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03話  夜が明けて

 いつの間にか眠りに付いていた優理は不意に意識が覚醒した。ゆっくりと身体を起こしてみると身体中が痛い、それにまったく疲れが取れていない。


「やっぱり夢、じゃないんだ………」


 自分の部屋ではなく、体育館で寝ていたという事実から昨日の事が現実に起きているという事を再認識させた。


 深いため息を吐く。横を見てみると沙希と修二が静かに眠っていた。逆の方向を見てみると昨日、話し掛けてきた老人がいなかった。

 ステージの横に設置したある時計を見てみるとちょうど、六時を指していた。


 早すぎる時間に起きてしまった優理は二度寝する気分になれず、気持ちの整理を少しでもするために外に行く事にした。

 他の人間が目を覚まさないように静かに動く。足が思うように動かず、ゆっくりと身体を起こして、引きずるように体育館の入口へと向かった。


 外に出ると太陽が眩しく優理を照らす。太陽を直視する事ができず、顔の前に手を動かし影を作りながら空を見上げる。小さな雲がいくつか散らばっているだけでとても美しく青い空が広がっている。けれど、何か大切なものが抜け落ちているような悲しい空、そう思えた。


 茫然と空を見ていた優理の耳に複数の声が聞こえてきた。気になって声のする方へ歩き出す。心の隅で行かない方がいいと本能が自分を呼び止めているのを気付いていない振りをして足を動かす。


 声が聞こえた場所は体育館の裏側で数人の大人が集まっていた。昨夜、突然現れた棒の時と同じように大人たちは何かを囲んでいるようだった。人混みをかき分けて中心に近づく。


「――っ!?」


 思わず自分の口を抑える優理。横たわっていたのは、昨日優理に話しかけてきた老人だった。老人の首には太いロープ状のものが巻かれていて、顔色は生気を全く感じないほど青白かった。


「な、何が、あったん、ですか……?」

「この人が首を吊っているのを発見して――」


 自分が想像した通りの答えが返ってきたと脳が理解した瞬間、それ以降の言葉が全く頭に入ってこなかった。


(また誰かが死んだ……。何で? あの化け物はここにいないのに……)


 必死になってあの化け物から逃げて助かった命なのにどうして自分の手でその命を絶ってしまうのだろうか。家族がみんな死んだからと老人は言っていたが、その家族の分まで彼は生きなければならないのではないか。


「―、―い、――――しろ! 君、大丈夫か!?」


 気が付くと自分の身体が大きく揺れていた。優理を心配した男性が肩を大きく揺らしていたのだ。


「はい…大丈夫です……」


 本当は大丈夫ではないが、そう言わなければこの男性は安心しないだろう。

 視線を老人から逸らす。あの化け物は直接人を喰うだけでなく、それ以外にも人に不幸をもたらすと実感した。


 男数人が老人を運び出す。これ以上この場にいる事ができなくなった優理は静かに立ち去ろうとした時、小学生ぐらいの男の子が目の前に立っていた。


「――おじい、ちゃん? おじいちゃん!?」


 男の子は老人の下に駆け寄ると大声で泣き出した。優理を始め、その場にいた人間は何もできずに、男の子を見ていた。


 後ろには多くの人だかりができていた。騒ぎに気付いた人間が様子を見に来たのだろう。

 優理は泣きじゃくる男の子に近づき、膝を落として男の子の頭を撫でる。男の子は優理に抱き付き、そのまま泣き続ける。


 今になってあの老人に何か言葉をかけるべきだったと思った。もう少しだけ生きる希望を見出せる事ができれば、この二人は再会できたのではないだろうか。


 今更、彼にかける言葉を考えても彼はもう優理の声が永遠に届かないところへ逝ってしまったのだ。そんな後悔が胸の奥から溢れ出す。頬に冷たい滴が流れるのを肌で感じて、優理は自分が泣いている事に気が付いた。


「二人とも立てるかい?」


 落ち着いた声で優しげな顔をした警官が二人に手を差し伸べる。優理は頷きながら警官の手を掴む。男の子はまだ泣き止む様子がないので優理は男の子の手を引きながら警官に連れられてその場を後にした。


 騒ぎを聞きつけた人間が集まってきてその隙間をくぐりながら体育館の入り口まで戻ってきた。入口には沙希と修二がちょうど出てきたところだった。


「姉ちゃん、何かあったの?」

「ううん、何でもない。気にしなくて大丈夫だよ」


 近くで人が首を吊って死んでいたなんて二人に言えるわけがなかった。優理は二人を心配させないように無理して笑顔を作って答える。


「では、私はこれで」


 知り合いと合流できたと判断した警官は敬礼をしてまた人混みの中へと消えていった。


「優理、その子はどうしたの?」

「ああ、ちょっとね……。親とまだ会えていないみたいなの。見つかるまで一緒にいられないかなって」

「まぁ、そういう事なら私は別にいいけど、君、名前なんて言うの?」


 沙希が優しく男の子に尋ねる。


「………浩太(こうた)………」


 男の子は小さな声で答える。


「浩太君だね。私は沙希、こっちのお姉ちゃんは優理、お兄ちゃんは修二。よろしくね」


 浩太は黙って頷いた。

 昨夜、あの老人の話が本当なら、おそらくこの子の親はもうこの世にいない。しかし、その事をこの子に打ち明ける事はできなかった。


 祖父が死体を目の当たりにし、両親さえ死んでいる事実にこの子は耐えられないだろう。いつかは知る事になるだろうが、今は自分の胸の奥に秘めておこう。


 その時、空から無数の火の玉が降ってきた。あちこちから火の手が上がっている。空には黒い点のようなものが複数見え、その点が次第に大きくなっている事に気付いた。


 大きくなっているという事は地面に向かって落下しているという事、そして、落下するものは思い当たるのは一つしかない。


 いくつもの大きな揺れが地上を襲う。地上に落下してきたものはあの化け物ではなく、別の姿をした複数の化け物だった。化け物たちはあの化け物よりも一回り小さいがそれでも、五メートル程はある。その化け物たちは人間を見つけるとすぐに捕まえて喰い始める。


「逃げるよ!」


 その声をきっかけにその場にいた人間が逃げる判断をするのにはそう時間はかからなかった。優理は近くにいた浩太の手を掴み、校門へ向かう。


 修二も沙希を連れて校門へ向かうのを視界の端で確認した。警官が何か言っているようだが、それを聞いているほどの余裕はみんななかった。


 優理たちのいる場所は校門の近くで、混雑した状況の中移動するというわけではないのでその分、動きやすくなるだろう。


 校門を出るまでにどこへ逃げるか、そんな事を考えながら、校門の外に出る事に成功した。


 どう逃げるか模索するために周囲を見渡す。校門の外には大きく三つのルートがある。

 二体の三メートルほどの化け物が待ち構えている正面の道路。多くの人間が逃げている右の道路。右の道路ほど人は多くない左の道路。


「左に――」


 逃げるよ! そう叫ぼうとした瞬間に校門にもう一体の化け物が空から降ってきた。複数の蛇の頭を持つ化け物で複数の頭が近くにいた人を喰い始める。そのうちの一つの頭が優理を見る。


(ヤバい、狙われてる!)


 そう感じた優理は浩太の手を引き、走り出す。さっきまで重い足が勝手に自分の意思よりも早く動いている。すぐ後ろで何かを喰いちぎる耳障りな音と多くの悲鳴が耳に届いた。振り返る事もなく、優理はその場から離れる。

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