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22話  我が家へ

 朝が来て、太陽が明るく街を照らす。

 出歩く人々の表情は普段見かけるものよりも暗い。多くの人が短い期間に二度も死の恐怖を感じたのだ。普通でいられる方がどうかしている。

 それでも、動かなければならないのが大人という事なのだろうか。


 優理は車の助手席からそんな事を思う。運転は岬、後部座席には夏鈴が座っている。

 朝食の時、一度自宅へ帰って服などを持ってきた方がいいだろうという事になった。


「すいません。わざわざ、カバン取りに行ってもらって」


 優理が岬に礼を言う。彼女の手元にはエドナの襲撃の際に学校に置き去りにしたカバンが握られている。中には大した道具は入っていないが、家の鍵をカバンのポケットに入れていたので、自宅に帰る時にどうしても必要だったのだ。


「いいよ、いいよ、気にしなくて。私が取りに行ったわけじゃないし」


 岬が笑いながら言う。

 優理の学校はエドナの襲撃でボロボロになっており、関係者以外立ち入り禁止になっている。岬が出発する前に連絡を入れて優理のカバンを用意してもらったのだ。


「それにしても、カバンが戻ってくるとは思ってなかったです」

「最初に襲撃に遭った事もあって、誰も寄り付かなかったからね」


 財布などは抜き取られていると思って一応中身を確認すると、意外な事に財布の中はエドナの襲撃前とほとんど変わったところはなかった。


「まぁ、自分の持ち物が返ってきて良かったね」

「はい、そうですね」


 カバンの中は財布と鍵といった女子高生ならば誰でもカバンに入れているであろう物ばかりだ。それでも自分の持ち物が今手元にあるというだけでも心が少し軽くなる。

 だが、このカバンは始まりである。


 これから、誰もいないかもしれない自宅に戻る。キメラの襲撃から弟の修二と親友の沙希と離れ離れになり、その後の行方が分からなくなっている。

 両親は連絡が取れず、生きているかも今のところ不明だ。


 そんな中、自宅へと帰るのは現実を思い知らされるようで、気が進まない。

 けれど、家族が戻ってきている場合もある。再会しても、しばらく一緒にいられないという事を付き添いの関係者が説明するという話になった。


 優理と夏鈴には岬が、直哉にはアレクが、源田には森崎とクロトが付き添っている。

 女性陣は同じである岬がいいだろうという事で、スムーズに決まった。一方、男性陣の付き添いはなかなか決まらなかった。


 男性陣は森崎とアレクが付き添うという話になったのだ。一番問題になったのが、クロトを誰と組ませるか、という事だ。

 正直、クロトに説明役は出来ないというのが、クロト以外の全員の意見だ。

 そのため、森崎かアレクのどちらかと一緒に行動する事になった。


 いつキメラの襲撃があるか分からない状況でクロトとアレクが別々の方が動きやすいという事で、森崎とクロトになる。

 あとはくじ引きで直哉と源田の付き添いを決める事になり、その結果、アレクと直哉、森崎とクロト、源田という組み合わせになった。


「森崎君は大変だね~、クセの強い二人と一緒に行動するなんてね」

「そうですね」


 岬の言葉に優理も苦笑する。

 言動全てに問題ありのクロトと発する言葉の理解に苦労する源田の付き添い、聞くだけで疲れそうである。

 自分がその二人の付き添いなどをやれと言われれば絶対に拒否するだろう。


「やっぱり、森崎さんも普通の人間なんですね」

「どういう事?」


 優理の言葉の意味を理解しきれず、岬が尋ねる。


「あ、いや。森崎さんってなんだが、仕事に忠実って感じだったんで、昨日のくじ引きであんな表情もするんだなって思って」


 二人の付き添いに決まった瞬間、森崎は二人の気付かれないように溜息を吐いていた。彼のその姿は初めて見る疲れた表情であった。

 その言葉に納得したのか、そうだね、と返す。


「彼、お堅い性格しているからね。仕事の時はほとんど笑わないらしいよ」

「そうなんですか? あ、二つ先の信号を右にお願いします」

「はーい」


 岬との会話で自分たちの目的地への道を見失いそうになった。

 優理たちが最初に目指しているのは優理の自宅である。

 出発する前に夏鈴の住んでいる地域を確認すると距離的に近いという事から先に優理の自宅に向かう事になったのだ。


 車にはナビが付いていて、住所を入力するといくつかのルートを提示してくれるのだが、運悪くうまく機能しないため、優理が助手席で道案内する事になったのだ。


「やっぱり、怖い?」

「……はい。少しだけ」


 岬の問いに僅かな間が空き、優理が答える。

 襲撃の被害に遭った人でも自宅に戻っている人もいるらしく、優理の家族も誰かが帰ってきているという可能性もある。


 家族に会えるかもしれないという淡い期待も抱いている。しかし、誰も家にいない可能性もある。自宅に帰るという選択はその二つの感情が重なり、落ち着いていられない。


「でも、いつかは帰らなきゃいけないですし、大丈夫です」


 精一杯の笑顔で返す。

 言葉では強く言っているが、本心は不安でいっぱいである。表情がうまく作れず、引きつった顔になっているのかもしれない。

 それでも、心配を掛けまいと無理にでも笑ってみせる。


「そっか。でも、無理はしないでね」


 岬はそう言って、それ以上は何も言わなかった。

 この先は優理の道案内以外の誰も喋らず、車のエンジン音だけが、耳に届く。


 三人を乗せた車は大通りから離れ、細い道へと進む。

 自分の家が近づくにつれて動悸が早くなる。


「次の角を左に曲がって、二つ先の交差点のところに私の家があります」


 道案内する時の声が僅かに震える。いよいよ、自分の家に到着する。

 車は徐々にスピードを落とし、優理の指定した地点で停止する。


 最初に車から降りた優理は目の前の家を見る。間違いなく、自分の家だ。数日、我が家へ帰らなかっただけで懐かしく思う。

 家族旅行などで家を空ける事は何度かあった。家に帰ると旅の思い出にしばらくは浸り、友達にも土産や思い出話に花を咲かせる。


 けれど、今はこの家に自分を待ってくれている家族がいるか分からない。それを確認するために、足を進める。不安で心を埋め尽くされないように気をしっかりと持って。

 玄関の前まで進み、ドアノブを回し、捻る。ドアには鍵が掛かっていて、優理はカバンから鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。


 開錠して、再びドアノブを握る。ドアを開ける前に息を深く吸い、それを吐き出す。

 高鳴る鼓動を落ち着かせて、ドアを開ける。


「……ただいま」


 静かに、しかし、はっきりと家の中に通るように声に出す。帰ってきているかもしれない家族に届くように。


 だが、返事はない。

 エドナの襲撃が遭った日、部活の朝練で登校した修二の次に優理は家を出た。両親は共働きで、この日も自分たちの後に通勤しているはずだ。


 両親や弟がその日に履いている靴がなかった。

 それは誰もこの家に帰ってきていないという事を示している。


「お姉ちゃん?」


 優理の後ろで立っている夏鈴や岬が心配そうに彼女を見ている。


「――大丈夫、部屋から服を持ってくるから二人はリビングで待っててください。あ、ちょっと時間が掛かっちゃうかもしれないんで、テレビとか自由に使ってもいいですよ」


 そう言って、駆け足で自分の部屋へと戻る。

自分の部屋に入るとそのまま座り込む。人の温もりを忘れた床が冷たい。

 膝を抱えると、肩が震えだす。

 家に入る前に押し込めたはずの不安が一気に体中を駆け巡る。


(――怖い……)


 家に誰もいない事もあり得ると考えなかったわけではない。

 それでも、家族の誰かに会えるかもしれないという安易な希望を抱いてしまったのは、一人でいる事を恐れていたからだ。


 誰もいないと脳が判断した時、心が挫けそうになった。その事を岬たちに知られたくないと、慌てて一人になったのだ。


 岬にはバレているだろうが、自分よりも幼い夏鈴の前では気丈に振舞いたい。小学校に入っているかいないかの年齢でこんな状況に陥っているのだ。自分よりも不安で怖いはずだ。

 だから、今の自分の姿を彼女には見せられない。


 そのまま深く深呼吸する。

 落ち込むのは今だけ、二人の下に戻る時はちゃんと笑えるようにするために、この瞬間だけは弱くなろう。

 だが、そんな優理も知らない。岬が心配しているのは自分だけではないという事を。

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