36話 深まる謎 森崎視点
直哉たちが買い物をしている間、森崎はキメラ対策室で上司の石山と源田の三人で会議をしている。
「小山さんの検査ですが、今のところ問題はないようです」
岬が用意した資料を見ながら報告をする森崎。
昨日の戦闘でクロトの声が聞こえるようになったと優理は言った。身体に宿った神気が馴染み始めているのではないという事で優理だけ検査を受けてもらった。
その優理は検査を終えて、岬と夏鈴と一緒にホームに戻っている。
「ふむ。本人は何か変化があったか?」
「身体の変化はないようですが、エドナ襲撃以降、考え込む事が増えたと言っていました」
検査が終わった時、優理に声を掛けた時の事を思い出す。
ヴァルカンから彼の能力の一部が宿っていると説明を受けてから彼女は何か思い詰めているように見えた。声をかけると無理して明るく振舞う彼女に対してどう接すればいいのか森崎には分からなかった。
考え込むようになったというのは優理以外にも大勢の人間にも言える事だろう。
しかし、彼女が抱えているものは自分たちの理解が及ばないものだ。だから、念のために小さな事でも報告する必要がある。
「それだけじゃ能力が発現したとは判断できないね」
腕を組み、源田が言う。
彼が普通の喋り方をしている事に違和感がある。
それもそのはずだ。今喋っているのは源田ではなく、ヴァルカンなのだから。
優理が検査を受けている間、ヴァルカンはクロトのメンテナンスをしていた。
別の世界とはいえ神の力とはどんなものか個人的に興味があったので、メンテナンスの様子を見学させてもらった。
ヴァルカンは灰色の装甲に包まれたクロトに触れたと思ったらその手が光り、その光が先の戦闘で傷付いた装甲も元通りに修復していった。
見た光景をただ眺めていた森崎を他所にクロトはメンテナンスを終わるとすぐに仮眠室へ行き、眠っている。
ヴァルカンが専門用語のような単語を駆使して説明していたのだが、全く意味が伝わらなかった。彼の言葉とクロトの様子を見る限り、メンテナンスを受けると眠くなるという事だけはなんとか伝わった。
「神気を宿している三人の中で小山さんが能力の発現が早いようですが、貴方と一体化している源田君はどうなのですか?」
「ボクが源田君の肉体を借りている事もあって、彼は他の二人より神気に馴染むのは早いけど、まだ能力開花とまではいかないな」
ヴァルカンが言うには、三人の中で源田だけは一体化しているため、源田自身が能力を暴走してもヴァルカンの方で制御できるという話だ。
「元々クロト、アレク用の神気だから他人の身体に入れた場合、拒絶反応を起こす可能性もあったけど、小山さんと日高君の様子から大丈夫そうだね」
「しかし、源田君はともかく、小山さんと日高君の神気の馴染み具合に差があるのは何故でしょうか?」
石山がヴァルカンに尋ねる。
昨日の戦闘中に優理はクロトの声が聞こえるようになったと言ったが、直哉はアレクの声が聞こえたという事は聞いていない。
「ん~、そこはボクにも分からないんだよね」
「分からない?」
「二人に宿った神気はもう二人の身体の一部になったんだ。神であるボクでも他人の感覚を把握する事はできないんだよ」
「感覚、ですか……」
一人呟き、思考を巡らせる森崎。
誰もが持っているもの。けれど、自分が感じているものが他人と全く同じだと証明できないものだ。
神気という自分にはないものがある優理やクロトたちの感覚を理解しろと言われても森崎にはイメージするしか術はない。
「ふむ。小山さんたちの神気については分かりました。次はキメラに出現に関してですが、今回の襲撃はこれまでのキメラの出現方法が異なっています」
「出現方法が?」
ヴァルカンは初めて耳にする情報に怪訝な表情をする。
「これまでのキメラは上空から出現していますが、今回は建物の中から現れたと報告が上がってきています」
クロトとアレクの活躍によって、出現が確認されたキメラは全て討伐された。しかし、被害状況はこれまでの襲撃とほぼ変わらない。
戦闘が始まる前、キメラの出現が確認された時に倒壊された建物の瓦礫の下敷きになった人たちも大勢いたためだ。
「我々はこれまでキメラは上空から襲撃してくると思い込んでいました。そのため、今回の襲撃はキメラを撃退に成功したものの、市民の避難が間に合わず、多くの犠牲者を出してしまいました」
キメラに対抗すべく結成された組織の長でありながら、被害を最小限に留める事が出来なかった事への自責の念が彼の震えた声から伝わってくる。
「上空からの襲撃はエドナの『飛行』の能力がキメラも持っていて飛んできたって事で納得はいくけど、建物の中から現れたっていうのは気になるな」
腕を組み、今得た情報を吟味するヴァルカン。
「建物の中から現れたという事はテレポートとかが有力だけど、エドナにそんな能力はなかったはずだよ」
「テレポートではないとすると他にどのような手段がありますか?」
「うーん、判断材料が少なすぎるから何とも言えないな」
「そうですか。では、また何かありましたらお知らせください」
肩を落とす石山だったが、それは一瞬の出来事ですぐに気持ちを切り替えて口を紡ぐ。
「現段階で我々が話をしてもこれ以上の進展は厳しい。森崎君、報告ありがとう。引き続き桐島君と共に、小山優理さん、日高直哉君のメンタルケアを頼む」
「はい」
会議の終わりを告げ、森崎と石山が使った書類をまとめている中、ヴァルカンが手を挙げる。
「あの、一つお願いがあるんだけどいいかな?」
「何でしょうか?」
二人は手を止めて、ヴァルカンを見る。
ヴァルカンの困ったような表情を見て、今の話で何か見落としがあったのだろうか。
「いや、今の話とは全く関係ない話なんだけどね。ちょっと手配してほしい事があるんだ」
いつもなら率直に言うヴァルカンが珍しく回りくどい言い方で返答をする。
「手配した機材に何か不備がありましたか?」
優理の検査やクロトのメンテナンスはほとんどヴァルカンの主導で行われた。必要な機材はこちらで用意し、それをヴァルカンが改造してもらったのだ。
改造といっても用意した機材が劇的に変化したわけではなく、彼の神気を機材に注いで優理の神気の検出や、クロトの装甲の強化が出来るようになっただけだ。
「あ、機材関係じゃなく、クロトとアレクの事なんだ。ボクが彼らに戦闘以外で何をさせているか聞いているかな?」
「……確か、普通の人間と同じように振る舞え、という話ですか?」
アレクたちと初めて接触した時に説明を受けて彼らも必要性を感じていない部分だったので、それが真っ先に思い浮かんだ。
「そう、それ! こればかりはそちらの協力がどうしても必要なんだ」
ヴァルカンが何を言い出すのかと二人は身構える。
そして、告げられた意外な言葉に目を丸くする。
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