19話 少女
優理の提案でクロトと少女は家に上がる。
リビングに入ると皆驚きの表情で三人を迎えた。長方形のテーブルには大量の餃子と卵焼き、サラダが置かれている。
本来なら椅子に座り、食事を開始するところだが、クロトが連れてきた少女の存在がそれを先延ばしにさせた。
用意された料理は一度、キッチンへ戻され、全員が椅子に座る。
クロトが言うには、瓦礫の撤去作業を終え、戻ろうとした時に偶然発見し、誰かに預けようとしても少女が離れず、仕方なく連れ帰ったという経緯らしい。
「――で、どうすればいいと思う?」
先程優理にも聞いた問い掛けを全員にする。正確に言えば、森崎、岬、アレクに対してだ。
「どうするって言っても連れてきたんじゃ、明日親御さんを捜すしかないでしょ」
最初に答えたのは岬だった。しょうがないと溜息交じりで言う。
「まぁ、あなたがその子可愛さで攫ってきたんじゃないのが分かって安心したよ」
「アンタ、オレを何だと思ってんすか」
岬の言葉にクロトは不満の表情を隠さずに文句を言う。
優理もクロトが少女を攫ってきたのではないのかと最初は思ってしまった。一向にクロトの腕を離そうとしない少女の様子を見ればその考えは違うだろう。
「ねぇ、お名前聞いてもいい?」
岬が少女に尋ねる。
「…………一村夏鈴」
質問から少し間が空いて少女が答える。
「夏鈴ちゃんか、いい名前だね。私は岬、よろしくね」
優理たちにした自己紹介よりも優しく、気を遣って岬は自分の名前を少女――夏鈴に伝える。
「ほら、みんなも夏鈴ちゃんに自己紹介しよっか。まず優理ちゃんから」
岬が夏鈴の隣の席に座っている優理に言う。
「えっと、私は小山優理です。よろしくね、夏鈴ちゃん」
突然振られて全員が自分に注目する事に少し戸惑うが、すぐに簡単に自己紹介をする。
よく考えれば、森崎と岬以外まとも自己紹介をしていなかった事を思い出す。
クロト、アレク、源田は他の人間が名前を呼んでいたから名前を知る事できだが、もう一人の少年の名前を優理は知らないままだった。
「俺は日高直哉。よろしく」
「ボクはアレク・マーストニーだ」
次に少年とアレクが優理よりも短く自己紹介をする。
「森崎慎吾だ。夏鈴ちゃん、よろしく」
「オレはクロト・レイル。てか、いい加減手ぇ離してくんない?」
森崎とクロトが次に自己紹介をする。森崎は夏鈴が怯えないように岬と同様に優しい口調だが、クロトの方は夏鈴に腕を掴まれている事が鬱陶しいという態度を隠さずに不機嫌そうに名前を言う。
それでも、離す気配がないため、それ以上の事は何も言わず、クロトは黙る。
最後に残った源田を全員が見る。それを待っていたと言わんばかりに源田は突然立ち上がる。
「クク、世界に疎まれ、封印されし我が名を知りたいか? だが、その名を知る資格を汝はまだ備わっていない。その資格を得るまでは我が現世の人間としての名である源田和弘と呼ぶがいい!」
(ああ、やっぱりか)
優理の予想通り源田は訳の分からない事を言いながら無駄に長い自己紹介をした。当然、幼い夏鈴は源田の言葉を理解できておらず、目を丸くしている。
「心配する事はない。今はまだ備わっていないだけで、汝には凡人では気付けぬ無限の秘められた可能性が覚醒するだろう。その時こそが、我が真の名を汝に告げる時だ」
周囲がドン引きしている事を気にもしないで、源田は言葉を繋ぐ。
夏鈴は突然の源田の奇行に戸惑い、恐怖を感じ始めたのか肩が震えている。
「夏鈴ちゃん。とりあえず、あの変な事言ってるデブに近づいちゃダメだよ。話も聞かなくていいからね」
怯えている夏鈴に優理は耳打ちをする。その行動が源田の目に入り、彼の視線は優理に向けられる。
「フン、幼子にまでその毒牙を向けるとはな。そうやって他人に付け込んで己が欲望を満たすか。浅ましいではないか、このヴィッチ!」
「誰がビッチよ!?」
突然浴びせられた罵倒に優理は怒りをむき出しにして反論する。
「貴様のような精神がまだ未成熟でありながら興味本位で肉体の一部である髪を改造し、何人もの男を誑かすための姿をした女狐をヴィッチと呼ばず、何と呼ぶ!」
「はぁ!? うちの学校じゃ、髪染めんの校則違反になんないし、男とっかえひっかえする性格でもないんですけど!」
優理も源田も次第に感情的になり、声が大きくなっていた。
「ハッ、言葉で偽りを生み出すのもヴィッチの特性の一つだ。それとどう違うと証明する!」
「何であんたに証明しなきゃなんないのよ。あんたこそ、その喋り方イライラするから止めてくんない、この痛々しい厨二デブ!」
二人の口論はパン、と部屋中に響く高い音で一時中断される。
音の発生した方向を見ると岬が両手を合わせている。どうやら、音の正体は彼女が両手を強く叩いた事によって生じた音のようだ。
「さて、その子の事も全員自己紹介も済んだ事だし、ご飯にしますか」
そう言ってキッチンに戻り、一度下げた料理を持ってくる。特に指図されたわけではないが、アレクもキッチンに向かい、岬と一緒に料理を出す。
「チッ、撃ちそびれた……」
不意にクロトの物騒な独り言が耳に届く。クロトをこっそり見てみると夏鈴に掴まれていない腕には銃が握られていた。
(もしかしなくても撃つ気満々だった?)
一瞬で背筋が凍る。いくら気が短くても自分と関係ない口論を止めるために武器を使うとは考えたくはない。だが、クロトの今までの行動からして自分にとって不快な行動ならば強制的に止める事もあり得る。
(ホントどうなったらこんな性格になるんだろ)
口に出して言えない事を喉のところまで出かかったが、言葉にするのを止める事が出来た。




