14話 説明と誤解
「さて、検査の結果が分かるまで、今キミたちがどういう状況に置かれているのか知ってほしい」
検査を受ける三人が腕輪を付けた事を確認したアレクが口を紡ぐ。
「へ? まさかこれで検査終わり?」
座っていた少年が目を丸くして尋ねる。優理も少年と同じ事を思った。
確かに室内には検査に使いそうな機械や道具は見当たらない。
「本来この検査は不特定多数を対象にするものなんだけど、事情が変わってね。別の目的で使用する事になったんだ」
「では、真の目的とやらは人間のどんな可能性を見出すものなのだ?」
まだ痛みが引いていないのか、苦虫を噛み潰したような顔で尋ねる姿はこの場の雰囲気にそぐわず、少しだけ笑いそうになった。
彼の言いたい事はおそらく優理と同じなのだろうが、使っている言葉が聞きなれないため、理解するのに少し時間を要する。
今関係ないかもしれないが、本来この検査はどのような目的があるのかは優理も気になる。
「今は関係ない事だし、それは別の機会に説明するので今回は省く」
優理たちの質問にアレクはバッザリと切り捨てる。
文句を言う前にアレクが話を続ける。
「話を戻すけど、まずはボクたちとあの化け物の話からした方がいいか。なんとなく察しがついていると思うが、ボクらは別の世界から来た存在だ。目的はこの世界に逃げ込んだあの化け物を討伐するため」
別の世界からきた、その言葉にそれほど驚く事はなかった。普通なら信じられない、とすぐに否定するのだろうが、優理はあの化け物が現れた瞬間を目撃している。
急に空が割れ、そして化け物が現れた。その出来事をこの目で見たからこそ、アレクの言葉を疑う事はしない。
クロトとアレクもここにいる人間とどことなく雰囲気が違う。名前を聞き慣れない事もあって異世界から来たというのはなんとなく納得できる。
「ボクらは今の見た目は人間に見えるが、実際はボクたちの世界の技術の神がボクたちを創ったんだ。キミたちの馴染みやすい言葉で言い換えるとサイボーグというやつに近いだろう。
あの化け物は僕らの世界でも多くの人を喰ってきた。ある戦士がヤツに止めを刺す直前で別の人間がこの世界に飛ばしてきたんだ」
「何のために?」
ここでアレクの説明を遮り、口を開いたのが源田だった。
あの化け物をこの世界へと飛ばした人間の目的も気になる。けれど、それ以前に異世界に何かを飛ばすという事ができる人間がアレクたちの世界にいるのかという事が衝撃だ。
「さあ? ボクらを創った神がこれは神々の問題だから気にする事はないと言っていたからそれ以上の事は知らない」
アレクが興味もないといった態度で答える。
「ホントならすぐにでもヤツの討伐をしたいところなんだけど、この世界に来てすぐに厄介な事が起きちまったんだよ」
立っている事に疲れたのか床に胡坐で座っているクロトが優理たちを見て言う。
「そこの女は覚えてないみたいだけど、お前ら一回死に掛けているんだ。それをウチの神様が助けてメンドくさい状況になってるってわけ。理解した?」
(いや、今の説明でできるわけないでしょ!?)
心の中で文句を言う。アレクは一から順を追って説明してくれていたが、クロトは説明する気がないのではないかと思うほど大雑把で、具体的な事を何も言っていない。
もしこれで理解できた人がいたのなら尊敬に値するだろう。
「何か言いたそうな面だな」
口元にうっすらと笑みを浮かべながらクロトが優理を見る。声には出さなかったが、表情までは隠しきれなかったようで、慌てて首を横に振る。
自分にした腹パンに源田にした金的。気に入らなければ平気で手を出すという相手に逆らって痛い目に遭う事だけはもうしたくない。
自分たちが死に掛けた? 優理にそんな経験をした覚えはない。もしあるのなら、抜け落ちた記憶にその時の出来事が起こったという事になる。
「その様子だとやはり覚えていないようだな。ボクらがこの世界にやってきた直後の戦闘中に空に浮いていたその神が宿っている棺が運悪くキミたちがいる場所に落下してきたんだ。その時の衝撃で瀕死状態だった君たちを助けるために神は専門外である治療で力の源である神気を使い果たして、キミたちの内誰かと一体化して眠りについてしまった可能性があるから、それを調べるための検査を今してもらっているんだ」
説明された言葉に専門用語のような難しい事は何も言っていない。言っていないはずなのに理解する事ができなかった。非現実的な出来事が続き、思考が働かず、脳が理解しようとしない。
ただ一つだけ気になる点がある。
ここに来る前にクロトが言った事とアレクが説明している事で明らかに内容が異なる発言がある。
「待って、これってあの化け物の血で感染したかどうかを調べる検査じゃないの?」
そう言った後、部屋の中にいた人間の視線が優理に集まる。
全員が目を丸くしていて、特に自分と同じ検査を受けている隣の二人が驚いた表情をしている。
「………お前何言ってんの?」
「あんたが言ったんじゃない!」
優理に検査の目的を告げた張本人であるクロトが呆れた表情をしていたのを見て、怒りを覚えて声を荒げる。
自分が話を聞いていなくて、突拍子もない事を言ったのならば、責められても文句は言えないが、優理に説明した本人から馬鹿にされるのは理不尽であろう。
「あー、あれね。でも、すぐに冗談だって言ったし。え、まさか信じてたの? バッカだ~」
「何ですって!?」
怒りを煽ってくるクロトに敵意むき出しで反論する。彼の機嫌を損ねて暴力を振るわれるかもしれないという恐怖が引っ込んでいた。
「小山さん、落ち着いて! 確かにクロトは嘘の検査の目的を言ったけど、すぐに訂正している」
森崎が二人の間に入って優理をなだめる。
「嘘よ! そんな事本当に聞いていない!」
「あの時、小山さんはクロトの冗談にショックを受けていたから話が届いていなかったみたいだが、本当だ」
そう言われて検査の話を聞いた時の事を思い返す。二人が口論していたのは視界に入っていた記憶にある。しかし、話の内容は耳に入ってこなかった。
「ホント、何ですか?」
優理の言葉に森崎は頷く。
「………すいません、私の勘違いだったみたいです」
森崎の言葉を受けて、僅かな沈黙の後に優理は自分の聞き逃しだという事を渋々認める。
クロトはともかく、森崎がこの状況で嘘を付く人物のようには思えない。もし、クロトが冗談を訂正したのに自分は知らないのは二人の会話が届いていなかったからだろう。
「ほれほれ、まず深呼吸。良かったじゃん、殺される事はないって分かったんだから」
「うるさい!」
無邪気な表情でクロトは優理の怒りをわざと煽る。
短く反論する優理は顔が熱くなっている事に気付く。おそらく、恥ずかしさによって身体に熱が発し、頬が赤くなっているのだろう。遊ばれていると分かっていてもクロトのからかいを無視する事が出来ない。
「でもさ、あのウソがあったからこそ、素直に検査を受ける事が出来たんじゃないの?」
「うっ……」
図星を突かれて返す言葉もない。あの状況でアレクが説明した内容で検査を受けてほしいと言われてもおそらく断るだろう。
だが、からかわれた怒りが収まるにはしばらく時間が必要のようだ。




