13話 目的地へ
病院の奥まで進む優理、森崎、クロト。不意に先頭を歩いていたクロトが立ち止まる。辺りを数回見渡し、振り向く。
二人は表情を硬くしてクロトの行動に警戒する。
特にこれまでロクな目に遭っていない優理はどんな事をするのかと無意識に身構えてしまう。
「場所どの辺だっけ?」
「「………は?」」
予想もしていなかった言葉に少しの沈黙があってから優理と森崎は同時に聞き返す。
「いや~、ソイツをさら……起こしに行く前テキトーに歩き回ってたら集合場所忘れちまった」
(今さらっと変な事言いかけなかった?)
口の外へ出かかった疑問を胸の内まで押し戻す。二人の間に森崎がいるとはいえ、うっかり余計な事を言ってまたひどい目に遭いたくないので聞き流す事にした。
無邪気に笑いながら言うクロトに森崎は溜息を吐く。
「どこってお前から見て右の部屋だぞ」
「右……あ、ここか。んじゃ、とっとと入りますか」
クロトは森崎が示した部屋に入る。
優理たちもクロトに続いて部屋に入ろうとする。
ここで自分は検査を受ける。検査の結果次第では、自分は人間ではなくなっているという事を突き付けられるのだと思うと心臓の鼓動が大きくなる。
部屋に入った優理は入口で立ち止まっていたクロトにぶつかってしまう。
「痛っ」
顔を押さえながらクロトから離れる。ぶつかった事で彼の機嫌が悪くなり、また暴力を振るうのではないかと思ったからだ。
しかし、クロトは気にしてないのか振り返る気配がない。
部屋の様子は彼の背中で隠れているので、左に移動して中の状況を確認する。
「――えっ!?」
優理の目に映ったのは、口はガムテープで覆われ、手足を縛られて床に転がっている巨体の男だった。
他には部屋の中心に三人分の椅子が用意されて左端に少年が座っている。
椅子の奥に何も書かれていないホワイトボードが置かれていて数人のスーツを着た男女数人が部屋に散らばっていて、腕組をして壁に背中を預けている金髪の少年がいるだけだった。
検査と聞いていたが、それらしき道具は見当たらない事に自分は騙されたのではないかと、一層不安が募っていく。
「どういう事だ、これは!?」
この状況に茫然と立ち尽くしている優理とは違い、森崎は声を張り上げて男に近づく。
「ソイツはそのままにしておく事を薦める」
森崎が男の拘束を解こうした時、金髪の少年が告げる。その言葉に耳を貸す事なく、森崎は男の縄を掴む。
「お前がやったのか? アレク」
「ボクがやるまでもなく、お前がソイツを黙らせるだろうが、あまりにもうるさかったから大人しくさせた」
アレクと呼ばれた金髪の少年は表情を変える事なく、クロトの質問に答える。
クロトよりも背も高く、透き通るような碧の眼は美しい。このような状況でなければモデル顔負けの整った容姿も併せて見惚れてしまうだろう。
「まあ、三人とも連れてきたんで、さっそく始め――」
「フフフ、我をこの世に繋ぎ止める戒めを解いてしまったな」
クロトの言葉を遮って不気味な声が室内に響き渡る。
声の主である男が森崎の手によって拘束が解かれると、敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。その様子にクロトも驚いたような顔をしている。
「フハハハッ、感じるぞ、貴様らが我に恐怖を抱いているという事を!」
室内にいた全員が茫然となる。張り詰めた緊張感が一気に崩れていく中、男は構わず言葉を繋ぐ。
「なにそれは恥ずべき事ではない。我が内に宿りしこの力、依代であるこの肉体では隠し切れないのだからな。もはや凡人の貴様らに止める術はない! 今この時を持って貴様らは我が支配ぎゅわぁっ!?」
男の台詞口調の言葉は中途半端なところで遮られてしまう。男の股間に膝蹴りを与えたクロトによって。
男は白目をむいて股間を抑えながら倒れ込む。その場にいたクロトとアレク以外の男性は全員絶句している。
男性にとって股間への攻撃は最大のダメージを与える事ができるという話を以前耳にした事はあった。半信半疑ではあったが、目の前で悶絶している男を見て本当の事なのだと思った。
悶絶している男をクロトは足蹴にして不機嫌な表情で男を睨み付ける。
「何言っているか分んねーけど、取り敢えず今は黙っててもらえる?」
クロトの言葉に男は反応しない。痛みのせいで反応する余裕がないのだ。
クロトとアレクは目を合わせると、アレクが金属の腕輪を取り出し、その一つをクロトに投げ渡す。
腕輪を受け取ったクロトはそのまま男の腕に付ける。アレクは優理と椅子に座っている少年に身体を向ける。
「手順がズレてしまったが、検査を受ける三人にはこの腕輪をしてもらう。これであるもの計測する。拒否するのなら無理矢理にでも付けさせるので、素直に従ってくれると助かる」
言葉はクロトよりも淡々としているが、優理と少年を見る目はとても冷たい。彼の言葉に従わなかったら、足蹴にされている男のように無理矢理付けさせるだろう。ここはアレクの言葉に大人しく従った方が賢明だろう。
少年も優理と同じ事を思ったのかアレクに近づき、腕輪を受け取る。遅れて優理も腕輪を受け取り、左手首に付ける。皮膚から伝わる金属の持つ冷たさが次第に優理の体温を吸い取るように僅かな熱を持ち始め、暖かな温もりへと変わっていく。
「まだ少し時間がかかるから座ってていいよ」
森崎がそう促す。椅子の目の前にはアレクと相変わらず男を足蹴にしているクロトが立っている。
検査が終わるまでどれくらいかかるかは分からない。その間ずっと立ち続けるというのはさすがに遠慮したい。
心の中ではそう思っているのだが、アレクはともかくクロトの近くに座るという事が優理の迷いとなって行動に移す事ができないでいる。
「ちょっと待ってくれ、アレク。クロト、話を進める前に彼らを椅子に座らせてもらえないか? その状態では落ち着いて聞ける話も聞けないだろう」
森崎がクロトに言う。渋々といった表情でクロトは足を退ける。
「ほら、さっさとそこに座れよ」
「クク、我を解放したこと後悔――」
男はまだ痛みが引いていないらしく、股間を抑えながらゆっくりと起き上がる。離れていくクロトに捨て台詞を吐こうとしたが今度はアレクが男の口に指を突っ込む。
「黙る事ができないようだから舌を引き抜くとするか」
アレクが何をしようとするのか察した森崎は腕を掴み、睨む。
「彼らに危害を加えないと約束しただろう。そっちから出した条件を反故にするつもりか?」
僅かな間が空いて、溜息を吐いてアレクは男の口に突っ込んだ指を離す。男は涙を浮かべて咳込んでいたが、特に異常はないようだ。
アレクの指には男の唾液が付いていて、男の服でそれを拭き取る。
「源田和弘君だね? 悪いが、こちらの話を黙って聞いていてほしい」
森崎の口調は丁寧だが、これ以上余計な事はするなと目で訴える。その剣幕に押された源田と呼ばれた男は今度こそ黙って席に座った。
優理もそれに倣い、空いている席に座る。




