40話 帰り道
転校初日、無事に終わった優理は一人の少女の手を繋ぎながら街の中を歩いている。
「優ちゃん、学校どうだった?」
「緊張したけど、楽しかったよ。みんないい人だったし。夏鈴ちゃんはどうだった?」
不意に尋ねられ、笑いながら答える。
放課後、クラスの数人の女子から遊びの誘いを受けたが、少女――一村夏鈴を迎えに行く用事があるため断った。
「楽しかった!」
「そっか。良かったね」
元気よく笑顔で答える夏鈴に優理も笑顔で返す。
夏鈴はキメラの戦闘で両親とはぐれてしまい、クロトが保護したので両親が見つかるまで彼女を預かる事になったのだ。
初めは暗い表情しか見せなかった夏鈴だが、今ではよく笑うようになり、それが優理の心の支えにもなっている。
夏鈴と手を繋いでいない方の手で先日黒に染めたばかりの髪をいじる。
「髪の色、落ち着かないなぁ」
「そう? 今の優ちゃんもかわいいのに」
「ありがとう、夏鈴ちゃん」
優理の独り言が夏鈴の耳に届き、不思議そうに優理を見つめる。
今朝から夏鈴は優理の事をお姉ちゃんではなく、優ちゃんと呼ぶようになったのだ。心の距離が縮まったと嬉しく思う反面、慣れない呼び名に気恥ずかしさを感じる。
夏鈴から視線をそらすために正面を見ると信号を渡った先にあるスーパーの入り口で見知った顔を見つける。
「あ、あそこ。アレクだ」
信号を渡り、彼らの下へと駆け寄る。
モデルのような美しい金髪碧眼のアレクはその場に立っているだけでも目立つ。女性を中心に通りすがる人々はみな彼に視線を向けている。
「優理と夏鈴か」
「どうしたの? 疲れてるっぽいけど」
アレクは近づいてきた自分たちに気付き、視線だけ向ける。彼の知り合いだという事で周りの視線も自分たちに向けられる。
今はもう慣れたが、最初はその視線が気になって外で彼と一緒の時はあまり落ち着かなかった。
「大食い二人がうるさかったから外に出ただけだ」
「あ……そうなんだ」
今の言葉で彼を疲れさせた原因が想像できた。
大食い二人というのは源田とクロトの事だ。
あの二人は一食で優理の五倍以上は食べる。巨体の源田はともかく優理より少し背が高いクロトが源田と同じ量の食事を平らげてしまう様子は初めて見た時は開いた口が塞がらなかった。
「じゃあ、他の三人はまだ中にいるんだ」
「ああ。そろそろ会計を終えているだろう」
アレクの言葉通り大量の食材が入ったレジ袋を複数持ちながら直哉と何も持っていない源田、クロトが出てくる。
「まさか、こんな量の買い物するとは思わなかった」
両手で四つ以上の袋を持っている直哉の表情が死んでいる。
手に持っている荷物の重量だけでなく、これから待ち受けている全員分の食事を用意するという重労働に気が滅入っているのだろう。
今朝もクロトと源田の食いっぷりに目を丸くしていた。これからこの食事量を用意しなければならないという事に絶句したとうのが正解だろう。
「ククク、我が魂の咆哮を鎮めるための捧げる供物がこの程度で済むと思うなよ?」
「全部お前が食うわけじゃないだろ。何勝手にオレが食う分まで自分の分に含んでんだよ」
「いや、ホームのみんなが食べる分でしょ」
二人だけでこの量の食材を食べる気でいるクロトたちに呆れてつい言葉が零れる。
それが三人の耳に届き、初めて優理と夏鈴の存在を認識された。
「うっせー。ちゃんと他の連中の分も考えてるっての」
(絶対嘘だ)
二人がその気になれば本当に平らげてしまうだろう。しかし、これ以上余計な事を言うと暴力という実力行使で黙らせてきそうなので心の中で突っ込むだけに留める。
「用が済んだなら帰るぞ」
会話が一段落したところでアレクが歩を進める。優理たちもその後に続こうとする。
「ちょっ、せめて一人一つは持ってくんない!?」
誰一人荷物を持たず、歩こうとする優理たちに全ての荷物を持たされている直哉の慌てて呼び止めて、その声で全員が振り返る。
その手に持てる重量を超えているのか、両手が震えている。
「ああ、ごめんごめん」
彼に全て持たせるのはさすがに可哀想だと思い、彼の下に駆け寄って差し出された複数の袋をうち一番軽そうなものを受け取る。
ここからホームまでは距離があるのでさすがに重量のあるものは運べないのでそこは勘弁してほしい。
直哉もそれを理解しているようで、特に文句は言わなかった。
「ほら、あんたたちも持ちなさいよ」
「メンド―」
「そう言ってやるな。これから供物を捧げてもらうのだ、準備の段階で力尽きてしまっては元の子もなかろう」
何故か上から目線の源田と舌打ちするクロトも直哉の持っている袋をいくつか受け取る。
持っている袋の量はまだ多いが、特に重そうな袋を源田が持ってくれたので両腕の負担が軽くなって安心した表情を直哉も見せる。
(というか、荷物がこんなに多いのは二人のせいだよね?)
優理たちが持っている食材は甘く見積もっても十人分以上の量だ。ホームに住んでいるのは八人だが、クロトと源田の食欲が尋常ではないため食材も増える。
因みに今の時点で袋を持っていないのはアレクと夏鈴だ。
夏鈴は一番小さいのでそこそこ重量のある袋を持たせるのは酷だろうという事で示し合わせたわけではないが、一番袋を持っている直哉も夏鈴に持たせようとはしない。
アレクが袋を持っていないのは直哉たちのカバンを全部持っているからだ。
クロトとアレクは何か意見が食い違いなどがあればジャンケンで決める事がある。おそらくジャンケンで負けた人が全員のカバンを持つという勝負でアレクが負けたのだろう。
「お前ら何が食いたい?」
「「肉」」
「だろうな。優理たちは?」
直哉の質問にユニゾンするクロトと源田。二人の即答を流れるように受け流して、再び尋ねる。
彼の質問は最初から優理たちに向けられていたのだろう。
「私は特にないかな」
「同じく」
「………それはそれで困るんだよな。まぁ、いいか。夏鈴は?」
「うーんと、ハンバーグ!」
「オッケー。楽しみにしとけよ」
元気よく答える夏鈴に直哉は軽い調子で答える。
普段はクロトに振り回されていて頼りない直哉だが、家事をこなしている点では尊敬している。優理はほとんど母親頼みだったため、家事はあまり得意ではない。
もし、家族と再び生活ができるのならば、母親の手伝いも積極的にしよう、そう最近は思うようになった。
(でも、普通は何作るか決めてから買い物しない?)
夏鈴の回答に慌てた様子が見られないので、材料はあるのだろうと思い、心の中で思った事は言葉にせず、胸の内に留めた。
「んじゃ、今夜の極上ハンバーグを楽しみにしておくか」
「俺はプロの料理人じゃないからあんま期待すんなよ!?」
これから振舞われる料理を想像しているのか、上唇を舌で舐め、上機嫌になるクロトに直哉の言葉は届いていない。
変な鼻歌を歌いながら歩き始める。
「嫌だぞ、勝手に期待されて後で失望されんのとか……」
「まぁ、どんまい……」
肩を落とし、口に出た彼の言葉はすぐ近くにいた優理以外には届かなかった。




