33話 能力
「そうだ、三人を助けるためにほとんどの神気を使って治療した過程で三人にはボクの能力の一部が宿っていると思うよ」
「能力?」
「そう。ボクたちの世界の神々は神気と呼ばれる能力を発動させるのに欠かせないエネルギーがあってそれがキミたち三人に宿ってボクよ能力の一部が使えるようになったんだよ」
「それはどういう能力ですか?」
ヴァルカンの言葉に周囲はざわつき、真っ先に反応した優理が全員を代表して早口に聞き返す。
正確に言えば、突然告げられた言葉の意味を理解したいと思っての行動だ。
「それはね………」
自信ありげにヴァルカンはすぐに答えず、沈黙が訪れる。
自分にどんな能力があるのか気になり、彼の言葉を聞き逃さないようにしようと集中する。
「………どした?」
時が止まったように固まったヴァルカンにクロトが投げやりに尋ねる。
「………ごめん。何の能力だったか忘れちゃった」
「「「―――は?」」」
ヴァルカンの発言に室内に短い沈黙が訪れ、彼の発言を理解できなかった者は皆、目を丸くし、口を開けている。
その光景は客観的に見れば全員が間抜けな表情をしているのだろう。それを認識できる人間が今この空間には誰一人いない。
「……今、何て言った?」
「いや~、治療する事で頭がいっぱいだったから三人に何の能力を与えたのか忘れちゃった」
再び尋ねたクロトにヴァルカンは子供のように後頭部を掻き、舌を出す。
笑って誤魔化しているが、笑い事で済まされないのは優理でも分かる。
「バカだろ、お前。相変わらず、技術関係の事以外はダメ神だな」
「珍しく同意見だ。こんなポンコツに従っている自分が情けない」
ヴァルカンの態度に苛立ちを隠そうともしないクロトとアレクが容赦なく毒を吐き続ける二人に優理たちは驚く。
ヴァルカンは二人を創った生みの親というのに二人から敬意というものを感じられない。
「到着早々、神気使い果たして眠って、他人にやった能力も忘れるとか、お前、ホントに神様?」
「むしろ、対策室の人間たちの方がずっと優秀だ。こんなヤツは神ではなく役立たずと呼ぶのが妥当だろうな」
「……う……」
下を向いたまま、肩を震わせるヴァルカン。温厚な彼でも二人の言葉に怒りを覚えたのだろう。
次の瞬間、ヴァルカンは両手で机を思いっきり叩く。
「うるさいな! あの時は三人を助ける事で頭がいっぱいだったんだからしょうがないだろう!?」
怒声と共にヴァルカンは顔を上げる。涙目になりながらクロト達を睨み付ける。
「だいたい、ボクはキミたちを創った親みたいなものなんだぞ。敬えよ! 崇めろよ!?」
「はぁ? 全然役に立ってないダメ神をどうやって敬えばいいわけ?」
「全くだ。ボクたちにそう思ってほしいのならそれ相応の働きをしてほしいものだな、役立たず」
ヴァルカンの訴えに二人は耳を貸す様子を微塵も見せない。
「ち、ちくしょうー! この世界の人にカリスマ溢れる神様って印象持ってほしかったのに、台無しだよ~」
心の折れたヴァルカンは机に顔を伏せ、泣き崩れる。
源田本人ならば、絶対に見られない光景だ。
(なんか神様っぽくないなぁ)
優理の想像した神は神秘的で誰からも崇められる存在だ。
けれど、目の前にいるヴァルカンはそんな雰囲気ではない。むしろ、クロト、アレク、ヴァルカンの三人の中では一番親しみやすく、人間らしいと思える。
「………ええっと、ヴァルカン。彼らから神気を取り除く方法はあるのですか?」
ヴァルカンの変わりように戸惑いながら岬が尋ねる。
「………ぐすっ、それは無理かな。一度取り込まれた神気はその人の中にずっと残っているよ」
顔を上げて答えるヴァルカン。まだ涙目ですぐに泣きだしそうな表情をしている。
「能力が宿っているって事は私たちもクロトたちみたいにキメラを倒す力があるんですか?」
頭の中に浮かんだ疑問を優理は口に出す。
その言葉に全員が目を丸くして優理を見る。
「いや、それはないと思う。能力って言っても技術に関する何かに特化しているって感じだよ」
「そう、ですか………」
「――お前、戦いたいの?」
ヴァルカンの言葉に肩を落とす優理をクロトが尋ねる。
「……それは……」
下を向き、思考を巡らせる。
キメラと戦う。キメラとの戦闘では逃げる事しかできなかった今まで一度も考えた事はない。
自分は何故、今の質問をしたのだろうか。戦うという事はキメラから逃げないという事だ。
今まで逃げるだけしかできなかった自分なのにどうして宿った能力をキメラとの戦いに使おうと無意識に思ったのか。
「………分からない」
真剣に考えたうえで、それ以外に言葉が浮かんでこない。実際、自分に戦う能力があったとしもキメラの前に立てば逃げ出すだろう。
だが、何かをしたいという気持ちもある。
矛盾している想いが優理の中で複雑に絡み合い、思考がまとまらない。
「――ふーん。まぁ、いいんじゃね」
クロトから返ってきた言葉はただそれだけ。責めたり、背中を押したりせずにただ受け止めるクロト。
彼の予想外の言葉に目を丸くする優理を置いてヴァルカンが口を開く。
「あー、話の途中で申し訳ないけど、少しだけ休ませてくれ。まだ、本調子じゃないから続きは別の機会でもいいかな?」
ヴァルカンの視線は石山に向けられている。
「分かりました。アレクからキメラとの戦闘時に彼らと連携を取るにはあなたの力が必要不可欠との事でしたので、ご協力いただきたいです」
ヴァルカンの申し出に途中から黙って話を聞いていた石山が顔色を変えずに答える。
「分かったよ」
「では、明日話の続きをまたしましょう」
「じゃあ、元の肉体の持ち主に意識を返すから、また会おう」
最初の時と変わらない柔らかな口調で告げたヴァルカンは机に伏せて眠りに付く。
「ったく、ややこしい事になってんな」
後頭部を乱暴に掻きながらクロトが呟く。
ヴァルカンが目覚めて優理たちにヴァルカンの能力を一部が宿っているというのを知る事ができた。それだけしか分からなかったと言った方が正しいのかもしれない。
「―――ああ、そうだ、クロト。キミは明日、メンテナンスするからそのつもりでいてね」
「うおっ!? 寝たんじゃなかったのかよ」
眠ったと思っていたヴァルカンが勢いよく顔を上げてクロトに言う。突然声を掛けられたクロトは珍しく肩を震わせて驚く。
「うん、正直寝付く寸前だったよ。さっきの戦闘でスラスターとかの調子が悪くなっているかもだから、絶対逃げるなよ」
「あー、はいはい。分かったからとっとと寝ろ。鬱陶しい」
「言ったからね。逃げたらキミが困っていても助けてやらないからね」
と、小者臭を漂わせる捨て台詞を吐いてヴァルカンは今度こそ眠りに付く。
「あ~、やっと静かになったな」
「いや、その原因はお前らの神様イジリだろ」
溜息を吐いて呟くアレクに直哉が指摘する。
「結構話が脱線していたけど、まとめるとヴァルカンは精神体であるために源田君の肉体に一体化して、小山さんたちを助ける時に自分の能力が彼女たちに宿ったという事か」
「そうだな。今後のキメラ襲撃の連携に関してはアイツが目覚めてからになる。問題は……」
そう言ってアレクは優理と直哉、源田を見る。
「この三人がどんな能力を宿しているのかだな」
今の話し合いで初めて聞かされた事実に誰もが驚いた。
「でも、ヴァルカンがどんな能力か分からないって言ってたけど、知る方法ってあるの?」
「悪いが、何とも言えない」
「そっか……」
静かに首を横に振るアレクに優理は肩を落とす。
「まぁ、アイツが目覚めたらそれについても調べてもらうとすしよう」
「ふむ、今日はこれで解散としよう。森崎君は少し聞きたい事があるから後で時間をくれ」
石山がそう切り出し、片付けを指示する。
「―――ハッ!? これはどういう状況だ!?」
ある程度片付けが終わった時に源田が顔を上げる。
意識を取り戻したと思ったら、会議が終わったこの状況に脳が理解できていないようだ。
「忙しい奴だな、お前」
呆れた表情をして直哉が呟く。




