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44話  失った日常と悪夢ような現実

 夢を見ている。


 エドナ襲撃の日に行われた最後の試験で眠っていて今まで起こった事が悪夢だったという夢だ。


 チャイムが鳴っても起きず、試験監督の教師に叩き起こされるという失敗でクラスメートに笑われる。その後は親友の向井沙希(むかいさき)と一緒に新しくオープンしたカフェで彼女の片想いの相手である佐藤も連れて盛り上がる。


 あの日、エドナが現れていなければ過ごしていたであろう時間を夢の中で過ごす。

 ぎこちなくも相手の事を知ろうと会話をしている沙希と佐藤を交互に見ながらジュースを飲む。別れたばかりの身勝手な元彼の宮原と佐藤を勝手に比べて、親友がとても誠実な人間を好きになった事を内心嬉しく思う。


 実現していたらどれほど楽しかっただろうか。


 その時間は化け物に喰われるかもしれないという死の恐怖も、自分が生き残るために助けを求める他人を見捨てた事に対する罪悪感も、神気を宿した事によって得た能力のどう使うのかと思い悩む事もない。


 特別な人間でもないただの一般人でいた自分がこんなに気楽でいられたのだと思った。どこにでもいる普通の女子高生の小山優理がそこにいる、はずだった。


 目の前の光景が自分の作り出した架空の世界であると認識したのは不気味な声が聞こえた方向を振り向いてしまったせいだ。


 そこには上半身は女性、下半身は蛇の姿をした化け物と彼女が喰い散らかした人間だったものの残骸が散らばっていた。

 その中には優理が通っていた高校の生徒も多く混じっている。


 頭部だけの残骸たちが優理に視線を向ける。生気を失ったはずの目に宿るのは憎悪と絶望の感情だ。向けられた視線に恐れを抱いて視線を逸らそうとするが、身体が言う事を聞かない。

 彼らの激情をその目で焼き付けろと言っているようだ。


 それは優理が見捨てた人々のなれの果てだと気付くのにそう時間はかからなかった。自分が彼らを救う力など今ですら持ち合わせていない。


 だから優理は逃げ出した。自分が生き残るためには助けを求める彼らの声を聴かず、見捨てる事を選んだ。その手段を選ぶ事しか方法がなかった。


 この夢はエドナ襲撃以来ずっと優理の心の奥底に根付いた罪悪感から生まれたものだろう。あの時取った行動は仕方なかったと割り切れるほど、優理は合理的な考えを持ち合わせていない。


 彼らに対する罪悪感がこうして優理の心を苛む。不意に体が宙に浮く感覚に襲られる。しかし、それは優理の足元が消えていた。優理がそう認識するのと身体が重力に従って落下し始めるのは同時だった。


 身体が重力によって頭部が下に移動した時に今度は暗い水の中に沈み、息ができなくなる。


 苦しい。


 酸素を取り込まなければと水面に上がろうとする。しかし、思うように力が入らず、身体は底へと沈んでいく一方だ。


 このまま死んでしまうのだろうか。


 意識が朦朧となり、次第に身体が動かなくなって、もう駄目だと思った時、小さな光が現れる。

 自分の手すらも見えない暗い水の中でその光はゆっくりと優理に近づく。


 最後の力を振り絞ってその光に手を伸ばす。指先が触れると光はいきなり輝きを増す。眩しすぎて目を強く瞑ると身体が上へと引っ張られる。


 一気に水面まで上がると息を大きく吸い込む。それと同時に目を大きく見開いた。


「――はぁ、はぁ………ここは……私の、部屋?……」


 目に映る見慣れ始めた天井を見つめて、ホームの自分の部屋だとゆっくりと認識する。

 今自分が寝泊まりしている場所はここしかないのだから当然と言えば当然なのだが、さっきまで見ていた夢の影響で脳が判断するのが遅れてしまった。


「……夏鈴ちゃんは……ああ、昨日はクロトと一緒の部屋か……」


 起き上がり、いつも同じベッドで寝ている少女の姿がない事の違和感に気付き、部屋を一通り見渡した時に思い出す。

 クロトの部屋から戻り、食事と風呂を済ませてベッドに横になるとそのまま沈むように眠ってしまったのだ。


(……でも、一人で良かった……)


 今の自分を幼い夏鈴に見られなくて済んだ。

 心が落ち着くのを待ってから部屋から出て、洗面所へと足を運ぶ。悪い夢を見ていたせいか、身体が重く、動きがいつもより鈍い。


 洗面所に着くと蛇口を捻り、手の平で出てきた水を受け止めて、顔へと押し付ける。

 冷たい感触が皮膚から脳へと伝わり、眠気が消える共に意識がゆっくりと覚醒し、目の前にある鏡を見る。


「やっぱり酷い顔……」


 疲れ切った表情で活力がない。

 それが鏡に映る自分を見た感想だった。それと同じタイミングで鏡に別の人物が映っている事に気付き、振り向く。


「うっわぁ………ブッサイクなツラしてんな」

「余計なお世話よ」


 自分の顔を見るなり、汚い物を見るような目で呟くクロトの言葉に反射で言い返す。けれど、優理も鏡で自分の顔色の悪さを知ってしまっているため否定ができない。


「ていうか、夏鈴ちゃんは?」

「まだ寝てる。あのチビッ子がベッド使ってたせいで床に座って寝るハメになった」


 クロトは欠伸をしながら疲れた表情で呟く。


(まぁ、あの体勢で寝てたら疲れるよね)

「何笑ってんだ、気持ちワリぃ。早くその顔何とかしろ」

「大きなお世話です。あんたが夏鈴ちゃんを起こさないで寝てたのが意外だっただけよ」

「ほっとけ。顔洗いたいからさっさとどけ」

「はいはい」


 不機嫌な顔をするクロト。なんとなくだが、彼との距離感も掴めてきて会話ができるようになった。

 これ以上機嫌が悪くなると手を出しそうなので黙って自室に戻る。


 着ていた服を脱ぎ捨て、掛けていた制服に袖を通す。

 部屋にある全身が映せる鏡の前に立ち、服装を整える。


「髪結ぶのダルいなぁ」


 以前通っていた高校よりも今の高校は校則が厳しく、髪が肩に付く場合は結ばなければいけないのだ。

 後ろの髪を纏めて右側に流し、ゴムで結ぶ。髪は結んでいればどんな髪型でもいいらしいので今日はこの髪型で行くと決める。


「よし、行こう!」


 さっきまで見ていた失ってしまった日常の夢を胸にしまい、悪夢のような世界へと続く部屋の外へ出る。

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