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パラドックス・セリスィ -クロス・W-  作者: 夏樹浩一
第十二章 救う×掬う
114/123

114話  一撃必殺の要塞

 仲間の欠損に対策室の面々は衝撃を隠せないでいる。

 欠損した部分からは血ではなく火花が散り、彼が人間ではないと再認識させる。それと同時に初めて見る損害に言葉が出ない。

 一匹のハーピーが足を大きく広げながらクロトに向かっていく。


『このっ……!』


 クロトはハーピーを乱雑に両断した。その直後にハーピーたちは大量の火球を放つ。無数の火球の嵐にクロトは急降下して射線から外れ、後退してからまた上昇した。


『……クソッタレ!』


 一度静止するとクロトが悪態を付く。零れた言葉は無意識に絞り出したような息と共に空中へと霧散した。だが、その声を聞いて優理たちも我に返る。


「クロト、大丈夫!?」

『――ヘッ、誰に言ってんだよ? こんなもん、どうって事ねぇよ』


 抑え気味でいつもの覇気がない声が痛みに耐えていると訴えている。けれども、優理たちは彼に撤退の指示は出せない。


 巨鳥の周りにはまだ多くのハーピーがいる。ここでクロトがいなくなれば、この場にいるキメラを足止めする存在がいなくなる。それに、クロトは震えながらも剣先を巨鳥に向けている。足がなくなっても彼の闘志はまだ挫けていない。


『どうした? 掛かって来いよ!』


 自分が負った傷は大した問題ではないというように様子を伺っているキメラにクロトは叫ぶ。ハーピーたちが行動を起こさない気配を感じ取ると逆に自分から突撃していった。


『これぐらいでオレが止まるかよ!』


 左は銃に持ち替えて、光弾を放つ。数体撃ち落とされてからようやくハーピーたちは距離を取りつつ火球を放って応戦し始めた。

 先程と同じような状況に思えた。だが、足を失った影響か、クロトの動きはかなり鈍く、被弾するようになった。


『ぐっ!』


 だが、足を失った影響か、クロトの動きはかなり鈍く、被弾するようになった。一つ一つは大した威力ではないが、確実にダメージが彼の身体に蓄積されていく。


『……まだまだぁ!』


 咆哮を上げてクロトは剣を薙ぎ、光弾の撃つ。

 それは痛みを紛らわす痩せ我慢か、押し退けようとする気迫なのか、優理には分からない。けれど、このままではクロトが限界を迎える事は目に見えている。仲間の身を案じるが故に焦りが生じる。


「和弘、武器はまだ!?」

「急拵えだが、形にはなった。実用的ではないが、致し方ない。これよりアレクに転送する」 

「よし、アレク。狙撃の準備を!」

『了解した』

「あれ? でも、直哉はいないのにどうやって転送するの?」


 これまで何度かクロトたちに武器を転送したが、どれも彼らと同じ神気を持つ優理か直哉を経由していた。

 アレクに転送するには直哉の存在は必要不可欠だが、その肝心の直哉はこの場にはいない。


「ふん、我は常に進歩していく。いつまでも非効率な手段を講じているとは思わない事だな」


 やや腹立つ物言いと共に掌サイズの水晶を取り出した。それが何なのか尋ねようとした時、和弘の身体から神気が溢れ出した。

 黄金の光を纏って彼は右手を頭上へ掲げる。


「行け! 我が同胞の下へその形を成し、畏怖すべき敵を全て撃ち抜くが良い! 創造する希望(ポイエイン・エルピス)!」


 和弘が口上と共に水晶に神気を注ぐと、水晶が徐々に藍色に染まっていった。完全に染まると和弘はアレクご映るモニターを勢いよく指差した。優理たちもそれに続いてモニターを見る。

 すると、アレクの装甲が控え目な光を放ち始めた。背部を中心にその光は集まり、何かを形作る。


「さぁ、今こそ具現せよ! 砦の砲台(フルリオ・カノン)!」


 和弘が高らかに叫ぶとアレクの背中にあった光は霧散した。その代わりに鉄の砲台が姿を現す。両手両足、肩、背中、腰と全身に無数の砲身を身に纏ったアレクはその砲口を巨鳥に向ける。


「我が創造した中で最も高い威力を持つ力だ。存分に発揮するがいい」

『説明も無しにいきなり送るな。あと、気が散るから黙れ』


 アレクの冷たい返事に何も言わなかった。ただ腕組みをしてドヤ顔でその場に佇む。自分の最高傑作がキメラに対して牙を剥く、その瞬間を待ち望んでいるように。


『すぐに一斉掃射の準備に入る――』


 アレクの手が僅かに発光し、砲身へと流れる。その時、ふとスピーカーから驚いたようなアレクの息遣いが零れた。


「どうしたの? アレク」

『いや、なんでもない』


 何か問題があったのかと思ったが、無機質な返答に一抹の不安を抱きながらもそれ以上は何も言わなかった。


 和弘がこれまで創造した武装は何度も窮地を救ってくれた。きっとこの砲台も巨鳥とハーピーたちを倒すのに何の問題もないはずだ。

 それに、アレクが懸念を抱いたら、それを口にするだろう。


「アレクよ、我が紡ぐ言の葉に耳を傾けよ。その砲台の威力は絶大、だが、扱いには心せよ。何故なら――」

『言いたい事は分かった、黙れ。クロト』

『あん? ――って、のわ!?』


 アレクの通信でクロトの動きが一瞬止まった。その僅かな隙を突かれて、右肩にハーピーが放った火球を受けてしまう。直撃した箇所から煙が立ち、黒焦げになっていた。


「クロト、大丈夫!?」

『こんぐらいかすり傷だっての!』


 優理の声をクロトは被せながら跳ね返した。それと同時に光弾を撃ってハーピーたちの火球に応戦する。

 返ってきた怒号にはいつもの余裕がない。それに、アレクの通信に気を取られて攻撃を受けるなんていつもの彼なら有り得ない。やはり、欠損した足の影響は大きいようだ。


『で、なんだよ?』

『こちらの座標を送る。巨鳥への射線上にハーピーたちを誘導しろ』

『……へいへい、仕方ねぇなぁ!』


 不機嫌な返事の後にクロトは突貫してハーピーの包囲を突破した。両手に銃を持ち、片方を巨鳥に向けながら、ハーピーたちを撃ち落として誘導を始める。


『ほら、こっちに来な!』


 振り返って光弾を撃ちながら挑発するクロト。ハーピーたちに人の言葉が通じるとは思えないが、一瞬の間が空いて、ハーピーたちはクロトを追い掛け始めた。


「よし。ハーピーたちが誘導に乗った!」


 ハーピーたちが狙い通りの反応をして指令室にいた面々は拳を固く握り締める。

 クロトがある地点まで移動すると静止して、その場に留まりながら光弾を撃ち始めた。


『オラオラオラ!』


 雄叫びを上げるクロト。優理たちはそれを固唾を飲んで見守る。時間の経過が長く感じ、じわじわと焦りが生じる。


『射線上にハーピーたちが乗った。クロト、十秒後に撃つ。当たるなよ?』

『んな間抜けな事するかよ!』

『カウントを開始する。十、九――』


 スピーカー越しにカウントダウンを始めたアレクの声が指令室に響き、モニターする見つめる者たちは固唾を呑んでその瞬間を待つ。


(お願い。成功して……!)


 優理は胸の前で手を組んでクロトが無事であるようにと祈る。

 カウントが残り五秒を切った瞬間、クロトの動きが止まった。好機と言わんばかりにハーピーたちが彼に向かって火球を吐く。


「まずい!」

「避けて、クロト!」


 優理と石山の言葉にクロトは何も応えなかった。ここにきて力尽きてしまったのかと皆が言葉を失い、前のめりになる。


『当たるかよ!』


 彼は海を目掛けてブースターを起動させる。重力に加え、ブースターの推進力が合わさって猛スピードで落下していく。


 ハーピーたちは彼の行動に驚き、動きが止まった。我に返って追撃しようとしたが、それは叶わなかった。


『――二、一、発射』


 落ち着いたアレクの声と共に砲台から無数の光条が放たれる。

 止まってしまったハーピーたちは高層ビル屋上からアレクが巨鳥に向けて放った無数の光条の射線上にいたため、次々と射抜かれていく。


 光条はハーピーたちを貫通して一直線に巨鳥へと伸びる。巨鳥は全身から火球を放ちながら回避行動を取るが、もう遅い。


 光条が全身を貫き、傷口から光と共に爆発が起きる。黒い煙がキメラたちを覆い隠してしまい、優理たちからは攻撃の成果が分からない。


『おー、すっげぇ威力』

「これほどの兵器をあんな短時間で創り上げるとは……」


 海面スレスレの止まっているクロトの呑気な感想とモニターを見た石山の呟きはほぼ同時だった。優理の耳には石山の声には僅かな恐れがあると感じた。


 和弘の『創造』の能力は凄い。クロトたちの窮地を何度も救っているのだ。けれど、言い換えれば大型のキメラを倒すほどの兵器を彼は簡単な創り出せる力という事だ。

 これが悪用されれば、どのような惨劇が巻き起こされるのか、考えるだけでも怖くなる。


「ふん、これは我が権能のほんの一部分でしかない。が、あまり愉悦に浸るようなものではない」

『というか、急ピッチで仕上げたからまだまだ改善点があるんだけどね』

『同意見だ』

「どういう事?」


 スピーカー越しのアレクはかなり疲れたような声だった。彼はただ無数の砲台の引き金を引いただけでここまで疲労するような事はしていなかったはずだ。


「司令、βの残存神気が五割まで減少しました」

「何?」

「光条の源は我らの神気。窮地を脱するために威力重視で創造した。そのため神気の使用量の調整を度外視したのだ。この戦闘では同じ威力は撃てまい」

「一撃必殺だけど、連発はできないって事ねって、あんた……」


 説明している和弘は額に汗を浮かべ、呼吸を乱れて膝を着く。数回、深呼吸してから立ち上がるが、その足は震えていて今にも倒れそうだ。


「ちょっと大丈夫!?」

「案ずるな。同胞に多くの生命の源を捧げた程度で我が心に揺らぎなど有り得ん」

「生命の源って、自分の神気も使ったって事!? クロトもそうだけど、あんたたち無茶しないでよ!」

『あん?』

「あんた、今足がないのに、これ以上心配させないで!」

『何言ってんだよ。こんなん和弘やダメ神に修理させりゃいいだけだろ?』

「え?」


 彼の言葉に指令室にいた全員が和弘の隣にいるヴァルカンを見る。皆の視線にヴァルカンは目を丸くして何度も瞬きをした。


『みんなどうしてそんなに驚いているんだい? クロトとアレクはボクが創り替えたって説明があったでしょ? 足の欠損くらいならパーツを創れば問題ないよ』

「そ、そういえば、そうね」


 クロトは人間ではなく、アンドロイドに近い存在というのを失念していた。

 それくらい彼らは優理たちの中に溶け込んでいたのだ。


『だいたい戦ってりゃこんくらいあって当然だろ? 気にすんなっての』

「そういう問題じゃ――」

『クロト』


 優理の言葉を遮ったアレクの声は普段の二人の会話に苦言を呈す口調ではなく、戦闘の時と同じ真剣で張り詰めた声だった。


『何だ?』

『まだ終わってない』

「え?」

「――っ! そうだ、おかしい。巨鳥が絶命したのならその残骸が墜ちてくるはずだ!」


 真っ先に気付いた和弘が爆煙が映っているモニターする指差す。彼の言葉で徐々に優理たちもその意味を理解した。


 巨鳥に攻撃してからそこそこ時間が経ったはずだ。それなのに未だに巨鳥が墜ちてこないという事はまだ生きて爆煙の中にいるという言葉になる。

 クロトは拳銃を構えて再び空へと飛翔し、アレクは狙撃した高層ビルとは別のビルへと向かう。


『和弘、あの砲台を別の場所に転送できるか?』

「可能だが、先程と同等の威力は出せん。我も貴様も消耗している。次で決めなければならん」

『了解した』


 いつもの淡々としたアレクの返事が重く感じられた。威力が落ちた次の攻撃で完全に仕留めなければならないという緊張感が嫌でも伝わってくる。

 全員が固唾を呑んで爆煙が晴れるのを待つ。


『来る!』


 クロトが光弾が撃つと同時に爆煙の中から二つの影が飛び出した。影の正体がハーピーであると優理たちが認識するのとクロトの放った光弾が直撃したのはほぼ同時だった。

 光弾に直撃した二体のハーピーは爆散して、その肉塊は海へと落ちていく。


 クロトは構わず、二丁の拳銃って連射する。無作為に放った光弾は爆煙に吸い込まれて、数体のハーピーがそのまま落下していく。


 撃ち落としたハーピーの数が十に到達した時、爆煙が晴れた。姿を見せたのは数え切れないほどのハーピーの大群だった。

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