と建物よりも高く飛ぶとそのままどこかへと飛翔する。
『ヴァルカン。優理たちのいる場所の座標を送る。保護は任せた』
遅れてアレクもクロトと同じように空へと飛び立つ。
『小山さん、聞こえる?』
アレクが見えなくなったと同時に頭の中からヴァルカンの声が聞こえる。
「え、ヴァルカン? どこいるの?」
周りを見渡すが、精神体のヴァルカンも彼と一体化している源田の姿も見えない。
『神気を通して会話しているんだ。こっちで言うテレパシーに近いかな。ほら、前クロトと会話してたみたいな感じだよ』
「ああ、あの時の……」
彼の説明でようやく理解できた。前回の戦闘が終わった後、離れた場所にいたはずのクロトと会話できた事を思い出す。
その時は彼の声が聞こえた事に驚いて考える余裕もなかった。
『今そっちに森崎君が向かっている。それと、訓練の方は順調だった?』
「大丈夫だったけど、どうして?」
ヴァルカンの質問の意図がよく分からない。
テレパシーを使う時、頭に微かな振動が伝わってくるのだなと漠然と感じながら、まだ扱い切れていない能力の調子を今聞く事ではないのではと思った。
『可能だったら分析して欲しいんだ。今回キメラは地下から出現している。それに、これまでの襲撃よりも数が多い』
「地下から?」
『そう。出現方法がこうも違うとやっぱり何かしら意図があると思うんだ。その意図を分析して欲しい』
「え、分析って言っても――ああ、もう!」
テレパシーを切ったのか彼の声は全く聞こえなくなる。テレパシーの使い方が分からない優理は離れたところにいる彼に連絡を取る手段がないため、そのまま溜息を吐く。
「……あいつ、何だって?」
「毎回違う場所から出てくるのを考えろって」
ヴァルカンとの会話が途切れたタイミングで直哉が控えめに尋ねる。
優理だけに話をしていたため直哉から見れば優理が独り言を言っているようにしか見えないのだろうが、会話の内容などで空気を読んで黙ってくれていたようだ。
「みんなが分からない事が私にだって分からないよ」
無茶ぶりをしてくる神に対して溜息を吐く。
分析の能力があるからなのかヴァルカンは優理の考えも聞いてくる。この能力がどのようなものかまだ把握しきれていないが能力を完全に使いこなせているとは言い難い。
神気が尽きれば神気を使って治療した傷が開くので無理して使うわけにもいかない。
「えっと、今回は地下から出てきて、数が多い、と」
気持ちも切り替えて、大きく深呼吸をして、ヴァルカンからもらった情報を呟く。
これが能力を発動する儀式のようなものだ。思考を巡らせると同時に目が熱くなる。
おそらく、この熱に耐えられなくなったら神気が尽きる合図だと捉えている。目の熱の上昇にも意識を向けながら、分析を開始する。
「出てくる場所が違うと次はどこから来るか予想ができないから最初の避難が遅れちゃう。それはキメラにとって最初にたくさんの人を喰えるという事、数が多いのは前回全滅したから増やした?」
とっさに浮かんだ考えを口に出す。そうしないと次から次へと頭の中から浮かんでくる考えが纏まらなくなるのだ。
「うーん、直哉はどう思う?」
分析の能力を使って一人で考え込むと神気が尽きてしまうというのと、自分以外の人の意見も聞きたいと思い、直哉に尋ねる。
「えー、俺に聞かれても………てか、俺らも避難した方がよくね?」
「あ………そ、そうだね………」
優理たちのいる場所は安全だという保証はどこにもない。いつキメラに見つかって喰われるかも分からないのに分析するよりもこちらに向かっている森崎と合流する事が優先だろう。
能力を止めて優理たちは裏路地から離れ大通りに出る。一台の車がやってきて中から優理やクロトたちの監視役でもある森崎慎吾が出たのは同じタイミングだった。
「二人とも無事だったんだな! さぁ、早く乗って!」
優理たちの姿を見た森崎は一瞬だけ、安堵の表情を見せるとすぐに真剣な表情で二人を手招きをする。
「ヴァルカンから聞いていると思うが、今回は地下から出現して、しかも数がこれまでより多い。避難はある程度完了しているけど、油断はできない」
車に乗り込み移動を開始して森崎から簡単に状況の説明を受ける。
「キメラについてはヴァルカンからまた分析をしてほしいって頼まれました」
「小山さんは大丈夫なのか?」
「私は大丈夫、です」
「そうか……」
以前、能力をうまく扱えず、神気が枯渇して倒れかけた事もあって森崎は能力を使う事に消極的な考えを持っている。
今日の訓練も優理の身を案じて最後まで反対していたが、優理の意志を尊重して渋々了承したのだ。
自分自身何かできる事をしたい。
それは今までキメラから生き逃げるために見捨ててきた人たちに対する罪悪感からくるものではなく、優理がしたいからしている事だ。
森崎はそれ以上の事は言わず、運転に集中する。
「キメラが別の方法で現れ続ける理由、か……」
何度も考えさせられる疑問を一人呟く。こういう化け物はだいたい同じ方法で現れると勝手に思っていた。
(何だろ、すこくモヤモヤする)
考えていくうちに心の隅に何か違和感があるのに気付く。以前、クロトの戦闘を見た時にキメラを全て倒していたと誤認した時も同じような感覚を優理を襲った。
今自分が考えている事のどこかが違うような気がする。そんな曖昧な感覚に後ろ髪を引っ張られる優理を乗せて車はひたすら進んでいく。




