41話 プレゼント
「あれ? 夏鈴ちゃん、どうしたの?」
優理たちが足を進める中、夏鈴だけがその場に立ち止まって何かに視線を奪われている。
彼女の視線の先には女性物の服を取り扱っている店の女性型のマネキンがある。
白のシャツの上に薄い黄色のカーディガン、ズボンはスリムなジーンズ、頭に白のリボンを身に着けているそのマネキンを夏鈴はずっと見ているのだ。
「……ママ……」
悲しげな表情で、耳を澄ましていなければ聞き逃してしまうほどの小さな声で夏鈴は確かにそう呟いた。
明るい彼女の性格から忘れそうになるが、キメラ襲撃で離れ離れになった両親の消息はまだ掴めていない。
「夏鈴ちゃん」
「この服、ママがよく着ていたの」
そっと、彼女に近づき、名前を呼ぶ。そこからどんな言葉を繋げればいいのか分からずにいると、黄色のカーディガンを指差す夏鈴。
何故、マネキンを見て母と言ったのか疑問に思ったが、マネキンが着ていた服から母を連想したのだろう。
優理ですらまだ消息が掴めていない家族の事を想うと不安で一杯になる。小学生の夏鈴はそれ以上に不安だろう。
「……会いたい」
「……夏鈴ちゃん……」
すぐに会えるよ、なんて無責任な事を優理は言おうとしていた。
その瞬間、二回目の襲撃の直前に首を吊って命を捨てた老人の事を思い出す。
あの時言ったのが憐みの言葉ではなく、明日を生きるきっかけの言葉であれば彼は孫と再会できたのではないだろうか。
抜け殻と化した彼にしがみついて泣き叫ぶ少年の姿を目の当たりにしてからずっと思っていた事だ。
(同じ事は繰り返さない)
心の中で決意を固め、夏鈴に掛ける言葉を手繰り寄せる。彼女を傷付けず、未来に希望を持てるように。
適切な言葉を考えれば考えるほど何と言えばいいのか分からなくなる。悩めば悩むほど、時間だけが過ぎていく。
「どうしたんだ、二人と――」
「そうだ、夏鈴ちゃん、一緒に来て。ごめん、直哉。ちょっと持ってて」
「え、ちょっと!?」
手に持っていた袋を優理たちが店の前で立ち止まっている事に気付いて近づいてきた直哉に強引に押し付けて、夏鈴の手を掴んで店の中に入る。
店に入った優理は服には一切目もくれず、リボンが置いてある隅の方ところへと進む。
「待っててね。夏鈴ちゃんに一番似合うものをすぐに選ぶから」
「う、うん……」
初めて見る優理の強引な行動に夏鈴は目を丸くしてその場に立ち尽くす。
「さて、どれが似合うかな~」
店に置かれてあるリボンを一本ずつ見ながら呟く。
「これかな? いやでも、夏鈴ちゃんの持ってる服と合わないか」
頭の中で選んだリボンを付けた夏鈴を想像してどれが最も彼女に似合うかを考える。いつも以上に気合が入り、不思議と目まで熱くなる。
(そういえば、修二の誕生日プレゼントとか選ぶ時もこんな感じだったな)
キメラ襲撃によって離れ離れになった弟の事を思い出す。
昨年の誕生日に冬だったのでマフラーを用意したらまさか母親も同じデザインのものを用意していて考える事は同じだなと笑ったのを思い出す。
小山家では誰かが誕生日を迎える度にそれぞれがプレゼントを渡すのが恒例になっている。
時期によって相手が欲しいと思う物が変わってくるので何気ない会話から用意するプレゼントを決め、その人の好みに合う物を選ぶのがいつの間にか優理の楽しみになっていた。
(夏鈴ちゃんの服は明るいのが多いし、夏だったら暖色系の物がいいかな)
徐々に固まりつつあるイメージを確かなものにするために今度はリボンを一本取ってじっくり見てからまた一本取るという作業を数回繰り返す。
(あ、これいいかも)
何本目かのリボンと取った瞬間、イメージに合う物を見つける。
「夏鈴ちゃん、これどうかな?」
目的の品を手に持って振り向く。その先には夏鈴と直哉だけでなく、クロトやアレク、源田の三人もいつの間にか合流していた。
すっかり熱くなった優理の目に映るのは驚いた様子で自分を見る夏鈴たちだ。
「――あれ? みんなどうしたの?」
彼女たちの反応に首を傾げる。
選ぶのに熱中しすぎてドン引きされていると思ったが、夏鈴たちの表情は自分を見た瞬間に驚いたように見えた。
「………優理、ひょっとしてカラコンしてる?」
「え? してないよ」
短い沈黙の後に尋ねてきた直哉の言葉が理解できなかった。
確かに興味もあるが、目に何かを入れるというのが怖くてやるのを躊躇っている。それが何故今話題に上がったのだろうか。
「優ちゃん。目、とってもキレイだね」
「目?」
「鏡見てみろよ」
夏鈴の言葉の意味が分からず、直哉が指差した先にある店の鏡で自分を見てみる。
「――何、これ?……」
鏡に映っているのが自分なのかと目を疑う。
姿が劇的に変化したわけではない。朝、ホームの鏡で見た新しい制服を着ている違和感も今はない。その時と同じ姿をしている。
けれど、一ヶ所だけ、変化している部分があった。
黒だったはずの優理の瞳が金色に変化していたのだ。




