42話 判明する能力
その後、優理たちはすぐにホームに戻って森崎と岬に優理の目の事を報告した。
優理と森崎、源田の三人はそのままキメラ対策室へ向かった。政府との話し合いで異世界から来たヴァルカンたちの力の源である神気関係の検査は全て対策室で行う事になっているのだ。
建物の外装は白一色で統一されていて、隣接する建物と何ら変わらない普通のビルだ。関係者以外の人間から見れば印象に残らない。中も飾り気のない廊下と多くの扉がある。
その中のある部屋に用意された検査室で優理は検査を受けている。
検査も独特なもので、人一人分入れる大きさのカプセルの中に入って光に包まれるといったものだ。
「話を聞く限り、能力が発動したのは間違いないけど、今はそれが確認できないね」
検査を終え、優理がカプセルから出たと同時に源田の身体を借りたヴァルカンが呟く。
肉体の所有者の言動が異質なため、まともな喋り方をしているヴァルカンが源田の身体を使って話をしている時はどうも違和感が拭えない。
「発動した時どんな状況だった?」
「どんなって、ただ、夏鈴ちゃんにプレゼントするリボンを選んでただけなんだけど」
まさかそれだけの事で彼の言う能力が発動したといわけではないだろうと、半信半疑で呟く。
「うーん、他には? 身体に何か変化とか」
「えっと、そういえば、途中でなんか目が熱くなったような……」
選ぶのに夢中になってその時は気にしなかったが、考えてみると今まで何かに熱中して目が熱くなるという状態になった事がない。
「という事は能力が発動したのはプレゼントを選んでいる時――その人に合う物を分析、選定していて、発動した時に目が熱くなるわけか」
メモを取りながら呟くヴァルカン。彼の言葉を、動きを一瞬でも見逃すまいと、自然と目を凝らしていた。
「なら彼女の能力は目を使うものという事でしょうか?」
「それは間違いないよ。ただ、対象を見るだけじゃ能力が発動するわけじゃないみたいだね。ずっとボクを見ていても変化がないし」
「あ、ご、ごめん」
彼の言葉でようやく見過ぎていた事に気付く。彼の言う通り、ただ見つめているだけでは目は熱くはならないようだ。
「気にしてないよ。それより、目が熱くなったのって今日が初めて?」
「えっと………確かこの前の戦闘の時もだったと思う」
尋ねられ、該当する記憶を手繰り寄せ、その時の事を思い出す。
仕留め損なったキメラがクロトに反撃する直前、同じように目が熱くなっていた。その時は無意識に見落としている点はないかと思考を巡らせていた。
おそらくあれが初めて能力が発動した瞬間なのかもしれない。
「なるほど。確定したわけじゃないけど、小山さんに宿った能力は『分析』の可能性が高いね」
「それは具体的にどんな能力なのですか?」
「簡単に言えば対象を観察して規則性や違和感を見つけたり、理解したりする事だね。今まで無意識に発動していたみたいだから早めに制御できるようにならないと」
「どうして?」
話を聞く限り戦闘になってもサポートできるかどうか怪しい能力だ。発動時に目が熱くなるのは自分的にはそれほど支障はない。
「前にボクが神気を使って優理たちの傷を治したのは話したよね? キミたちの中にある神気を使い果たしてしまったらまた傷が開いてしまう恐れがあるんだ」
「――えっ?」
ヴァルカンの言葉に優理の中の時間が静止する。
「小山さんたちの傷は完治したんじゃ?」
森崎も初耳だったらしく、驚いた表情で尋ねる。
「傷は確かに見た目塞がっているんだけど、神気で徐々に治してる状態だからその分の神気がなくなってしまうと内側から傷が開いてしまうんだ」
「そんな事が………いや、何でもありません。能力を無意識に発動しないためにはどうすれば?」
理解が追い付いていない優理とは違い、信じられないと表情を硬くする。それでも、話を続ける。
現状、理解できない事ばかり起きている中で有り得ない話でもそれが現実になっているのなら自分たちが適応しなければならない。
頭の中では分かっているつもりでも脳が理解するのを拒否しているせいで森崎のように簡単に受け入るのは難しい。
「うーん。アバウトに言えば何かを分析しようとしなければ発動はしないとは思うよ」
あっさりと答えるヴァルカンに優理は頭を悩ませる。
環境のせいか、能力のせいか、あるいはその両方か、優理はエドナ襲来してから考え込む事が癖になってしまった。それをできるだけ控えろというのはすぐにはできないだろう。
「あ、で、でも、慣れてくれば能力の発動はある程度制御できるはずだし、使い過ぎなければ問題はないよ」
暗い表情で俯く優理にヴァルカンが慌てて付け足す。
「それにボクの能力でキミの分析力も上がっているし、一村さんのために買ったそれもきっと似合うよ!」
笑いながら空気を無理矢理変えようとするヴァルカン。そのおかげで沈みかけた部屋の空気が変化する。
「ほんと、神様っぽくないなぁ」
下手な励ましに自然と口元が緩む。
優理の想像していた神は威厳があり、気安く話しかけられないような存在だ。けれど、目の前にいる神はそんなイメージを変えてくれた。
クロトやアレクと違って親しみやすく話しかけやすいおかげで、神気や能力についても聞きやすい。
「それってボクに神としてのカリスマが無いって事!?」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないよ。親しみがあっていいなって」
優理の言葉に大げさな反応をするヴァルカン。彼はやけに神としてのカリスマ性というものを気にしているようだ。
それがどのような意味があるのかまでは優理には分からないけれど、それが彼にとっての誇りでもあるのだろう。
「まぁ、いいや。能力は分かったけど、どんな事に使うのかはキミに任せるよ」
「任せるって言われても……」
たった今判明した能力の使い道をすぐに思い付けるほど、発想は豊かではない。本当に趣味であるショッピングだけでしか使えないのではないかと思った。
(この能力が戦いで何の役に立つんだろう?)
そこで優理は発動した能力でキメラとの戦闘で自分に何ができるのか考えている事に気付く。例え戦う力を手にしていても人を喰う化け物に立ち向かっていける程の勇気を自分は持ち合わせていない。
(そういえば、クロトにも言われたな)
ヴァルカンから優理たちに何かしら能力が宿っていると聞かされた時の記憶が呼び起こされる。
エドナやキメラの襲撃の中、生き残るために必死で逃げ、時には誰かを見捨てて自分の命を繋いできた。
運が悪ければ死んでいた状況の中で自分にも誰かを護れる力が欲しいと何度も思った。
それは自分が生きるために見捨ててしまった人たちへの罪滅ぼしにもなると勝手に解釈している。
本当は生き残るために他人を見捨てる事を選ぶ醜い自分に目を背けているだけなのだろう。
自分が考えている事がヴァルカンの言う分析の能力の影響だというのなら、これは本来の自分ではない別の思考が加わったものだ。
(本当に何をどうしたいんだろ、私……)
いくら考えても見つからない答えに躍らされている。
強がって明るく振る舞えば振る舞うほど後から来る空虚感が優理を襲う。楽しいと感じる事さえも自分には許されないという強迫観念が心を支配しているからなのだろう。
不意に肩を叩かれる。いつの間にか俯いていた顔を上げると森崎が優理の顔を覗いていた。
「小山さん。無理に答えを出さなくてもいいんだ」
「――え?」
落ち着いた、背中を押してくれるような声で紡がれた言葉の意味を優理の思考はすぐに理解する事が出来なかった。
目を丸くする優理に森崎は続ける。
「今は自分がしたいと思った事をするだけでもいい。何かをしなければならないなんて思わなくてもいいんだ」
「……はい……」
短く答え、俯く。
森崎の言葉は過去にクロトにも言われた事がある。
自分のしたい事をすればいい。
彼らは気を楽にしろと言いたかったのだろうが、優理にとってその言葉は無責任な事だと思ってしまう。
望んでいないとはいえ特別な力を身に付けてしまったのならそれ相応の行動を取るべきでないか。それが思考の奥底に根付いてしまい、クロトたちの言葉を素直に受け止められないでいる。
「まぁ、今日のところはこれくらいにしてホームに帰ろう」
優理が深く考え込んでしまっているのを他所にヴァルカンが手を叩き、立ち上がる。
「そうですね。では、先に車の準備をしておきます」
そう言って森崎は部屋から出る。
彼に続いて優理たちも部屋から出るが、向かう先は地下にある駐車場に向かう森崎とは違い、二人はそのまま建物の入り口へと向かう。
(私のしたい事って何だろう?)
ヴァルカンの後ろを歩きながらその事を考える。何かをしなくてはならないのではなく、何がしたいのか、少し考え方を変えるだけで胸の奥の強い締め付けが弱まった。
けれど、単純な事のはずなのに難しく考えてしまい、納得のいく答えが出ない。見つかったとしても自分にそれをする資格があるのかと思い詰め、考え直しての繰り返し。
まるで風に吹かれて地に落ちる事がなく、宙を舞い続ける木の葉のように次々と変化する状況に優理は自分の意志が定まらないまま、振り回され続ける。




