46話 初めての対話
『うっぐ、えっぐ。ボクはただ小山さんの表情がいい方向に変わったのを褒めただけなんだ。別に驚かすつもりじゃなかったんだよぉ』
キメラ対策室の片隅で全身を光で包まれた半透明の男が膝を抱えて泣きじゃくっている。四十代ほどで精悍な髭を生やした大の男が子供のように泣いている姿は初めて見る異様な光景だ。
彼がクロトとアレクを創った異世界の技術の神ヴァルカンだと知ったのは優理と夏鈴が悲鳴を上げて、しばらく経ってからだった。
あれから夏鈴が泣き出したため、全員から非難の視線を浴び、止めに岬の説教されたヴァルカンはすっかり落ち込んでしまった。
彼から色々と聞きたい事があったのだが、最後まで夏鈴が泣き止まなかったので、夕方まで持ち越しする羽目になったのだ。
ちなみに彼と一体化している源田によると彼はずっと泣き続けていたらしい。
「まぁ、至近距離で髭面のオッサンが自分の顔を覗き込んでいたら普通泣くわな」
「おまけにそれが光っているのだから幽霊だと勘違いしてしまっても仕方がない。しかし、あの距離で人の顔を覗き込むデリカシーのないバカだとは思わなかったな」
傷心中のヴァルカンに追い打ちをかけるクロトとアレク。彼らにはヴァルカンを労わるという行動を取っているところを見た事がない。
『なんだよ! ボクが悪いっていうのかよ!』
「少なくともあの状況だったらお前の味方をする者はいないだろう」
「あの姐さんですらキレてたもんな。いやぁ、あの絵面はサイコーだったな」
『もうヤだよ。この二人……』
彼の訴えに二人は取り付く島もない。
ヴァルカンは彼らの親に近い存在のはずなのに下手をすると仲間とも認識していないのではないだろうかと感じて彼に同情する。
「ところで、何故源田君の肉体を通してではなく、精神体の状態で現れたのですか?」
空気を変えるために咳払いをし、キメラ対策室の司令官である石山は本題に入る。
『あー、それはね。肉体を借りている源田君と話をするためだよ』
「我に?」
先ほどの落ち込んでいたのが嘘だったのではないかと疑うほどヴァルカンはいつもの調子に戻って答える。
名指しされるとは思っていなかったと源田は珍しく目を丸くしている。
『助けるためとはいえ、無断で君の身体を借りてすまなかった』
「ほう。神であるお前が現代において人間の姿を借りている我に頭を下げるか」
源田に頭を下げているヴァルカンに全員が目を丸くする。
ヴァルカンの取った行動は神が人間に対する行動とは思えない対等で、真摯な態度だった。これまで彼の言動から彼が自分の想像した神様像とは掛け離れているは知っていたし、何故か彼の行動に安心している自分がいる。
「顔を上げよ。お前の判断は間違ってないないだろう。お前が我と一体化したおかげで我が魂はこの世に留まる事ができたのだから」
『源田君……』
「確かに我の意志に関係なく肉体に宿ったのは正直気に入らないが、異世界の神と運命共同体となるという凡俗にはできない事を成していると思えば安いものよ」
『あ、ありがとう』
自分の方が上の立場だというような発言をする源田にヴァルカンは苦笑いしている。
彼がヴァルカンを神として認識していないのかもしれないが、ヴァルカンの事を恨んでいないというのは伝わった。
「まぁ、いい。ちょうど我もお前に言いたい事があったのだ」
『ボクに言いたい事?』
聞き返したヴァルカンに源田はすぐには答えなかった。
勝手に一体化した事以上に源田が神であるヴァルカンにどんな文句を言うのか、彼の言葉を聞き逃すまいと全員が息を呑む。
「何故、神創人間の性別が男なのだ? そこは美少女にすべきだろう!」
『「「…………は?」」』
この場にいる全員が同じタイミングで首を傾げ、聞き返した。彼は今、何と言ったのか。
『あー、ごめん。今の言葉、もう一度お願いしてもいいかい?』
僅かな沈黙の後、言われたヴァルカンが尋ねる。
「何故、神創人間の性別が男なのだ!? エドナ達によってそれまでの日常を壊された大衆にとっての救世主である神創人間の性別が女であればその分、神聖さが増して民衆からのイメージアップにも繋がるだろう!」
『な、なるほど。確かに一理あるね。クロトたちを改造する時に性別を変えるのも手だったか』
呆然としていたヴァルカンだが、源田の言葉を受けて腕組みしながら一人呟く。
「改造が可能ならば、こっそり奴らの肉体をいじるのも手――何だ、今大事な事ぶぉ!?」
源田の言葉はクロトによって遮られる。正確に言えば、クロトが源田の肩を叩き、振り向き様に彼の拳が源田の鳩尾に食い込んだのだ。
訪れた痛みに耐えきれず、膝を付く源田に追い打ちでアレクが彼の後頭部に華麗な回り蹴りをお見舞いする。
「テメェ、次変な事言ったら潰すぞ?」
「それじゃ手緩い。下らない事を言う舌を引き抜いて変な想像をする頭を潰すくらいはしないと」
前のめりに倒れた源田の頭を踵で踏み付けながらドスの効いた声のクロトと冷たい目で源田を見下ろすアレクの蔑んだ目に全員の背筋が凍り付く。
『あ、あの、二人とも。一体化して感覚も共有しいるからボクにも痛みが伝わってくるんだけど?』
いつの間にか鳩尾と後頭部を抑えているヴァルカンが涙目で二人に訴えている。
「知る――」
「コイツの口車に乗った時点でお前も同罪だ。それ相応の制裁は覚悟してもらうぞ」
クロトが言い終わる前にアレクがヴァルカンを見下ろしながら告げる。その姿は仲間に向けていい目ではないという事と彼が怒りを露わにしている事が嫌でも伝わってくる。
「珍しいな。お前がガチギレすんのは」
言葉を遮られた事を怒るよりも珍しく怒っているアレクの態度を面白がっているクロトが茶々を入れる。
「別に。調子に乗って馬鹿な発言をしたヤツに制裁を加えているのはお前も同じだろう?」
「ああ、そうだな。けど、確かにお前が女装したらさぞ美人に――」
「お前も殺されたいのか?」
ヴァルカンに向けた冷たく、目を合わせただけで相手を殺せそうなほど、鋭い殺気を宿した目でクロトを睨む。
その目にクロトも気圧されてそれ以上余計な事を言うのを止めた。
睨まれたのは彼のはずなのに優理も背筋が凍りそうになった。それほどアレクは怒りの感情を露わにしているのだろう。
(アレクに女装が似合いそうとか言わないようにしよう)
恐らく彼の怒りに触れたであろう原因を推測し、その地雷を踏むまいと心に刻む。それは優理だけでなく、この場にいる全員が同じ事を思ったはずだ。




