32話 目覚めた技術の神
技術の神・ヴァルカン。源田の身体を借りた人物はそう名乗った。
突然の事だったが、対策室から出ていた森崎、岬は付き添っていた直哉や夏鈴と一緒に戻る。
クロトは優理経由でヴァルカンが目覚めた事を知り、アレクと共に対策室へと向かっている。
対策室に椅子と長机が用意され、ロの字に机を並べる。対策室にいる人間はそれぞれの椅子に座る。
石山、オペレーターの隊員、源田の身体を借りているヴァルカンは奥であるモニター側の椅子に、対面の 椅子には優理と直哉、夏鈴。右側の椅子に森崎と、岬。左側は空席でおそらくまだ到着していないクロトとアレクの席なのだろう。
「遅くなってしまいましたが、私は石山。キメラ対策室の司令を務めております」
「あ、ご丁寧にどうも。ボクの事は普通にヴァルカンと呼んでほしい」
簡単に挨拶をする石山にヴァルカンも頭を下げる。
「では、ヴァルカン。いきなりで失礼とは思いますが、何故、貴方は源田君の身体を?」
「それはボクがこの身体の持ち主と一体化したのは彼の傷を癒すためなんだ」
「傷――やはり、彼らの傷の治りが速いのは貴方の力が関係しているんですね」
石山が納得した様子で頷く。その隣でこの会話を記録している隊員がノートパソコンのキーボードを打ち込んでいく。
「そうだね。他の二人は神気で治せたんだけど、この人は傷が一番深くて、神気が枯渇しかけた事もあって一体化しないと助からなかったんだ」
「なるほど、神気というものはそういう事もできるのですね」
ヴァルカンの話に石山が感心した表情をするとヴァルカンは苦笑いをする。
「万能ではないよ。ボクにとって治療は専門外でね、治療で必要以上に神気を使ってしまって、この人と一体化するしか方法がなかったんだ」
「しかし、貴方のおかげで重傷だった彼らを救う事が出来たのは事実です。αたちが彼らを運んできた時、私も現場にいましたが、助かる見込みは薄かったです」
「えっ、そうだったんすか?」
直哉が目を丸くして聞き返す。ケガの度合いは詳しく聞かされていなかっただけに優理も石山の言葉に驚く。
「あなたは私たちの命の恩人って事なんですね」
「そんな大層な事はしてないよ」
笑ってはぐらかすヴァルカン。
(なんか神様っぽくないぁ)
アレクやクロトと違い、ヴァルカンは親しみやすいというのがこの短いやり取りで優理が抱いた印象だ。
源田が特殊な言動を取っている事もあり、余計に彼に対しての親しみが強くなっているのだろう。
「ところで、貴方の肉体は元の世界にあると伺ったのですが、何故精神体のみでこの世界に?」
「ああ、それはこの世界に来るための条件でね。この世界の神々にこちらには侵略の意志はないという証明みたいなものだよ」
「私たちの世界にも神様っているんですか?」
ヴァルカンの言葉に反応する優理。
神の存在は信じていないが、別の世界ではあるが目の前に神がいる。自分たちの世界の神はどんなものなのか興味はある。
「もちろんいるよ。この世界の神々はボクたちの世界よりも人間と大きく関わろうとしていないみたいだから、ボクが言えるのはここまでだけどね」
「そうなんですね」
宗教によっては信じる神はそれぞれのようだが、自分たちの世界にも神が実在しているのなら見てみたい気持ちもある。
「ヴァルカン。源田君は今どうしていますか?」
「ああ。彼なら精神的に弱っていたみたいだったから入れ替わりで眠っているよ」
ヴァルカンの言葉に思考を巡らせている岬。
「源田君は貴方と一体化している事に気付いていないと?」
「そうだね。ボクが彼と一体化する時は意識がなかったし、ボクもさっき目を覚ましたから気付いているとは思えないね」
ヴァルカンが苦笑する。
「まだ神気が回復しているわけじゃないからこの会談が終わったら、彼に身体を返して眠らせてもらうよ」
「分かりました」
岬が言い終わると同時に扉が開く。
部屋に入って来たのはアレクとクロトだ。
クロトの姿を見た瞬間、ヴァルカン以外の全員が息を呑む。
そんな周りをクロトは気付いているかどうか怪しいが、いつもより不機嫌な表情をしていて空いている席にすぐ座る。
「ようやく目覚めたのか」
いつもと違う雰囲気の源田を見てアレクが遅れてクロトの隣に座りながら独り言のように呟く。
「やぁ、待っていたよ。さて、全員が集まった事だし、本題に入ろう」
両手を軽く叩いてヴァルカンが言う。
「まず、ボクたちがこの世界に来た目的から話そうか」
「ああ、それならお前が寝ている間に説明している」
意気込んでいるヴァルカンの話の腰を折るアレク。
「あれ? そうだったの? じゃあ、エドナやキメラについて説明しよ――」
「それも済んでいる。お前が説明する事はボクが代わりにしている。お前がするべき説明はその三人が今どういう状態なのかだ」
目を丸くするヴァルカンに対して、アレクは冷たく言い放つ。
「つーか、この世界に来て数日経ってんだ。ある程度説明してるに決まってんだろ」
「うっ。た、確かに……」
不機嫌なクロトが追い打ちをかける。それにヴァルカンは顔が引きつる。
「それで、彼らを助ける時に神気を使い果たしたようだが、今後何か影響する事は?」
アレクの問いに優理はヴァルカンを見つめる。
未知のものが自分の中にある。その不安が解消されるのかもしれないと思うと自然と手に汗を握る。
直哉も自分と同じ事を考えているのか、真剣にヴァルカンを見ている。
「そうだね。治療は専門外で慣れてないのもあって、アレクとクロトが使う予備の神気も全部使っちゃったんだ」
「なるほど。それで、クロトの声が彼女に聞こえたのか」
ヴァルカンの説明に納得したアレクが優理とクロトを交互に見る。
「どういう事?」
自分の事にも拘わらず、全く話に追い付けていない優理は尋ねる。
「つまりキミに身体の中にある神気はクロトの動力に変換したボクの神気なんだよ」
「………えっと………もっと分かりやすく言うと?」
「例を挙げるとすれば……そうだな。二色のボールペンが分かりやすいだろうか」
ヴァルカンの説明でも理解できなかった優理にアレクが助け舟を出す。
「ボールペン本体をヴァルカンの神気と思ってくれ。青をクロト、赤がボクの動力の神気と置き換える」
「うん」
頷き、アレクの言葉にそのまま耳を傾ける。彼の言葉を一言一句聞き逃さないように。
「キミとクロトの神気が同じ青色だ。どのように使っても同じ色しか出ない。先の戦闘でキミの声がクロトだけにしか聞こえなかったのは同じ青色の神気を持っていたからなんだ」
「ああ。そういう事ね。ありがとう」
「本来ならそこのバカの役割だが、説明力不足で申し訳ない」
素直にアレクに礼を述べる。逆にアレクも頭を下げる。
「いや、ボクもこれからそれを説明しようとしてたんだよ?」
アレクの言葉にヴァルカンが反論するが、それをクロトが黙殺する。
「優理、お前いつから声が聞こえるようになったんだ?」
「ここに来てからだよ。最初は何を言っているのか分からなかったけど、最後のキメラに止めを刺そうとした時にはっきり聞こえるようになったよ」
「………つい最近か」
独り言を呟くクロトの目は今まで見た事のない冷めた目だ。
その目は誰かに向けるわけでもなく、クロトの机の上を見る。




