43話 ホームへ
ホームで優理たちを迎えたのは直哉と岬が用意した夕食だった。時計の針はすでに九時を指していて、リビングには岬とアレクがテレビを見ていた。
岬たちは夕食を済ませていたようでテーブルには三人分の料理が並べられている。
検査の時に思い悩んでいたにも拘らず、テーブルの上に並べられた料理を見ると食欲が湧いてくる。
「ホントにハンバーグなんだ」
「リクエスト聞いたのに作らないってのはないだろ?」
キッチンから声が聞こえ、視線を向けると皿洗いを終えた深緑のエプロンを着た直哉が立っている。
優理の家ではキッチンで作業をするのは母親だけだったので男である直哉がその場所にいるのが不思議な感じだ。
「冷めちまっているから温め直すぞ」
「あ、うん。ありがと」
ハンバーグが盛り付けられている皿をキッチンに持っていく。
見慣れない光景のはずなのに何故か違和感がない事に苦笑する。それをネタに直哉にからかう元気はないので大人しく座る。
「そういえば夏鈴ちゃんとクロトは?」
「二人なら部屋に戻っているんじゃないかな? 今日はクロトと一緒に寝てもらおうかなって思っていたから」
この場所にいない二人はどうしているのか尋ねた優理に岬が笑いながら答える。
「「……え?」」
優理とは別の誰かが同じタイミングで岬に聞き返す。そのもう一人は優理と同じく目を丸くしている森崎だろう。
「優理ちゃんたちがいつ帰ってくるか分からなかったから優理ちゃんの次に懐いているクロトに頼んだの」
「た、確かに夏鈴ちゃんはクロトにも懐いていましたけど、岬さんじゃ駄目だったんですか?」
キメラ襲撃という非常事態だったため、夏鈴がクロトに連れてこられた時は風呂や寝る時などは同性の優理と一緒だったが、そのほとんどはクロトの近くにいた。
岬の言う通り、彼女が最初に懐いたのはクロトではあるが、性格が大いに問題があるため、夏鈴の世話をよくしている優理には余計に心配になってくる。
「変な誤解しているみたいだけど、夏鈴ちゃんはクロトがいいって言ったからクロトに頼んだからね?」
「そ、そうなんですか……」
「気になるのなら様子見てくる?」
「は、はい。そうします」
そう言うなり優理は部屋から出て、二階へと向かう。
部屋には持ち主の名札が掛けられており、クロトの名札の部屋の前へと足を運ぶ。
(さすがに夏鈴ちゃんは寝てるよね?)
ノックをする前にその可能性が浮かぶ。しかし、無断で扉を開けるのも気が引けるので控え目に扉を叩き、部屋の持ち主が何かしら反応するのを扉の前で待つ。
彼が部屋から出てきた時、夏鈴の面倒をちゃんと見ているか心配で様子を見に来たと正直に言えないので別の言い訳を考えながら返答を待つ。
「………あれ?………」
けれど、一分以上待っても沈黙は守られたままだった。
「……失礼しま~す……」
いくら待っても返事がないので恐る恐る扉を開けて部屋の様子を伺う。部屋の明かりは点いていたので中の様子はすぐに把握できた。
目に映った光景はクロトのベッドで眠っている夏鈴とその横で膝を立て、片手に絵本を持っているクロトの姿だった。
それだけで彼らがどのような事をしていたのか容易に想像できた。
「あのクロトが夏鈴ちゃんに絵本を読んでいたなんて……」
座っているクロトに寄り添うように彼の服の裾を掴んで眠っている夏鈴。おそらく読んでいる途中で彼女が寝てしまい、それに続いてクロトも眠ってしまったのだろう。
「二人とも、風邪引くよ」
部屋の中に入って二人を起こさないように慎重に動きながらベッドから落ちているタオルケットを夏鈴に掛ける。
クロトにも何か羽織る物をと部屋を見渡すが夏鈴に掛けたタオルケットしか見当たらなかった。
(というか……物少ない……)
彼の部屋には机とベッド、学生カバンと制服と私服が入っているであろうクローゼットしかない。
クロトが異世界から来たという事もあるのだろうが、もっといろいろな道具が散乱しているものだと思っていたため部屋がこんなにも物が少ないとは予想外だった。
(なんか不思議だなぁ……)
すぐに容赦なく暴力を振るい、他人に対して斜に構えた態度の第一印象に加え、前回の戦闘で見せたキメラに報復する姿を見てしまってから、彼は凶悪で自分とは相容れないと思っていた。
しかし、クロトのたまに見せる普通の人間と同じ行動を見る度に自分が知るクロト・レイルという人物像が揺らぎ、分からなくなる。
「………クロトは何のために戦っているんだろ?」
不意に彼がキメラと戦う理由について疑問が浮かぶ。
前に直哉から神創人間の二人は異世界では優理たちと同じ普通の人間だったという話を聞いた事がある。
人間を捨ててまで彼らは何故戦うのか。自分がどうしたいのか答えがでないのにクロトやアレクが戦う事の意味を理解できはしない。
むしろ、自分自身どうしたらいいのか分からないこそ、他人が戦う理由に興味を持つのかもしれない。
(それにしても、こうしているとただの外国人の高校生って感じなのにね)
クロトの穏やかな寝顔を見ていると思わず苦笑してしまう。
無防備な状態だと自分たちと大差変わりない神創人間を見ると難しく考えなくてもいいのではないか、そう思えるほど心に余裕ができる。
「――おやすみ」
当初の目的である二人の様子を見るという目的を果たし、静かに部屋から出る。
自分が寝る時、部屋の電気を消すので、同じように部屋の明かりを消して一階へと足を運ぶ。
その時、クロトの寝言がかすかに聞こえたが、優理には届かなかった。
真っ暗になった今、彼が何を呟いたのかどのような表情をしているのか、誰にも分からない。




