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02話  生き延びて

 空を見上げると日が沈み、空が一面紅に染まっていた。

 優理と沙希は警察の誘導に従って緊急避難所となった別の高校の体育館に向かう途中だった。


 高校を出てから優理たちはどうやってここまで来たのかよく覚えていない。

 長時間走り続けた優理たちは心身とも疲れ切っていて、どこでもいいから休める場所が欲しかった。


 入口のテントで毛布を借りて体育館の中に入る。中には先に避難してきた大勢の人があちこちで座り込んでいた。二人は体育館の壁の方に場所を取り、座り込んだ。


 しばらく時間が経ってから優理はポケットの中に入っていたスマホを取り出し、家族に電話を掛ける。呼び出し音が鳴り続けるが誰一人出る気配がない。


「優理、家族と連絡取れた?」


 隣にいる沙希が尋ねるが、優理は首を横に振る。

 いくら掛けても誰も出ないと思い、スマホをポケットの中に戻した。この状況で連絡が取れないのは不安で仕方がない。


「お父さん、お母さん、修二……」


 無意識に言葉が優理の口から小さく零れた。

 どうか、無事でいて欲しい。今の彼女が家族にできる事は無事を祈る事しかなかった。


「沙希、大丈夫?」

「なんとか、ね……」


 優理の問いに沙希は弱い声で答える。

 大勢の人間が化け物に喰われる光景を見て、平気でいられるわけがない。それでも、心の平静を保とうと誰かと会話をしなければ、完全に心が壊れそうになる。


「これから、どうなっちゃうんだろう?」


 沙希の問いに、優理は答える事ができなかった。

 今起きている出来事が今でも信じられない。本当は悪い夢を見ているではないかと、思いたかった。


 そんな小さな可能性を確認するために優理は自分の腕をつねる。しかし、つねった時に生じた痛み以外に何も変化しなかった。ただ現実に起きている事なのだと再認識させる事となった。


「もう、やだよ……」


 膝を抱えて、膝と体の隙間に顔を埋めて、彼女の目から一筋の滴が零れる。

 退屈だと思っていた日常がこんなにも平和で大切なものだと彼女は気付かなかった。


 優理の目から零れた涙は恐怖と悲しみ以外にも込められた想いがあった。これまで彼女は化け物から逃れるために助けを求めて伸ばした手を気付かない振りをして、何人も見捨ててしまった。


 自分に勇気があれば助けられた人もいたのではないか、冷静な判断ができていれば犠牲者を減らせる事ができたのではないか。


「みんなあいつに喰われて――」

「言わないで!」


 その声は体育館中に響き、中にいた全員がこちらに視線を向ける。その視線から優理は我に返り、軽く頭を下げる。

 沙希の言いたい事は分かる。化け物に喰われた人の中に自分の家族が含まれているかもしれないという事を認めたくなかった。


「優理、その…ごめん……」

「いいよ、私も怒鳴ってごめん」


 それから喋る事なく、重い沈黙が体育館の中に訪れる。優理たちだけでなく、他の人間も喋ろうとする者はいなかった。


 そんな中、一つの足音が優理の耳に届く。周囲が無音だったためその足音だけしか聞こえない。足音は次第に近づいてくる。


「……姉ちゃん?」


 耳に届いた言葉に反応して優理は顔を上げる。そこには弟の修二が立っていた。


「……修二、なの……?」


 暗い表情をしていた修二だが、自分の姉だという事を認識してから少し明るくなった。


「やっぱり、あの声は姉ちゃんだったんだ……」


 そう言って修二は涙を浮かべて優理に抱き付く。


「あんたも生きていて良かった」


 優理も包み込むように弟を抱き返す。自分より少し大きい修二だが、この時は自分の方が大きいのではないかと思った。

 修二との再会でさっきまでの不安が少しだけ和らぐ。状況が良くなったわけではないが、大切な家族の再会を喜ばずにはいられない。


 その喜びを壊すように突然窓が光った。優理たちは絶句する。


「私、見てくる!」


 そう言って優理は疲労が溜まっている身体に力を入れて立ち上がり、入口の方へ走る。


 様子を見る振りをしてここから離れた方がいいのではないか。疲れ果てている親友や弟を見捨てて逃げればいいのではないか、そんな思考が優理を襲う。


 外に出てみると校門に人が集まっていた。その中心には二メートルほどの長さで箒と同じような太さの棒状のものが地面に突き刺さっていた。


「あの、これ何ですか?」


 優理は近くにいた男性に尋ねる。


「ああ、さっきいきなり空が光ったと思ったらそいつが降ってきたんだよ」

「空から……」


 あの化け物と同じような現れ方だ。

 見るからに怪しい棒を触れようとする者はいなかった。得体の知れないものだが、そのまま放置するのも落ち着かない状況だ。

 このままこの棒を見張るほどの体力は残っていない優理は他の人間にこの場を任せて体育館に戻ろうと棒に背を向ける。


 その時、棒が発光し、そのまま空へ昇り、消えていった。

 ただそれだけで他には何も変化はしなかった。


「何なんだよ、脅かしやがって!」


 と、金髪の柄の悪い青年が棒を蹴る。棒は簡単に折れてしまい、折れた部分から小さな火花が散り、それを見た一人の男が地面に落ちた棒を拾い、注意深く観察する。


「これ、よく見たら機械だよ。しかも、見た事のない技術で作られている。でも、これじゃあ、修復は難しいかもしれない」


 その一言に周囲の視線が青年に集まる。


「な、何だよ。俺が悪いってのかよ!」


 青年は震えた声で叫ぶ。誰も何も答えようとはしない。青年は居辛くなり、その場から立ち去って行った。

 優理もここにいてもどうしようもないので今度こそ体育館の中に戻る。


「優理、さっきの光何だったの?」

「ああ、私にもよく分からなかった」


 むやみに不安にさせるわけにもいかず、沙希が質問に自分が見てきたものの大半を省略して伝えた。そして、沙希の横に座り、毛布を被る。修二はもう横になって眠っていた。


「さすがに今日は疲れたからね。もう休もう」

「そうだね。お休み、優理」


 沙希はそう言って横になり、静かに眠りに付いた。


「あんた達は幸運だね……。生きている家族がいるから」


 優理も沙希に続いて横になろうとした時、隣にいた老人が呟く。


「………そんな事、ないです。あなたの家族もきっとどこかで生きていますよ」


 優理の励ましと憐みが混ざり合って口にしてしまった言葉に老人は笑う。


「息子夫婦もあの化け物に喰われるのをこの目で見て、孫がいた小学校の児童もほとんど喰われたと聞いた。……どうして、こんな老いぼれが生きているんだろうね………」


 彼の言葉に優理はどう声を掛けていいのか分からなかった。


 老人はそのまま横になった。優理も毛布を被り、目を瞑る。けれど、沙希たちのようにすぐ眠りに付く事ができなかった。無理に眠ろうとしたら、肩が震え出す。

 この震えが寒いからではないというのは分かっている。次は自分が喰われるのではないかという恐怖と、不安が混ざり合って押し潰されそうになる。


「誰か……助けてよ………」


 小さく零れた優理の願いは誰かの耳に届く事なく、暗くなった体育館の中に消えていった。

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