24話 見守る者 岬視点
岬と夏鈴は家のリビングで荷物を整えるために自室へと戻った優理を待つ。
エドナの襲撃から初めて家に帰ってきて、誰もいないというこの状況を不安にならないはずがない。
「お姉ちゃん、大丈夫かな?」
不意に夏鈴が自分に尋ねてくる。
リビングに入ってから十分ほど経っている。
「心配しなくても大丈夫だよ。持っていきたいものがいっぱいあるんじゃないかな?」
待っているのが退屈になり始めた夏鈴を頭を撫でながら言う。
荷物だけでなく、心の整理をする時間も必要だ。だから、彼女が出てくるまで岬は待つつもりでいる。
「夏鈴ちゃん、ちょっとテレビ見ながら優理お姉ちゃんを待っていよっか」
「うん!」
音のないこの空間で優理を待つ。自分一人ならば苦ではないが、夏鈴にとっては退屈極まりない時間だろう。
他人様の家の道具を使うのは気が引けるのだが、本人も使っていいと言っていたので、その厚意に甘えるとしよう。
テーブルの上に置いてあるリモコンを手に取り、電源ボタンを押す。
最初に映ったのは、キメラについての会見でちょうど総理大臣がコメントを言っているところだった。
「夏鈴ちゃん、今から適当にチャンネル変えるから面白そうなのがあったら言ってね」
幼い子供にニュースはつまらないだろうと思い、提案する。夏鈴は頷き、真っ直ぐ画面を見るのを確認すると、岬はゆっくりとチャンネルを変える。
昨夜と同じでどれもエドナやキメラについて取り扱っている番組が多い。
「どう? 見たいものあった?」
チャンネルを一巡して夏鈴に尋ねる。子供向きの番組はやっていないため、どれも興味ないと答えられるオチが見える。
「うーん、ロボット!」
「ロボット………あー、これかな?」
再びチャンネルを変えていく。それらしいタイトルが表示されているチャンネルに辿り着くと、リモコンを置く。
左上に表示されているのは『キメラを打ち倒す希望のロボット』という文字が視聴者にその存在に注目させるために大きく載っている。
画面中央に縦に線が引かれ、左右でそれぞれのロボットが映し出される。ロボットというより中世ヨーロッパの鎧に近い装甲に包まれた存在は背中にブラスターのようなものを装備している姿が印象的だ。
右側の画面に映るのは灰色で鋭利な装甲を持つロボットで、二丁の拳銃を手に持ち、腰には二本の剣の柄のような棒を携えている。
左の画面には藍色の装甲のロボットは逆にスマートなビジュアルでライフルを構えている映像が流れている。
灰色のロボットしか戦闘時の様子が放送されていないのは藍色のロボットの戦闘の映像が残っていないからだ。そのため、藍色のロボットは立ち姿のみテレビに映し出されている。
『この二体のロボットは先日、東京を襲ったエドナと呼ばれる蛇女の化け物をはじめとするキメラを討伐するために、別の世界からやって来た、救世主なのです!』
そんな言葉で二体のロボットの紹介をする。司会の他にも有名な芸能人や機械工学の教授なども出演しているようで、彼らについてのコメントしている。
『いや~、まったくですね。あのキメラは自衛隊の武器すら通じないという話ですし、彼らには頑張ってもらいたいです』
『しかし、どうやって動いているのか、一度彼らを詳しく調査してみたいです。どんな構造なのか、気になって仕方がありません!』
「救世主、か………」
出演者――世間からそう言われているあの二人がこれを知ったらどんな表情をするだろうか。
クロトは面白そうに笑うだろうし、アレクは興味ないと一蹴するだろう。その時の二人の様子を想像すると自然と笑みが零れる。
もっとも、二人の事を救世主だと思っている人たちが二人の普段の行動を見たら、どう思うのか。
アレクはともかく、クロトは会って二、三分で幻滅する人がほとんどではないか。
「かっこいいな~」
横から夏鈴の表情を伺うと、そこには画面に映るロボットの活躍に胸躍らせ、目を輝かせている。
「そういえば夏鈴ちゃんは彼に命を救ってもらってたんだよね」
自分を庇って息絶えた母親の傍でいつ救助が来るか分からず、一人で暗闇の中で待つ。それがどんなに辛く、苦しいものか想像できない。
そんな彼女を救った存在は間違いなく、まさしく救世主なのだろう。
夏鈴が口を開く前にテレビの音に紛れてドアの方から慌ただしい足音が聞こえる。
「遅くなって、すいません! 準備できました!」
岬と夏鈴がドアに目を向けるのと優理がドアを開けるのはほぼ同時だった。
背中に小さめのリュックを背負い、後ろにはキャリーバッグがある。
「あら、そんなに急がなくても良かったのに」
「待たせていると思うと早く支度しなきゃって急いじゃいました」
照れるように笑う優理だが、その表情はどこか作っている感じが隠せていない。それでも昨日よりはずっといい表情になっている。
「それじゃあ、ちょっと休んでから出発しよっか」
二人も頷き、立っていた優理は夏鈴の隣に座る。横に並ぶと姉妹のような二人を見て、岬は微笑む。
次は夏鈴の家に向かう、その事を遠回しに言う。夏鈴には自宅に一度帰る事は言っている。その時、夏鈴の表情が一瞬固まったように見えた。
夏鈴も明るく振舞っているが、時折寂しそうな表情を見せる事がある。まだ母親の死を受け入れられないからであろう。
母親の事を思い出させるのは極力控えるようにしているため、言葉一つ一つに気を配る。
「優理お姉ちゃんのバッグには何が入っているの?」
夏鈴が無邪気に尋ねる。
「あー、これ? そんなに入ってないよ。ちょうどいいバッグがなくてこれにまとめて入れたの」
二人の会話を聞きながら、優理の明るく振舞っている様子に安心する。
昨日の優理とクロトの会話は断片的ではあるが、岬の耳にも届いていた。顔色は悪く、自分の事をひたすら責め続けている彼女は正直見ていられなかった。
そんな彼女の事を励ましたのはクロトだった。
言い方は褒められたものではないが、あの時彼が発した言葉に嘘偽りはない。これといった根拠はないが、そう感じた。
普段の言動で印象が薄れてしまうが、クロトにも他人を気遣える事はできる。夏鈴を助けたり、優理を励ましたりしている様子からそう思った。
本人にとってそれはただの気まぐれで、相手の事を想っての行動ではないのかもしれない。
今、優理たちに必要なのは一緒にいる自分たちと信頼関係を築く事だ。今まで過ごしていた日常が壊され、一人でいる事はとても不安で恐ろしいはずだ。それを少しでも軽くするのが、自分の役割でもある。
「旅行とかよく行くの?」
なんとなく優理に尋ねる。特に深い意味はないが、こういう些細な会話でもお互いの事を知る重要な手段だ。
「家族旅行で年に一、二回ぐらいでそんなに行くわけじゃないですよ。岬さんはどうですか?」
優理が岬に聞き返す。自分から尋ねた事なので当然、同じ質問を返される流れは簡単に予想できていた。
「私は――」
返答しようとした岬の言葉はテレビから唐突に流れた音によって妨害される。
「え、何?」
三人はほぼ同時にテレビ画面へと目を向ける。画面の上に文字が表示されている。
文字には『キメラ出現、緊急避難命令発令』と表示されている。
その言葉の意味を理解した時には岬と優理はすぐに行動を開始する。
「すぐにここを出るよ!」
「はい!」
優理はバッグだけを持ち、岬は夏鈴の手を掴んで玄関へと走る。
扉を開けると外は喧騒に包まれて、遠くからは煙が上がっている。幸い、近くにキメラはいないようだ。
「こっち」
岬は先行して走り出す。ここに来る時に使った車は逃げる際、身動きが取れない可能性の方があるために自分たちの足で逃げなければならない。
岬は走りながら懐からスマホを取り出し、電話を掛ける。
『はい、森崎です』
電話を掛けた相手はすぐに出てくれた。いつも以上に真剣な声色に森崎もこの事態に気付いていると判断する。
「二人を連れて今から逃げる。直哉君は?」
無駄な会話を省き、用件だけ告げる。
『アレクに連れてきてもらっています。クロトはもう戦闘に入っています』
「了解、また生きて会おうね!」
「あ、あの。これからどうするんですか?」
岬と森崎の通話が終わるタイミングを見計らって優理が尋ねる。
「ごめんね。説明している時間がないけど、大丈夫だから」
それ以上の事は言わず足を動かす。耳を澄ませばキメラの鳴き声のようなものも聞こえる。
また理不尽に、残酷に、人の命を奪っていく化け物の食事の時間が始まる。力のない人々はただ化け物に喰われないように逃げ惑うしか生き残る術を持たない。
そんな状況の中、岬は自身の命だけでなく、二人の少女の命も護らなければならない。
「大丈夫、私が必ず護るからね」
込めた決意の言葉が無意識に口にしていたが、それは後ろを走っている二人の少女の耳には届かず、喧騒に紛れて霧散していく。
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