48話 ファミレスにて
太陽の光が真上から人々を強く照らす。
人々はその光を浴びると共に夏特有の蒸し暑さに襲われながら手に持っているハンカチやハンドタオルなどで汗を拭っている。
どんな時でも地球の気候は変わる事はない。
異世界から来たエドナという下半身は蛇の姿をした化け物とエトナによって産み出されるキメラの出現によってこれまでの生活が大きく変わった。
キメラに成す術もなく、自分がいつ悲惨な最期を迎えるか、そんな恐怖に怯える者が多い。これまで自分たちが過ごしていた何気ない日常がかけがえのないものだと痛感させられた。
ファミレスの窓からそんな人々を眺めている少女――小山優理もその一人だ。
目の前で多くの人がエドナやキメラに喰われる光景を目の当たりにして、自分の無力さを思い知らされて一度は生きるのを諦めた。
そんな彼女が今生きていられるのはテーブルを挟んで目の前にいる少年たちのおかげだ。
一人はクロト・レイル。幼さが残る顔立ちに逆立っている銀髪の少年で、頬杖を付いて優理と同じく窓から見える光景をぼんやりと見ている。もう一人はその隣に座っているアレク・マーストニー。金髪で緑色の縁の眼鏡を掛けて読書をしている少年だ。
「あ~、ハラ減った~。メシまだかよ」
「満席に近い状態だ。注文した料理が遅れるのもしょうがないだろ」
力なく愚痴るクロトをアレクが窘める。
優理たちが店に入った時には午後一時を過ぎていて、席も埋まり始めていた。
「こんなに待つんだったら、コンビニでもっと食っておきゃよかった」
「普通の人だったらあの量でお腹いっぱいなんだけどね」
ここに来る前にクロトはコンビニにあるおにぎりやパンなどを十個以上食べている。
彼らは一見外国人の少年に見えるが、エドナと同じ世界から来た技術の神ヴァルカンによって創られた人間でエドナやキメラを倒す力を持つ唯一の存在である神創人間だ。
ヴァルカンたちの力の源でもある神気というものがある。クロトとアレクは元の世界では普通の人間だったようで、それを忘れないようにとヴァルカンが食事でも神気を補充できるように二人を創ったらしい。
それもあってか二人の食事量は一般人の数倍はある。
優理たちの人数と注文した料理の数が合わず、店員が目を丸くしていたのがいまだに頭から離れない。
(それにしても、最初に比べたら話せるようになったなぁ)
彼らと初めて会った時にこうして食事をするとは思いもしなかった。
特にクロトは初対面で腹パンをされたり、嘘の検査理由を教わって必要以上に神経を擦り減らされたりと散々な目に遭っている。
「おーす。お待たせー」
苦い思い出に浸っている優理の耳に一人の男子の声が届く。声のする方へ視線を向けると、器用に両手で四人分のグラスを持っている少年が優理の隣に座ろうとしていた。
「ほい、みんなのドリンク」
「ありがとう」
少年は持っているグラスをそれぞれ優理たちの前に置く。
「よく四人分のグラス持って来れたな」
「どんなもんだい?」
アレクの言葉に少年はドヤ顔で返す。
全員がドリンクバーをつけたはいいが、人が多く、四人で行けば通路の塞ぎそうだったのでじゃんけんで負けた彼――日高直哉が全員分のドリンクを持ってきてくれたのだ。
「この後どうする?」
直哉が持って来たドリンクを一気に飲み干してからクロトが尋ねる。
ついでに空いたグラスを直哉に押し付ける。彼の行動の意図を察した直哉は溜息を吐きながらグラスを持って再び席を立つ。
「『分析』の訓練という目的は達成したし、このままホームに帰っても問題はないだろう」
「うーん、せっかくの休みだからもうちょっとゆっくりしない?」
優理たちは午前中、ショッピングモールで買い物をしていた。具体的にはクロトたちに似合うアクセサリーなどを優理が選ぶといった内容だ。
他人からは遊んでいるようにしか見えない行為だが、彼女にとっては重要な事でもある。
キメラ襲撃の際、不慮の事故でクロトたちの原動力でもある神気を体内に取り込んでしまった優理と直哉、この場にいないが、源田和弘という巨体の少年はヴァルカンの能力の一部を宿している。
三人の中で優理だけがその能力の発現が確認されている。それが『分析』の能力だ。
対象を観察して違和感や、規則性など文字通り『分析』する能力だ。能力を発動させる際、体内にある神気を使うのだが、使い過ぎると事故で負った傷が開いてしまうので、制御する必要がある。
今日の買い物がその訓練の一つというわけだ。
彼らに似合いそうなものを考え、選ぶという単純な事だが、この能力の最初の発現も買い物をしている時だった。
「しっかし、こんなもの普段付けねぇから変な感じだな」
右の親指に付けている指輪を触りながら呟くクロト。
優理が彼に選んだ物で他にシルバーのネックレスもある。アレクには眼鏡を、直哉にはミサンガタイプのブレスレットを選んだ。
「あんたと直哉はすぐ決められたけど、アレクはすっごい悩んだなぁ」
アレクを見ながら愚痴を溢す。
金髪碧眼で外国人モデルと言われても納得のいくアレクに似合うものが中々見つからず、彼から身に付けた事がないと助言を受け、眼鏡にしたのだ。
「そういや、何であのデブはこれに参加しなかったんだ?」
「朝から創作意欲が止まらないと騒いで訓練の参加を断ったらしい」
「あっそ。まぁ、いたらいたらでうるせーし、別にいいか」
「ところで、身体の方は問題ないのか?」
「うん。少しは落ち着いたし、この前みたいな感じはしないから大丈夫だと思う」
「そうか」
少しだけ読書を中断し、尋ねたアレクは優理の返答を聞くとすぐに再開する。
前回能力を発動させる時、神気が枯渇しかけたのか優理は倒れかけたのだ。この訓練は能力を制御を焦点を当てている。
訓練の買い物を始めてから一時間ほど経った頃、急に眩暈と吐き気がした。最初は脱水症状と思ったが、何かが身体の中を駆け巡る不可解な感覚がしたため、すぐに買い物を中断する事になった。
症状をアレクに言うと体内の神気を使い過ぎた時に起こるらしい。
「その様子だと日常生活では問題ないようだな」
「うん。ヴァルカンにも神気を制御するコツも教えてもらったしね」
ヴァルカンが言うには神気を使う時は平常心を保った方が制御しやすいらしい。無理に使おうとせずに落ち着いた状態で使えば問題はないという事だ。
「つか、その能力、ほとんど使い道なくね?」
「いや、そんな事は………」
クロトの言葉に反論しようとするが悲しい事に否定できる要素が思い付かなかった。
神の能力とはいっても直接戦闘ができるわけでも、作戦を立てられるわけでもない。日常生活でもお気に入りの服を買う時ぐらいしか使えないだろう。
「気にする必要はない。元々あのバカの能力だ、大した期待はしていない」
「アイツ、神様って言う割にはできる事が少なすぎんだよな。しかも地味だし」
「相変わらずばっさり切り捨てんのな、お前。仮にも親みたいな奴だろ?」
ちょうどドリンクを持って戻ってきた直哉がアレクに苦笑する。クロトもそうだが、二人は自分たちの創造主でもあるヴァルカンに対して厳しい。
彼の言動や性格も神の威厳というのを感じられないというのは優理たちも否定はできなし、技術の神というだけあって後方支援に徹しているので今一つしっかりした活躍をしていないのもまた事実だ。
「確かに技術関連の能力って裏方って感じで地味そうだもんな。俺と和弘の能力もそんな感じじゃね」
「アイツが直接戦闘をするわけじゃないからな。それでもメンテナンスや新しい武器開発はもちろん、自衛隊との連携などこれからの戦闘はアイツに頼る部分は多いだろう」
ヴァルカンの事を散々罵倒していたアレクだが、実際はヴァルカンの力を必要としているという事に優理と直哉は目を丸くする。
「そう思っているならもっと優しくしたら?」
「そんな事をすれば調子に乗って面倒な事を引き起こすだけだ。蔑んでいれば見返すために何かしら行動するから今のままがちょうどいい」
「あはは、そうなんだ……」
引きつった笑みを浮かべながら、心の中でヴァルカンに同情する。確かにヴァルカンは張り切りすぎて失敗しそうな雰囲気はある。おそらくアレクの対応の意図をヴァルカンは理解はしていないだろう。
「おっ、あれってオレが頼んだヤツか?」
優理たちの会話が途切れたタイミングで料理を持って近づいてくる店員を見て子供のようなテンションのクロトの声が届く。
「お待たせ致し――」
店員の言葉の途中で床が揺れて、数秒遅れてから大きなブザー音が店内の至る所から鳴り響く。その音はほとんどの客のスマホから流れている。その中には優理たちの持つスマホも入っている。
慌てて画面を見るとそこには『キメラ出現』と表示されている。




