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121話  静かな決意

 キメラ対策室にある医務室で三人の少女は椅子に座って黙っていた。小山優理(こやまゆうり)は泣き疲れて眠っている一村夏鈴(いちむらかりん)を頭を撫でながら、対面する形で座っている北園晴菜(きたぞのはるな)に視線を送る。

 彼女はどうしていいのか分からず、視線を落としていた。二人の間に会話はなく、夏鈴の啜り泣く声をだけが医務室に木霊する。


「………ね、ねぇ、晴菜………元気だった……?」

「う、うん……元気、だよ……」


 やっと口を開いたのに会話が一瞬で終わり、また沈黙が訪れる。晴菜との仲は悪くない。むしろ、良い方だと優理は思っている。


 それなのに二人の間に会話がないのは彼女にとって衝撃的な事が続いているからだろう。

 今回のキメラ襲撃の時、晴菜もその場にいて夏鈴とここにいない日高直哉(ひだかなおや)と共にいたはずだ。夏鈴がクロトの事を知っているというのはおそらく彼女も救世主の一人がクロトだと知ってしまった可能性が高い。


「優理」

「どうしたの?」


 晴菜の状況について考えているとふと晴菜が呼び掛けてきた。反射で聞き返すが、彼女は躊躇っている様子でなかなか口を開こうとはしなかった。


「その……びっくりしちゃったよ。まさか、優理がここにいるなんて思わなかったよ」

「あ………うん………」


 無理に笑おうとする春奈。彼女が言いたい事は分かる。キメラ対策室という一般人には無縁の組織の中に優理がいた。

 理由を答えていいのかと、今度は優理の視線が泳ぐ。けれど、心配してくれた友達に秘密を打ち明けたいという想いもあり、深呼吸してから優理は口を開く。


「他の人には秘密にできる?」

「うん」

「……分かった」


 迷いなく頷く春奈を見て、受け止めてくれる嬉しさから優理は一瞬だけ視線を落とす。頭の中で伝えたい事を考えてから言葉を紡ぐ。


「実はネットに出回ってる私と和弘がキメラとの戦闘で特殊能力を使ってるていうの。あれ、ほんとなんだ」

「……うん……」

「その、エドナが初めて来た時にいろいろあって私たちはその能力を宿してしまったから政府の保護を受けて今はキメラ対策室の手伝いをしてるの」

「そう、だったんだね……」


 優理の話を静かに聞いていた晴菜は頭の中で咀嚼するようにゆっくりと頷き、そこから先は黙ってしまった。そんな彼女から優理は視線を逸らす。

 晴菜に話したのはまだほんの一部でしかない。全てを話せば彼女も巻き込まれるかもしれない。


「ごめんね、今まで黙ってて」

「……ううん。大変だったんだね」

「……うん……そう、だね……」


 晴菜の言葉に思わず目を逸らす。これまでの事を大変という言葉で片付けられるほど、優理は楽観的に捉えられない。

 少しだけ前向きに考えられるようになったとはいえ、今日までの自分が抱え込んだ不安や怒り、罪悪感から気持ちに沈む事はまだある。


「……ねぇ、晴菜。その、どう思った? 私が特殊な能力を持ってるって知って……」


 震える声で問い掛けた。初めて関係者以外に打ち明けた事への不安がそうさせる。彼女がどんな答えを出すのか分からず、彼女が口を開くまで優理は肩を震わせていた。


「うーん、なんて言えばいいんだろ?」


 晴菜は困ったような表情をしながら、頬を掻く。予想してなかった彼女の表情に優理は目を丸くしていた。そんな優理の様子に気付いていないのか、晴菜は口を開く。


「優理がその能力を使ってるとこ見てないし、特殊能力を持ってても優理は優理でしょ? 明るそうに見えて実は沈みやすくて、夏鈴ちゃんの事になると暴走しておかしくなっちゃう面白い娘」

「えぇ……最後ぉ……」

「それが私が知ってる優理だよ? そりゃ、隠されててたのはちょっとショックだったりするけど、仕方がなかったんでしょ。だから、気にしないよ」

「晴菜……」


 嬉しくなって思わず涙が出そうになるのを顔を逸して隠す。謂れのない誹謗中傷など沈んでいた優理にとって否定されない事がどれほど救われるだろうか。


「でも、辛かったよね。何も知らない人たちにネットで好き勝手言われるの」

「うん。そうだね」


 無理に笑おうとするが、零れた声は乾いていて自分でも分かるくらいいつもと違うものだった。仲間たちのおかけで立ち直れたが、心ない言葉に目を背けていた罪悪感が優理の心に陰を落とした。


「まぁ、私のやってる事なんてかなり地味で戦闘の役に立ってるか微妙なんだよね」

「そう、なんだ?」


 何も知らない晴菜は困ったような表情で相槌を打った。そして、「戦闘」の一言で優理はある事を思い出して暗い表情になる。それは晴菜も同じだったようだ。


「さっき通話越しに話してたけど、優理も戦うの?」

「………分からない………」

「駄目だよ!」


 悲痛な声と共に晴菜は優理の両肩を掴む。その目には大粒の涙が溜まり、今にも泣きそうだった。肩から伝わる晴菜の手の震えを認識したと同時に晴菜が口を開く。


「駄目だよ、優理っ……だって、キメラ対策室はキメラと戦うための組織なんでしょ!? 優理が戦う必要なんてないよ!」

「晴菜……」

「私、初めてキメラを見たんだけど、怖かった……空に連れ去られた時なんかもう駄目だと思った……」


 数時間前の出来事を語る彼女の顔色は真っ青で、今にも倒れそうなほどに弱って見えた。死と隣り合わせ状況に陥った事でキメラの恐ろしさを痛感したのだろう。


「私は………」


 そこから先の言葉を優理は紡げなかった。


 自分が戦場に立つ。人の命を簡単に蹂躙してくる化け物たちを相手と殺し合う。考えただけで怖くて体の震えが止まらない。

 けれど、拒絶したいと思っているのに戦わなければならないなら、戦うしかないと自分を納得させようとしている。

 そんな考えを晴菜は認めないし、必死で止めようとするだろう。


 自分自身の考えが定まっていないで口を開こうとした瞬間、ドアがゆっくりと開いた。二人がドアへ視線を向けるとそこには直哉が立っていた。


「先輩?」

「大丈夫!? 顔真っ青だよ」

「あ、ああ……大丈夫……」


 笑ってみせる直哉だが、乾いた笑みはかなり強張っていて無理をしているというのが痛いほど伝わる。手足が欠損し、全身が黒焦げになったクロトを目の当たりにしたからだろう。


「横になった方がいいよ」

「あ、いや………大丈夫………」


 優理を制し、無理して笑っている直哉の手は目に見えて分かるほどに震えていた。そんな直哉を見て晴菜は彼に近付いて手を取る。


「駄目ですよ! 顔色が良くないんですから寝てください!」

「へ!? は、はい……」


 晴菜の勢いに呑まれた直哉は言われるがまま、優理よりも小柄な彼女に連れられて大人しくベッドに誘導されて腰掛けた。彼は俯いて沈黙してしまい、医務室が静寂に包まれる。


「ご、ごめん……」

「いいですよ、気にしなくて。部活の時もですけど、先輩はお兄ちゃんや私に気を遣いすぎです。他人行儀にならないでくださいよ、寂しいじゃないですか」


 腰に手を当てる晴菜。小さい身体で年上を怒るその姿がクロトと夏鈴の姿と重なって見えた。ちょうど晴菜もショートで夏鈴と髪の長さがほぼ似ている。


(この光景がなくなるなんて、絶対に嫌だ……!)


 大好きな人たちと騒いで、楽しんで、生きていく。なんて事のない日常だが、全てが優理にとってかけがえのないものだ。


 エドナが現れた当初は一方的に奪われるだけだった。けれど、今は対抗できる仲間がいて、自分には支援できる能力がある。

 ならば、どんなに小さな事でも奪われないように抗うしかない。

 心の中で決意していると、ふと顔を上げた直哉と目が合う。


「どうしたの?」

「いや、俺よりも落ち着いてんなって……すげぇよな、それに比べて情けないよ、俺は……」


 自嘲気味な笑みが零れた後にまた直哉は俯いた。その姿にかつて罪悪感に苛まれていた自分を重ねて優理は胸が苦しくなった。優理たちにできる事はあまりにも少ない。それを痛感させられる度に自分自身が嫌になる。

 だが、そんな弱音を吐いて立ち止まっているわけにはいかない。


「私、作業室に行ってくるね。司令たちに話したい事があるから」

「あ、優理!」

「大丈夫。無茶はしないから。それにクロトも助けたい。もう見捨てるなんて事は絶対にしたくない」


 数歩歩いてから背中に届く晴菜の声に優理は振り向いて笑顔を見せる。それが彼女にできる精一杯の強がりだから。


「司令は今後をどうするかヴァルカンと話し合ってると思う」

「ありがと直哉。じゃあ、行ってくるね!」


 明るい声で告げ、医務室を後にする優理。廊下に出ると同時に晴菜たちに向けていた笑顔が真剣な表情へと変わる。

 何をどうすればいいかまだ分からない。けれど、傷付いた仲間を後回しにするという選択肢を取りたくないという想いを胸に重い足取りを力強く踏み締めて優理は歩き出した。

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