47話 キメラの出現方法
「ア、アレク。その辺で止めておきましょう。彼にはまだ聞きたい事もあるし」
「…………分かりました。続きは後にしましょう」
岬の制止にしばらく沈黙を貫いた後、溜息を吐いて源田たちから離れる。クロトもそれに続いて自分の足を源田から離す。
「ヴァルカン。優理ちゃんは能力に目覚め始めていますが、源田君と直哉君はどうでしょうか?」
『今のところまだだと思うよ』
「源田君はあなたと一体化しているのですが、能力や神気の使用は他の二人とは違いはありますか?」
『そうだね。源田君だけはボクの方で神気の使用量を調整はできるけど、ボクが作業する時は彼の神気も借りる事があると思うから枯渇しやすいと思う』
「そうなんですね。分かりました」
自分の役目は終わったと主張するように岬は軽く会釈をして一歩後ろに下がる。
彼女の代わりに今度は石山が前に出る。
「続けて申し訳ありません。以前お話させていただいた神創人間との通信手段の件ですが、進捗は如何でしょうか?」
「「通信手段?」」
石山の言葉に首を傾げる優理と直哉。
初めてキメラ対策室に入った時に戦闘中はクロトたちとの通信手段がないため、うまく連携が取れないと軽く説明はされた記憶はある。
二人は戦闘に直接関わる事がないため、その後の対応がどうなったのか聞かされていないのだ。
『その件に関してはもうちょっと時間がかかりそうだよ。少なくとも三日以内には終わらせるね』
「よろしくお願いします」
『まだ聞きたい事はあるかな? もし、なければ今度はボクが小山さんに聞きたい事があるんだけど』
「え? 私?」
数分前の源田と同じように名指しされるとは思っていなかった優理は目を丸くする。
『うん。キミの“分析”の能力を使ってある事を分析して欲しいんだ』
「ある事って?」
『それはキメラの出現方法なんだ。前回の戦闘では建物の中から出現した個体が多く、何故今までと出現方法とは異なるのかキミの意見を聞かせて欲しい』
「私の意見って言っても……」
おそらく今の質問は彼らなりに考えたが、有力な答えが出なかったのだろう。けれど、自分はただの高校生でしかない。
そんな自分が彼らに見つけられなかったものを見つけられるはずがない。
『無理にとは言わない。能力を使う訓練だと思ってくれればいい、率直な意見を聞かせてくれないか?』
「…………分かった。あんまり期待しないでね?」
ヴァルカンの真剣な表情に負けて渋々と承諾する。
「――キメラの出現方法……」
大きく息を吸い、周りの視線が気になるので目を閉じて前回の襲撃を思い出しながら言われた言葉を繰り返す。
これまでの襲撃と違って屋内にいた。キメラの襲撃を知ったのもその時点けていたテレビの放送のおかげだ。
「エドナの時とその次の時は空から降ってきた。だけど、何故か前回は建物の中から出てきた?」
自分の持っている情報を口に出して疑問を明確にする。
確かに前回のみ出現方法が異なっている。これにはどのような理由あるのだろうか、考える事に意識を集中させる。
その過程で目が熱を持ち始めているのに気が付く。検査の結果、それが能力を発動している時の状態だという事だ。
「その、キメラが出てきた建物ってどんな建物なんですか?」
『えっと、それはね………』
「ほとんどの建物がビルやショッピングモールなどある程度人がいる建物だ。しかも、一階よりも上の階からも出現したそうだ」
「人が集まる建物で出現した?」
石山にもらった情報を頭の中に入れて、また思考を巡らせる。誰もいない倉庫や空き家などを想像していたが、事実はその逆で人が多い場所だった。質問の回答でさらに疑問が増える。
「瞬間移動とかってキメラはできるんですか?」
『キメラどころかエドナもそんな能力は持っていないはずだよ』
「そう、ですよね」
一番可能性が高い方法も即座に否定されるが、すぐに切り替えて次の可能生を模索する。そもそも、誰にでも思い付く方法が候補に上がるのであれば自分の意見など必要はないだろう。
「地下から出てきた? でも、歩道にあるマンホールから出てくる事もあり得るし、一階よりも上の階から誰にも見られずに現れるなんてできないし……」
思い浮かんだ可能性を言葉にしながら思考を纏める。そうして取捨選択をしなければ頭の中でどれが有力なのか判断が付かないからだ。
「監視カメラには……って映っていたら聞かないか……」
候補を上げては実現不可能と判断すれば次を考える。その作業が優理の頭の中で繰り返される。能力を発動した時に生じた熱は目だけでなく、身体全体に広がって大量の汗が流れる。
「まだ続くのかよ~。さすがに腹減ってきたぜ。直哉、今日の飯は何だ?」
「お前、こんな時に飯の話かよ……まぁ、卵が大量にあったからオムライスとかオムレツかな」
(もう。集中している時にご飯の話しないでよ、こっちまでお腹空いてくるじゃない………って、あれ?)
不意に届いたクロトと直哉の会話に内心文句を言いながらある事に気付く。
「そもそも、何で違う方法で現れたんだろ? 建物から現れた意味は?………」
いくつ候補を上げても自分の中で納得のいく答えが出てこない。だから、出現方法から出現した理由に焦点を変えてまた思考を巡らせる。
「空からだと接近に気付かれて、獲物を捕まえにくくなる。だけど、人が集まっているビルやショッピングモールからいきなり現れたならある程度は確保できるはず」
いつの間にか自分がエドナやキメラと同じ立場だったらという事を前提に考えている自分に僅かな恐怖を抱きながら何かを掴みかけているそんな手応えがあると感じた。
(――もう少しで……)
何かを深く考えるというあまりした事がない行為を能力を使って自分の限界まで実行する。慣れない事でかなり疲労が溜まってきていて、気を抜くと力が抜けて倒れてしまいそうだ。
(獲物が多い場所でより多く獲物を捕まえるにはどうする?)
人間にとってキメラは自分たちの生命を脅かす恐怖の存在。そんなキメラがいきなり現れたら腰を抜かして動かなくなるだろう。
(大人数を動けなくなるぐらい驚かすには―――あ、れ………?)
「小山さん!」
そこまで考えた途端、身体を駆け巡っていた何かが止まり、背中が急に震え出して、膝から崩れ落ちる。近くにいた森崎が支えてくれたおかげで倒れる事はなかった。
それでもうまく足に力が入らず、立っていられなかった。
「ヴァルカン。これ以上は危険ではないでしょうか?」
『そ、そうだね、神気を使い過ぎたようだし。小山さん、最後に君の考えを聞かせてくれないか?』
「えっと………具体的な事はまだ分からないんですけど、前回の出現は多くの人間を捕まえられる方法だったと、思います」
『なるほど。参考になったよ。また気付いた事があれば遠慮なく言ってね』
ヴァルカンの言葉に小さく頷く事でしか反応を示せなかった。
「小山さん、無理をさせてしまってすまない。今日はもう休んで大丈夫だ。岬さん、彼女を連れて先にホームに戻ってもらってもいいですか?」
「了解。司令、他のみんなも大丈夫ですよね?」
「ああ。ヴァルカンと源田君には残ってもらいたいが、他のメンバーは解散で構わない」
「では、私はこれで失礼します。優理ちゃん、立てる?」
岬は石山にお辞儀をして、優理の肩を持つ。
「ごめんなさい。ちょっと力が入らなくて……」
彼女の力を借りて何とか立てたが、一人で歩くのはまだ難しそうだ。
「大丈夫。私も手伝うからゆっくり歩きましょ」
「……はい」
笑顔で答える岬に感謝しつつ、少しずつ足を動かしながら倒れそうになった感覚について考える。
考えが纏まりそうになった瞬間、崩れ落ちるよりも先に背中が冷たくなるのを感じた。この感覚はエドナ襲来から何度も味わっている、嫌な事を想像した時と同じ感覚だ。
(もうちょっとで見えてきそうなのに……)
直前で答えに辿り着けなかった事に悔しいと思う反面、安心している自分もいる。
それが何を意味しているのか、今の彼女には分からない。
けれど、答えを出すには勇気が必要である事、それがなければ不用意に手を出してはいけない事、この二つだけは優理の中で分かっている事だった。
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