27話 神創人間VSキメラ
映っているモニターに黒い影が映る。
キメラかと思ったが、それは間違いだとすぐに分かった。
禍々しい目を持つ動物の姿をしたキメラだが、優理の目に映るそれは灰色の装甲で身を包んだ人型のロボットのような姿をしている。
人型ロボットは両手に持っている拳銃の銃口をキメラの群れに向ける。銃口から放たれるのは優理の思う一般的な弾丸ではなく、光の弾だ。
光の弾に当たったキメラの肉体は直撃した部分が爆発し、肉や骨などが辺りに飛び散る。倒れたキメラの目からは生気が抜け、絶命しているのが一目で分かる。
その光景を見た瞬間、優理は夏鈴の目を自分の手で慌てて覆う。
「わっ!?」
「ごめんね。夏鈴ちゃんにはちょっと見せられないから!」
突然起こった事に戸惑う夏鈴に反論する間を与えず、強めの口調で告げる。
キメラの死体は致命傷の部分の骨や内臓などがむき出しで、アスファルトは血で真っ赤に染まっている。
幼い夏鈴にその光景を見せられない。優理自身、今の光景を好き好んで見ようとは思わない。しかし、今がどういう状況なのかを知らなければならない。
優理は再びモニターを見るが、そこには人型ロボットの姿はない。映っているのは死体となったキメラだけだ。
「あれ? あのボロッとはどこに?」
目を離した一瞬の間に人型ロボットの姿を見失った。
他のモニターも探してみるが、どれにも人型ロボットの姿は映っていない。
「α、キメラの群れと再び交戦に入ります!」
耳に届いた男の声と同時にモニターが切り替わる。
切り替わったモニターに映るのは、先程の人型ロボットが五体のキメラに向かっていく映像だ。
キメラはそれぞれ牛、蛇、鳥、馬、猿の姿をしていて、どの個体も口が大きい。まるで、でかい獲物を喰うためだという事を強調しているかのようだ。
人型ロボットは両手に持っている拳銃の銃口をキメラに向け、光の弾を一発ずつ放つ。光の弾のうち一発はキメラたちの間をすり抜けて、一発は猿の腕に命中して、爆発が起きる。
どうやら一発はキメラたちの注意を逸らすための陽動のようだ。
その衝撃で猿の腕が吹き飛び、モニターは音声を拾っていないらしく、叫んでいる様子ではあるが、その声は優理たちの耳には届いていない。
残りの四体は仲間が傷付いているにも拘らず、気に掛ける事もなく、人型ロボットに向かっていく。
人型ロボットは右手に持っていた銃を足に収め、腰にある剣の柄のような物を取り出す。
どう見ても武器になりそうにないとものでどうやって戦うのかと思っていた。すると、柄の先から刃が伸びる。
人型ロボットはそのままキメラの群れに突っ込み、人型ロボットとキメラの群れはお互い正面から衝突する。
群れの先頭を走っていた牛の角と人型ロボットの剣がぶつかり、火花が散る。その隙に蛇が右から、鳥が左から人型ロボットの側面に回り込み、襲い掛かる。
人型ロボットは牛の顎を左膝で蹴り上げる。不意の一撃に牛はバランスを崩し、そのまま横に倒れる。
そうしている間に蛇が人型ロボットに噛み付こうとしている。
膝蹴りをした反動で人型ロボットの身体は蛇が襲い掛かろうとしている右側へと身体の向きを変えようとしている。
人型ロボットの向きが完全に蛇に向くよりも先に蛇が人型ロボットに噛み付くのが早い。しかし、牛の角と鍔迫り合いをしていた右手の剣は牛が倒れた事により、健在である。人型ロボットは蛇の方へ向くと同時に剣を振り下ろす。
振り下ろされた刃はその勢いによって蛇の首を斬り落とし、両断された頭部は人型ロボットの腹部にぶつかり、足元へと落ちる。
蛇の傷口から血が溢れ出し、人型ロボットの灰色の装甲がところどころキメラの血によって赤く染まる。
間髪入れず、蛇の反対側から鳥が近づいてきている。振り下ろした剣を構え直す暇も左手に持つ拳銃で撃ち落とすのも間に合わない。
人型ロボットは勢いよく上半身を左へ捻じる。そして、左手をその勢いに乗せて裏拳の要領で鳥に叩き込む。
突然の攻撃に鳥は避ける事もできず、数メートル後ろへ殴り飛ばされる。
一瞬の間に繰り広げられる戦闘でひとまず、人型ロボットが危機を脱したと優理は思った。一度に三体のキメラの攻撃を防ぐというのは戦う手段を持たない優理にはできない事だ。
直後、優理の認識はまだ甘いという事を思い知らされる。
鳥に対する人型ロボットの攻撃はこれでは終わらなかった。右手に持っていた剣を鳥に向かって投げる。
放たれた剣は真っ直ぐに鳥の胴体を貫き、近くの壁に突き刺さる。
貫かれた鳥は磔にされているのにもかかわらず、動こうとするが、途中で力尽きる。
人型ロボットは剣を投げ飛ばした勢いを止めずに、そのまま左へ半回転する。止まった人型ロボットの正面にいたのは先程の攻防の間に起き上がろうとしていた牛だった。
牛が完全に起き上がるよりも早く人型ロボットが左手に持っている拳銃を牛の額に押し付ける。そして、引き金を引いて至近距離で光の弾が牛の額に放たれる。
光の弾が撃たれた瞬間に牛の頭が爆発し、牛の周りは血や骨、肉塊が飛び散る。頭部を失った牛の胴体は再び倒れ、二、三回痙攣したかと思えば、もう動く気配がなくなった。
「おぇっ」
その光景を見て、直哉が真っ青な顔をして口元を押さえる。モニターから目を背け、その場にしゃがみ込む。
「大丈夫か?」
森崎が直哉に近づき、背中を摩る。
「………さすがにキツいっす」
直哉の声は二メートルほど離れている優理の耳に微かに届く弱い。
そこで初めて優理はモニターから別のものへと視線を変える事ができた。
優理も今の光景を目にした瞬間、身体の中の何かが逆流し、吐き気が喉まで込み上げてきた。
本当なら手を使いたいところだが、優理の両手は夏鈴の視界を遮るのにすでに使っている。口を固く閉じ、息の止めて込み上げてくる吐き気を無理矢理止める。
吐き気が収まったところで、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。そして、再び人型ロボットが映るモニターへと視線を戻す。
モニターには牛の死体の上に喉を深く抉られて息絶えている馬が倒れていた。
どこから現れたのかと一瞬思ったが、戦闘が始まる前に確認できたキメラの群れに馬もいた事を思い出す。
モニター越しで繰り広げられていた戦闘に見入っていて、群れの数と倒してされていくキメラの数を数え間違えたようだ。
キメラの血によって真っ赤に染まった人型ロボットは優理が戦闘から視線を外した間に持ち替えたのか左手には剣が握られていて、刃には真っ赤な血が先端から滴り落ち、既に赤く染まったアスファルトに新たな赤を追加する。
剣を上に構え、一気に振り下ろす。まだ、乾いていないキメラの血の滴がアスファルトに叩き付けられ、刃は元々の刃の色であろう白が僅かに現れる。
刃が柄に吸い込まれるように縮み、刃を全て柄へと戻ると柄を腰に収める。そして、鳥の死体へと足を運ぶ。人型ロボットは死体を貫いている剣を引き抜こうとするが、刃は深く壁に突き刺さっており、簡単には抜けなかった。
それならと人型ロボットは足で鳥を押さえ、もう一度刃を引き抜こうとする。刃はゆっくりと壁から、鳥の死体から引き抜かれる。人型ロボットは刃に付いている血を振り落とし、腰に収納する。
『――』
「え?」
不意に誰かの声が聞こえた気がした。しかも、その声は優理の耳ではなく、頭の中から聞こえてきたように感じた。
人型ロボットが足に力を入れ、背中のブースターが火を噴く。そして、身体が宙に浮き、どこかへ飛翔する。




