12話 廊下にて
とある病院の廊下に三人の足音が響く。
足音の正体は先頭を歩くスーツを着た男、その後ろに続くのは頭や腕に包帯を巻かれている少女とどこか不思議な雰囲気を漂わせている銀髪の少年の三人の足音だ。
少女は鈍い痛みが消えない腹を押さえながら歩く。
少女――小山優理はつい先程まで病室の一室で眠っていて、今ある検査を受けるために、その場所へと向かっている。
彼女の記憶は、突如現れた人を喰う化け物に喰われそうになった時、ロボットのような存在に助けられたところで一度途切れている。
自分がどうしてここにいるのが彼女には分からないのだ。頭や腕に巻かれている包帯も、いつこの怪我を負った事すら記憶にない。
そして、優理の後ろにいるクロトと呼ばれた少年の口から信じたくない事を言われた。
自分の身体の中に化け物の血が入ってしまい、それが原因で化け物に変わり果ててしまうと。
それを確かめるために検査をこれから受けるのだ。優理にとって自分が人であるかどうかも分からない不安で胸が押し潰されそうになる。
(もし、本当に化け物になってしまったら………)
化け物になる前に殺されるのだろうか。最悪の未来を想像してしまい、足が震えてうまく前に進まない。
不意に立ち止まり、動けなくなる。何度も動けと力を入れるが、足に力が伝わらない。
(動いて! 動かないと――)
首に冷たい感触が伝わる。突然襲ってくる感覚に身体が凍り付く。
「ひっ」
「早く進んでくんない?」
後ろから聞こえてくるのは不機嫌なクロトの声。首に伝わる感触は彼が持っている銃口だという事を理解するのにそれほど時間はかからなかった。
早く動かなければどうなるか、それを強調するように触れている銃口が首を強く食い込む。頭では理解しているのに、全身が岩のように固くなり、思考すら停止しそうになる。
「クロト!」
優理の小さな悲鳴が耳に届いたのか、スーツを着た男――森崎慎吾が振り返り、優理とクロトの状況をすぐに理解した。クロトに離れろと命令するように睨み、優理に駆け寄る。
クロトは舌打ちをしながら、優理の首に食い込んだ銃口を離した。冷たい感触から解放された優理は身体の緊張が解け、倒れそうになる。駆け寄った森崎が彼女を支えたので、床に倒れる事はなかった。
「クロト、お前は前を歩け。彼女は俺が連れて行く」
「へいへい、お堅いね~。冗談だってのに」
クロトは怪しげな笑みを浮かべて歩く。
どこか子供のような幼さの中に不気味な陰が見え隠れしている雰囲気を醸し出すクロト。
彼は何かが違う。
出会ってから僅かな時間しか経っていないがそれだけは頭の片隅で感じた事だ。
彼は病室で目を覚ました時に謎の吐き気に襲われた自分を介抱してくれたかと思えば、何も言わずに、どこかへ連れ出そうとした。
それを拒否したら、容赦なく腹パンを優理にお見舞いしたのだ。彼女が腹を押さえているのもその時の痛みが未だに消えていないのが原因である。
それだけでも、十分に恐ろしいのだが、彼の手にはどこから取り出したのか分からないが、拳銃が握られている。そのため、大人しく彼らと共に行動するしか選択肢がない。
「小山さん、歩けるか?」
森崎が尋ねる。
「………はい。大丈夫です」
短く、優理は答える。
森崎はクロトと違い、暴力で従わせようとはしない。それどころか、常に優理の事を気遣ってくれている。
それだけで、彼に安心感を覚える。
森崎とクロトは知り合いのようだが、彼らが何者なのか優理は知らない。彼らの事を知るよりも自分の身に何が起こっているのかを知る事の恐怖が強い。
彼がクロトを遠ざけたおかげで足にも力が入れるようになった。
大丈夫そうだと判断した森崎は優理の少し前を彼女の歩くペースに合わせて歩く。




