39話 転校
「三人がうちの学校に転校?」
「そう。直哉君と和弘君の高校に優理ちゃんたちも通ってもらおうかなってね」
三日前の夕食の時に直哉たちが住んでいるホームで桐島岬が告げる。
「何でオレらがそんなメンドーな事しなきゃならないんだ?」
「そりゃキミたちと同じ年代の子は学校に通っているらしいからね」
露骨に嫌な顔をするクロトに源田が答える。正確に言えば、源田と一体化している技術の神・ヴァルカンだ。
彼は精神体の状態でこの世界に来たため、誰かの身体を借りなければ行動できないそうだ。
事故で直哉たちが重傷を負った時の治療で神気を使い果たしてしまい、源田と一体化する事になったのだ。それでも神気が十分に回復していないため、彼の肉体を使って行動しなければならない。
「だったら、アレクたちでいいんじゃないすか? 優理は転校してまで学校に行く必要あるんすか?」
優理は元々別の高校に通っていた。それなのに直哉の通う高校に来る意味が理解できない。
「岬さんたちと相談して私も学校に行こうって思ってね。私が通ってた学校はあんな事があったから」
「ふーん、そっか」
曇った表情の彼女を見て、直哉はそれ以上の事は言わなかった。
優理はエドナ襲来で最初の被害を受けた高校の生徒だ。その時に多くの生徒たちがエドナに喰われているところを間近で見た事もあるらしく、それがトラウマになっている。
「それでクロトとアレクには日高君と源田君のクラスに一人ずつ入ってもらうって事になったんだ」
(――アレクが来てくれ!)
ヴァルカンの言葉を受けて心の中で切実に願う直哉。ただでさえクロトの行動に怯えているのに学校まで一緒だと身が持たない。
「取り込んでいる神気の関係上、日高君のクラスはアレク、源田君のクラスはクロトが行く予定だ」
「――ああ、良かった~」
「ほうほう。何が良かったんだい?」
直哉の願いが通じたのか、アレクたちの監視役である森崎慎吾の言葉に安堵の言葉が漏れる。
直後、長方形のテーブルで一番端にいたはずのクロトがいつの間にか自分の後ろに移動して首を掴む。
「うひゃっ!?」
掴まれた力が強く、変な声が出る。クロトは構わず力を強める。
「残念だな~。直哉はそんなにオレと一緒にいるのがイヤだなんてな~」
「痛い痛い!」
掴まれた力が強く、痛みを訴えるためにクロトの腕を叩くが、彼は構わず首に食い込む指の力を強くする。
「つか、神気の関係で言ったらオレと優理が一緒のクラスじゃね?」
直哉の仕置きをしながらクロトが尋ねる。視界の隅で優理の肩が一瞬震えたように見えたが、痛みのせいでそれ以上の事を気にする余裕がない。
「本当ならそれがベストなんだけど、何をするか分からないクロトと優理ちゃんを一緒にするのはかなり不安なのよね」
「いやいや。何勝手に人を危険人物扱いしてんすか。そんな事ないよな?」
「「「………」」」
「あれ?」
賛同を得られると思っていたクロトはみんなの沈黙に首を傾げる。
「現在進行形で暴力振るっている時点で説得力な――ってぇ!」
「何か言った?」
直哉はまだ首を掴まれているのにうっかり口を滑らせてさらに力を籠められる。
「――はい、クロトの一日食事抜きまで三、二――」
「さぁ、メシの続きだ!」
食事抜き。その言葉を聞いた瞬間クロトは手を放し、席について食事を再開する。
彼にとって一番の楽しみである食事を奪うと脅せば自然と大人しくなる。ホームの家事を一人で担っていて、唯一クロトを止められる岬だからできる事だろう。
自分たちが来る前にクロトは岬にこっぴどく叱られた事があり、彼女には頭が上がらないらしい。
「あ、言っておくけど、学校で何か問題起こしたら食事抜きは三日間だからね?」
ここで初めてクロトの表情が固まる。それを音で表現するように彼が持っていた箸が零れ、皿の上に落ちて無機質な音が耳に届く。
「………何ダッテ?」
「学校で何か問題起こしたら三日間食事抜きだから」
固まった表情のまま尋ねるクロトに岬は容赦なく同じ宣告をする。それも笑顔で。
「そんな……横暴だ!」
「大丈夫。何も問題を起こさなければいいだけの話なんだから」
慌てたクロトの反論も虚しく、岬は聞き入れる様子はない。
「……ちなみに何をしたらアウトなんすか?」
「言うと思う?」
ここまで岬は笑顔で答えている。自分に向けられた言葉ではないのに不思議と恐怖を感じさせるもので当事者であるクロトはもっと感じているのか、それ以上何も言わず、落胆したまま食事に戻る。
キメラに唯一対抗できる存在が手綱を握られているという信じられない光景に小さく苦笑いをしながら直哉も食事を再開する。
「そういえば、学校には学食とかあるみたいだけど、直哉君たちは普段どうしてるの?」
「俺は学食だったり、購買でパン買ったりでその日の気分次第っすね」
「我が内なる咆哮を鎮める供物、凡俗一人分で済むと思うなよ。人を超えてこその支配者である!」
「直哉君はともかく、和弘君はお弁当とかも用意した方がいいって事ね」
源田の言葉をしっかり理解しているのか、岬は頷きながら呟く。
「直哉君、明日から食事の準備を手伝ってくれないかな?」
「え? 俺がすか?」
岬の意外な提案に目を丸くする直哉。
姉二人に面倒事を押し付けられた影響で家事は一通りできるとうっかりアレクに喋ってそれを聞きつけたのだろう。
「流石に私一人で全員分の食事を用意するのはきついから直哉君の力も借りたいの」
「んー。まぁ、いいっすよ」
両手を合わせて頭を下げる岬に深く考えずに了承する。
彼女のような美人にお願いされて悪い気もしないし、ホームに来てから世話になっている彼女が困っているのを見て見ぬ振りをするほど薄情でもない。
「あんた、料理できるの?」
二人の会話に優理が隣に座っている少女に料理を取り分けながら割り込む。直哉が家事を一通りできる事を彼女は初めて聞いたのか意外そうな表情をしている。
「まぁ、ちょっとはな」
「へぇ~」
直哉は自分が料理できるという事をあまり周囲には話したがらない。家事をするのは嫌いではないのだが、姉二人の命令に逆らえず、家事ができるようになったという過程はあまり自慢できるものではないからだ。
「――直哉」
「どうした?」
不意にクロトに声を掛けられる。彼にしては珍しく真剣な表情をしている。
「手ェ抜イタラ殺ス」
「――は、はい。全力で取り組みます……」
直哉を見るクロトの目に気圧され、弱々しく答える。彼にとって楽しみである食事がいい加減な出来なら自分の身の安全は本当に保障しないと彼は言いたいのだろう。
「クロトと和弘君は結構食べるから準備もそれなりに大変だと思うけど、頑張ろうね」
ウインクしながら言う岬に対して男の扱い慣れていると思った。
けれど、悪い気は全くしないのは、自分一人ではなく岬と一緒だという事なのだろう。
次の朝、クロトと源田が食べる量を甘く見ていた直哉はこの役割を引き受けた事を激しく後悔する事になる。




