表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/123

21話  溜め込んだ想い

 不意に横から夏鈴に突かれる。


「どうしたの、夏鈴ちゃん? あ、もしかして、お代わりほしいの?」


 優理がそう尋ねるが、夏鈴は頷く。


「お姉ちゃん、ご飯食べないの?」


 夏鈴の取り皿を取って、料理に手を伸ばした時、夏鈴が尋ねる。

 優理の皿にはほとんど料理が乗っていない。


「もしかしてお前、ダイエットとかしてんの? それ以上細くなったら骨と皮だけになっちまうぜ?」

「大きなお世話です」


 クロトのデリカシーのない言葉にムッとする。

 三人の座っている位置は長方形のテーブルの角の方に夏鈴が座っていて、その横にクロト、そして、クロトの正面に優理が座っている。


「もしかして、口に合わなかった?」

「あ、いえ。そんな事はないです。とてもおいしいです」


 三人の会話が耳に届いた岬が尋ねて、慌てて彼女の言葉を否定する。

 実際、岬の作った料理は本当にうまい。料理を口に入れる度に空腹がゆっくりと満たされ、他の料理を食べたいと本能で求めてしまう。


 それでも、食が進まないのは他の理由があるからだ。


「ただ、生きているんだなって思って……」

「は? 何言ってんの?」


 優理の言葉にクロトは目を丸くしている。今までの馬鹿にしたような口調ではなく、純粋に疑問に感じて聞き返している。


「だって、エドナやキメラに喰われた人ってたくさんいるでしょ?」

「ああ、正確な数は分かんねぇけど、百は軽く超えてるだろうな」


 それまで食べながら話を聞いていたクロトは手を止めて、話を聞く事に集中し始める。


「何が言いたいの?」


 クロトが尋ねる。不意に言葉に出たため、優理はその答えがすぐには見つからず、黙ってしまう。

 二人の間に僅かな沈黙が訪れる。そして、思考がまとまった優理が口を開く。


「あんな事があって、こうしておいしいご飯食べていると私は生きている、目の前でエドナやキメラに喰われている人たちを見捨てて生き残ってしまったんだなって」


 胸の内にしまっていた暗い感情を表に出す。


「その人たちの声が頭の中にずっと聞こえてくるの。助けてって、よくも見捨てたなって……」


 吐き出しても胸の苦しみが少しだけ軽くなるだけで完全に解放されるわけでもない。それでも、溜め込むよりは楽になる。


 今度はクロトが黙る。普段のクロトならば軽い調子で相槌を打つくらいの反応をすると思っていた。けれど、彼は初めて優理の話をまともに聞いていた。


「ごめん。ちょっと重い話だったね………さぁ、食べよ? 他の人たちが全部食べちゃう前に」


 話をしていくうちに空気が重くなるのを感じて、これ以上言葉にするのはやめて、場を明るくしようと話題を考える。


「お前、そんな事で落ち込んでたのかよ」


 溜息を吐きながら発せられたクロトの言葉に優理は怒りを覚える。


「そんな事って、目の前で友達が喰われそうになっても助けずに逃げるしか出来なかった人の気持ちが分かるの!?」


 胸の奥で抱え込んでいたものを軽んじられて、感情が爆発する。

 エドナが現れて、友達の真奈美を見捨てた事を優理は今でも後悔している。


「いや、分かるわけねぇだろ。オレはお前じゃないんだから」


 面倒くさいという表情を隠す気もないクロトはあっさりと切り捨てる。

 人を気遣う事をしないクロトに話した自分が馬鹿だった。溜め込み過ぎて判断力が鈍ってしまったようだ。


「まぁ、仕方なかったんじゃね? お前はエドナと戦う力も、お友達を救う力も無かった」

「あんた……」


 紡がれていくクロトの言葉が胸に突き刺さる。

 彼の言っている事はその瞬間、優理が考えていた事でもある。


「そりゃ、エドナを殺す力や他の人間を護る力があるのに見捨てちまったら非難は浴びるだろうな。お前はそんな力は持ってねぇから、そんな気にする事なくね?」

「そう、なんだろうけど……」


 クロトの言っている事に間違いはない。優理には何の力もない、だからエドナやキメラに襲われた時も逃げるだけしかできなかった。

 自分の無力さを痛感したからこそ、今自分が生きているという事に罪悪感に圧し潰されそうになる。


 煮え切らない優理の表情にクロトはさっきよりも深い溜息を吐く。

 その中にクロトの苛立ちや呆れが混じっているのを感じた。


「メンドくせぇな、お前。いちいち難しい事考えないで自分のやりたい事やりゃいいだろ、それが生きてるヤツの特権ってモンだ」

「自分がやりたい事……」


 クロトの言葉をそのまま小さな声で繰り返す。


「死んだヤツらにどう思われていようが、知ったこっちゃない。生きてんなら自分のやりたい事をやりゃいいだろ」


 そう言って再び自分の皿に乗っている料理を口に運ぶクロト。

 彼の言葉を受けて優理は考える。

 エドナやキメラの襲撃で生き残った自分がやりたい事とは何だろうか。


 無意識に横に座っている夏鈴を見る。彼女を見ると護ろうとして護れなかった浩太(こうた)という少年を思い出す。

 キメラの襲撃の時に浩太の手を握って逃げていた。だが、浩太は優理の気付かぬ内にキメラに喰われてしまっていた。


 あの時味わった想いを二度としないように今この状況で自分に何ができるのか、探してみよう。

 すぐに答えが見つかるとは思ってはいない。それでも、振り返らないように、立ち止まらないように、歩き出そう。


「ありがとう、クロト。少しだけ、前に進める気がするよ」


 素直に目の前にいるクロトに礼を言う。

 まさかクロトに励まされるとは思いもしなかった。


(こいつにもちょっとはいいところもあるんだね)


 言動だけでその人物の性格を決めつけるのは良くない。

 夏鈴を助けた事も踏まえて、彼はお人好しなのだろう。クロトに対する印象を改める必要があるかもしれない。


「ハァ? オレがそんな事するわけないだろ」


 クロトの心のない発言に優理は固まる。


「目の前でそんな顔されたらこっちのメシがマズくなるし、テキトーな事言って部屋戻そうと思ったけど、あ~あ、期待が外れちまったな」


 途中から独り言のように呟くクロト。そして、優理の皿を勝手に奪うと料理を勝手に取って優理の下へ返す。


「居座るんなら、食いな。これ以上辛気臭い顔してこっちのメシをマズくしたら今度こそ撃つぜ?」


 挑発的な態度で堂々と暴力実行予告をするクロト。目や声色が嘘ではないという事を示している。

 慌てて、取り皿の料理を口に運ぶ。


(前言撤回。やっぱり、こいつ最低だ!)


 さっきクロトの事を見直そうと思った矢先のこの発言である。裏切られたような感じになり、彼の事を勘違いしていた自分が腹立たしくなる。

 込み上げてくる怒りを紛らわすように次々と料理を胃の中へと運ぶ。


 自然と生き残ってしまったことへの罪悪感がクロトの発言への怒りへと変わり、進まなかった食欲も嘘のようだ。

 そして、三日間も眠っていた身体は突然胃の中に大量の食糧を送られてきた事に対応しきれず、優理は胃もたれを起こしたのは言うまでもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ