16話 検査が終わり
森崎のスマホを取り出し、一度部屋から出る。
「今車を手配してるっぽいし、まだ時間かかるな」
「車って、私たちは病室に戻らなくていいの?」
クロトの呟きに無意識に尋ねる。
「キミたち自身何か異常があるのならそれでも構わない。医師の話だとケガはあと一晩経てば完治するようだ」
「それは我らの内に宿る神気とやらの影響か?」
「ご名答。アンタらが目覚めるまでこの世界の医療関係者に預けて様子見ってのが今の状況だったんだ」
「なるほど、我らの様子から癒しの床はもう不要と判断したという事か」
アレクとクロトの説明に源田も納得したという表情をする。
優理はアレク達が言っている内容の全てを理解する事はできなかった。神様が自分を助けてくれたという事、化け物の名前、それくらいだ。
「つか、お前のその喋り方なんなの?」
クロトが呆れた表情で源田に全員が思っていた事を尋ねる。
「フッ、我は現世に顕現せし覇王、貴様らとは誕生した瞬間から存在――」
「あ、もういいよ。残りの二人は今の状況は理解できた?」
質問に分かる言葉で答えない源田を無視し、クロトが優理と少年に尋ねる。
「えっと、……あまり分からなかった、です」
「俺も、よく分からなかった」
二人とも小さな声で答える。
「使えねー、理解してんのはウザい喋り方のデブだけかよ」
「少なくともあんたの説明だったら何も分からなかった!」
無意識にクロトの言葉に反論してしまった。我に返ってももう遅かった。
「へぇ,さっきから思ってたけど,生意気に口答えできるようになったな」
クロトが笑う。その笑みは今まで見た事のない悪意に満ちた表情だった。その笑みを見て一瞬で背筋が凍る。
「これはちょっとお仕置きが必要かな?」
ゆっくりと優理に近づくクロト。周りを見渡し,助けを請おうとする。源田と少年は関わりたくないと主張するように顔ごと優理から視線を背ける。アレクも止めようとする気配はない。
「ここんところヒマだったからよ。ちょうど憂さ晴らししたかったんだよね」
優理に向かって手を伸ばすクロト。指先が触れる寸前で扉が開く。
「クロト、また何かしようとしているのか?」
森崎が優理とクロトの状況を見て、クロトが何かをしようとしたのを察し、二人の間に割って入る。
「んだよ、そう怒んなっての。ヒマ潰しに交流を深めようとしただけですケド?」
「そっちの世界では相手を怯えさせる事が交流を深める事なのか?」
不機嫌に無理矢理作った言い訳をするクロトに森崎は指摘する。
「………ヘイヘイ、ソイツを使ってヒマ潰そうとしてました。スイマセンデシタ」
「まったく。車を今手配しているから移動するぞ。クロト、お前は別行動だ。他のメンバーは俺について来てくれ」
反省の意思を感じさせない謝罪を気にせず、森崎は全員に指示を出す。
「ちょっと待て。何でオレだけ別行動なんだよ?」
「手配できる車の定員が五人だという事と、前回のキメラの襲撃で破壊された建物の瓦礫の撤去作業が滞っているらしくてその手伝いをどちらかに依頼したいと上から連絡があったんだ」
森崎の言葉にクロトは露骨に嫌という表情をする。
「それ別にオレじゃなくてもいいだろ。アレクの方が向いてんじゃねぇの?」
「そうやってボクに全部押し付けるのは止めてくれないか」
クロトに面倒事を押し付けられ、不機嫌な反応を隠さないアレク。
「別に押し付けてはいねぇよ。こういう事はお前の方が得意だろ? 適材適所ってヤツだよ」
「それも考えたが、お前が彼らにした事をよく思い出してみろ」
文句を言うクロトに森崎が冷たく指摘する。
「えー、言う事聞かないその女に腹パンして、そこのデブは喋り方がウザかったから金的して、そんでもって足蹴にして………」
「――ロクな事してない」
指を折りながら優理たちにした仕打ちを思い返すクロトに少年が静かに突っ込んだ。
その声が聞こえたのかクロトは少年を見る。少年も失言だったと気付き、クロトから目を逸らす。
「お前と一緒に行動させると彼らの身の安全を保障できない」
少年を次のターゲットにする前に森崎が口を挟む。
もし、クロトとアレクのどちらかを別行動させるなら、全員が迷わずにクロトを選択するだろう。理由は森崎が言った事そのままだ。誰が好き好んでいつ暴力を振るうか分からない人間と一緒にいたいと思うのだろうか。
「こうも性格に問題があると、説得力がないな」
「ハァ? ケンカ売ってんの?」
クロトとアレクの間に一瞬で険悪な空気が作られる。クロトの表情は笑っているが、声に怒気が含まれている。
「別行動するどっちかはその現場の移動はどうするんですか?」
今にもケンカが勃発する雰囲気の二人をよそに森崎に、質問をする。少年や源田も優理と森崎の会話に耳を傾ける。
「ああ、手伝いに行く方には直接向かってもらうんだ」
「直接って、走っていくって事じゃないっすよね?」
今度は少年が聞き返す。車は使えない、公共の交通機関で向かうにしてもおそらくその現場に直行できるとは思えない。
「キメラ襲撃の時に見ていないか? キメラを倒していく彼らの事を」
森崎に言われ、キメラ襲撃の時の記憶を遡る。思い出すだけで背筋が凍る光景ばかりで恐怖が内側から込み上がる。その中で、思い当たる記憶を手繰り寄せる。
「キメラ………まさか、あの時の?」
あるキメラに喰われそうになった時、現れた人型の謎の存在。アレクたちはエドナやキメラを討伐しに来たと言った。あの時の人型の行動とアレク達の目的は一致している。あれがクロトかアレクのどちらかという事なのだろう。
「心当たりがあるなら想像しやすいかな。その時の姿なら現場に飛ぶ事で直行できるし、それに今の姿よりも身体能力とかも上がるらしい」
「人が造りし、鉄の重機よりも神創人間の方が人工の塊を撤去しやすいという事か」
源田と少年も心当たりがあるらしく、納得したという表情をしている。優理の中では一つだけ気になる事がある。
「あの二人のどっちかがあの時助けてくれたって事よね……」
会話の中でクロトとアレク以外にこの世界に来たのは技術の神だけのようで、優理を助けたのは二人のうちどちらかとなる。
個人的にクロトに助けてもらったと思いたくないのであの人型はアレクだといいなと勝手に思ってしまった。
「しょうがねぇ。勝負で負けたヤツが行くって事にしようや」
「いいだろう。ボクが勝っても文句は言うなよ」
どちらが行くかまだ決めかねていたクロト達。クロトの提案にアレクも同意する。
「ハッ、前回負けてコイツら二人を連れてくる羽目になったヤツがよく言うよ」
二人とも右半身が下がり、拳を作る。そのままお互いの動きを伺う。
先ほどの険悪な空気が別の緊迫感へと変わる。
「この空間、我ですら震撼させるほどの歪みを生じているだと!?」
優理、源田、少年も固唾を飲んで二人の動くのを見守る。
静止した時間。それは思ったほど長くは続かなかった。
クロトとアレクがほぼ同時に拳に力を込める。上半身を捻り、勢いを付けて前に拳を突き出す。
勝負が始まった。一体どのように勝敗を決めるのだろうか。
「「ジャンケン、ポン!」」
二人の発した言葉から再び沈黙が訪れる。おそらく優理たち三人とクロト達の沈黙は種類が違うだろう。
三人はクロト達が何をしたのか一瞬分からなかった。彼らの発した言葉、手の動きから制止したその体勢。差し出された手を一人は大きく開き、もう一人は拳を作ったままだった。
これは誰がどう見ても自分たちもよくやっていたジャンケンという遊びである。
まさか、この状況でジャンケンが行われるとは誰が予想できただろうか。
いや、自分たちをここに連れてくる時にも同じ勝負をしているらしく、二人の監視役である森崎はどちらかが別行動をすると言った時からこの展開になる事は知っていたのかもしれない。
「お前らほんとは仲いいだろ」
沈黙を破り、少年が静かに突っ込んだ。




