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17話  不安

 勝負の結果、負けたクロトが別行動する事になった。渋々といった態度ではあったが、負けた事を素直に認めて、森崎から場所を記したメモを受け取るとすぐに部屋から出た。


 残った五人は森崎が手配した車でこれから自分たちが住む施設へと向かっている。施設とは言っても森崎が言うには多少大きな家らしい。

 優理、源田、少年の三人は患者服のままという訳にもいかず、森崎が用意した服に着替えている。といっても三人のサイズに合わせた白のシャツとジーンズだけで三人とも同じ格好をしている。


「これから私たちは何をしたらいいんですか?」


 車の運転をしている森崎に後部座席から優理が尋ねる。

 助手席には源田が座り、運転席の後ろにはアレク、中央に少年、助手席の後ろが優理という配置だ。


 本来ならアレクが助手席に座るはずだったが、源田が後部座席に座ると幅を大きく取ってしまい、残り二人が窮屈になってしまうという理由でアレクが後部座席に座る事になった。


「何か特別なことをしてほしい事は今のところないかな。体調とか気分が悪くなったらその都度報告してもらえば助かる」

「それだけでいいんすか?」


 森崎の返答に少年が聞き返す。


「ボクたちも今できる事は何もない。神が目覚めるまで待機といったところだからな」

「あと、アレク達は世間には存在は知られているけど、今の姿で生活しているという事は極秘にしてほしい」


 アレクが答えて、そのついでに森崎から頼まれる。


「エドナやキメラ、神創人間については世界に群がる大衆はどれほど認知しているのだ?」


 源田が尋ねる。これほど重要な事をメディアが放っておくとは思えない。少なくとも存在についておそらく世間は知っているのではないだろうか。エドナとキメラの襲撃でかなりの犠牲者が出て、アレク達はそのエドナ達を倒す存在となると注目の的になる。


「政府の方で今日説明した事のほとんどは公表しているよ。ただ、異世界から来たって事を信じてくれているか分からないけどね」


 森崎が苦笑する。

 確かにいくら未知の存在が出現したとはいえ、いきなり異世界から来たと言われても簡単に信じる事は難しいだろう。


「ボクとクロトが普段この姿でいる事を極秘にしているのは戦闘以外では普通の人間として過ごせと神の命令があるからだ」

「それ何の意味があんの?」


 隣で少年が尋ねる。

 クロトと別れてから少年はよく喋るようになった。アレクや森崎に対してもフランクな態度で接しており、最初は二人に怒られるのではないかと内心思ったが、特に注意する事はなかったので、気にしない事にする。


「さあ? その理由を教えてはくれなかったが、アイツの事だし、大した意味はないだろ」


 バッサリと疑問を切り捨てるアレク。彼らの言う神というのはアレクとクロトを創った生みの親のはずなのだが、二人からその神に対しての敬意を感じられない。


「まあ、監視する身としては戦闘以外でも注目を浴びていたらこっちの身が持たないだろうから派手な行動は慎んでほしいな」

「それはクロトに対してだけという解釈で間違ってないな?」

「残念だけどアレクも対象だぞ」


 森崎の呟きにアレクが圧力をかけた質問をする。森崎は屈する事なくアレクが言わせようとした逆の言葉をアレクに返す。


 心外だと言わんばかりの表情でルームミラー越しに森崎を睨む。運転中の森崎にその表情を確認する事はルームミラー越しでなければ出来ないからだ。

 しかし、森崎はルームミラーを見る気配がないので、諦めて窓の風景を見る。夕日がアレクの方に傾いているため光が窓越しにアレクを照らす。


「ククク、神創人間も戦闘以外ではただの人となるか」


 その様子が面白かったのか源田が大きな独り言を零す。


「さっきから気になっているんだが、その神創人間とはなんだ?」


 表情も声色にも現在進行形で不機嫌であると主張しているアレクが源田に尋ねる。助手席に座っている源田はアレクの表情は見えなくても声でアレクの様子は分かるはずだが、変わらず、言葉を紡ぐ。


「フン、簡単な事だ。神が創りし人間、故に神創人間と呼ぶのが相応しかろう?」


 得意げに語る源田の後姿は何故か鬱陶しく思う。


「そのままだな」


 と短く感想を述べるアレク。そこまで興味はなかったらしく、二人の会話はそこで終わり、車内は沈黙が訪れる。


「そろそろ、目的地に着くよ」


 それほど大きくないが森崎の声ではあったが、車の静かなエンジン音のみが聞こえる車内では聞き取るには十分だ。

 二、三分後、一行を乗せた車は大きな家の前で止まる。


「森崎さんが多少って言ってたけど、思ってたよりも大きいのね」


 車から降りてもう一度家を見渡し、優理は呟く。一般の家よりも大きく、見ただけで自分たちが住むには縁がないであろうというのは見ただけで感じる。


「中もある程度の家具などは揃っているし、キミたちが使う部屋は必要最低限の物しか用意していないから必要なら明日にでも買い足すといい。ボクたちはここをホームと呼んでいる」


 アレクが横から付け加え、そのまま玄関へと向かう。遅れて優理たちがその後に続く。森崎は車を駐車場に止めるために車を動かす。

 今日からしばらくこのホームを使えると言われても実感がない。これが旅行などであれば大はしゃぎなのだろうが今はそんな気分になれない。


 優理の不安は自分の身体の状態だけではない。技術の神が眠っている棺が落下した衝撃で唯一持っていたスマホは破損してしまい、離れ離れになった親友の沙希(さき)と弟の修二(しゅうじ)や両親も連絡が取れなくなってしまった。


 電話帳に登録した電話番号を暗記しているはずもなく、他人の携帯から電話を掛ける事すらできない。そのため、自分の知り合いが今生き延びているのかが分からない。


 そんな事を考えていくうちに顔が下を向く。優理の思考は耳の届いた高いチャイムによって遮られる。

 音の正体を確かめるために顔を上げるとアレクがインターホンを押し、玄関の前で待っていた。すると、扉が開き、一人の女性が出てきた。


「はーい。あ、アレク、お帰り」

「ただいま戻りました」


 女性に対して丁寧に頭を下げるアレク。細身でいかにも大人の女性、それが彼女の第一印象だ。

 女性はアレクの後ろにいる優理たちの存在に気付く。


「この子たちが例の?」

「はい、技術の神が憑依している可能性がある三人です。今日からここで生活してもらう事になっています」

「了解。森崎君からも連絡来てたね」


 女性は笑いながら優理たちの顔をしっかりと見る。


「初めまして、私は桐島岬(きりしまみさき)です。玄関で立ち話もなんだし、中に入ってって」


 桐島岬、そう名乗った女性はそのままホームの中に入っていき、アレクもその後に続く。


「どうした? そこに立っていても何も起こらないぞ」


 後ろを向いた時、優理たちは動く気配がなかったのでアレクが声をかける。


「あ、うん。今行く」


 声をかけられ、優理たちもホームの中に入る。車を止めに行った森崎が最後にドアを閉める。

 家の中は白をベースに雰囲気は明るい。置かれている家具は新品で引っ越しを終えたばかりといった感じだ。


「二階に三人の部屋があるから、今のうちに確認しといてね~。私はその間、夕飯の準備をしておくから」


 玄関に入ってすぐに階段がある。岬とアレクは奥の扉のある部屋へ入っていく。


「まあ、今やる事は特にないし、確認してきていいよ。食事の準備が出来たら呼びに行くからそれまで休んでて」


 森崎に言われて三人は階段へと足を運ぶ。階段を上り切ると複数の部屋があって、扉の前に名札があった。

 優理たちはそれぞれ自分の名札がある扉に立ち部屋の中へと入る。部屋の中はベッドと机が置いてあるだけでそれ以外は何もなく、寝るためだけの部屋という感じだった。


「ほんとに何にもないね」


 部屋には優理一人、無意識に呟いた言葉を拾ってくれる人間は誰もおらず、耳に届くだけだった。

 なんとなくベッドへと赴き、倒れるように身体を預ける。顔から突っ込んだため視界がすぐに黒くなる。ベッドに顔が埋もれ、反射で目を閉じていたからだ。

 この状態では呼吸がしにくいので、寝返りをうつ要領で体勢を仰向きに変える。


 目の前にあるのは当然ではあるが、見慣れない天井だ。もうこれが自分の日常になってくるのだろう。

 不意に溜息が零れる。

 キメラから逃げてきたわけではないのに、やけに体が重い。

 エドナやキメラを倒せる存在が味方にいる、それだけでも状況は良くなってきているはずだ。


 それでも胸に突き刺さるしこりは消えてくれない。

 一度生きる事を諦め、死を選んでしまった影響なのだろうか。明日からどう生きていけばいいのか分からない。


「あのおじいさんもこんな気持ちだったのかな?」


 沙希と修二と最後に過ごした体育館の外で首を吊って死を選んだ老人の事を思い出す。表情は笑っていてもそこに生気を感じられなかったあの表情を。

 自分以外の家族や友達が生きているか分からない状況、生き残ったとしてもその先に何を見出せばいいのだろうか。


 一人では答えの出ない問いかけに思考を働かせる事に疲れた優理は重くなる瞼の力に逆らわず、目をゆっくりと閉じて光が閉ざされた暗闇に意識を投げ出す。

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