112話 空からの奇襲 直哉視点
突然のキメラ襲撃でアラート音を合図に恐怖と絶望が混沌と化す戦場へと変貌していった。
「あ……あぁ……」
「直哉、ボケッとすんな! 死にたくなきゃ晴菜を連れて走れ!!」
「あ、は、はい!」
初めて直接キメラを見て言葉を失い、立ち尽くす晴菜の肩をクロトは大きく揺する。我に返ったタイミングで直哉は夏鈴と晴菜の手を握る。
(どこに逃げればいい!?)
一刻も早くこの場から離れなければいけないのに、恐怖で思考が固まって答えが出ない。
耳を塞ぎたくなる悲痛な叫びを聞きながら、動かなければと考えなしに駆け出そうとした時、直哉の意志に反して足が地面から離れる。
「え?」
何が起こったのか分からず、呆然とする直哉。固まった思考が再び稼働したのは晴菜と夏鈴の悲鳴が届いてからだった。
強い力で肩を掴まれ、恐る恐る後ろを向くと、すぐそこに鳥人の顔があった。獲物を捕えた高揚感により口を大きく歪めた笑みが直哉の恐怖を駆り立てた。
「あぁ、ああぁぁぁ!」
力の限り叫んだ。まもなく訪れるであろう死の恐怖に抗う方法がそれしかなかった。
無力の直哉は鳥人に捕まってしまえば何もできない。視界の端で別個体の鳥人に捕まった夏鈴と晴菜の姿があった。
「晴菜!」
「直ちゃん!」
互いに手を伸ばすけれど、無情にもそれぞれを掴んでいる鳥人が距離を取って引き離される。
このまま為す術もなく、死んでしまうのか。そう絶望していると、夏鈴を捕まえていた鳥人の頭が弾け飛び、彼女は解放される代わりに今度は地面への落下を強制される。
そう思っていたが、鳥人とは灰色の鎧を纏った存在によってそれは免れた。
「クロト……!」
気が動転して失念していた。あの場にはキメラに対抗できる唯一の存在がいた。
クロトは手に持っていた銃を連射して直哉と晴菜を捕まえていた鳥人の頭を吹き飛ばした。落下を始める前に武器を収めてクロトは直哉たちを受け止めて地上へと降り立った。
「た、助かっ――り、ました。救世主様」
側に晴菜がいるのに普段通りに話すのはまずいと思って咄嗟に他人のように振る舞う直哉にクロトは首を傾げる。
兜で顔が見えないが、晴菜へ顔を向けて意図が分かったらしく、言葉を発さずに頷いた。
「君たち、大丈夫か!?」
血相を変えて駆け寄って来たのは森崎だった。どうしてここにいるのかと尋ねるよりも先に彼が口を開くのが早かった。
「俺はキメラ対策室の者だ。安全な場所まで誘導する」
『コイツらを頼む』
ただ一言、森崎に言葉を掛けたクロトは鳥人に向かって飛翔しようと背を向けた時、夏鈴が彼の足にしがみ付く。
『な!? おい、お前……』
「クロちゃん、帰ってくるよね?」
「ばっ、夏鈴!」
慌てて遮ろうとしたが、もう遅い。発した言葉を消す事はできず、その場にいた全員の耳に届いた。当然、関係者ではない晴菜もその対象だ。
「………え?」
何も知らない晴菜は夏鈴の言葉に目を丸くする。ゆっくりと鎧を纏っているクロトに視線を移し、全身を見る。
真実を受け止められず、黙ってしまう。
「クロちゃん」
心配そうに見上げる夏鈴の目には涙が溜まっている。これから戦場へ赴くクロトの事が心配なのだろう。そんな夏鈴の頭にクロトは手を置いた。
『………今は自分の事だけを考えな』
夏鈴に掛けた言葉はぶっきらぼうだが、その中には優しさがあった。直哉は夏鈴にそっと肩を置いて、さり気なく下がらせる。
「………いってらっしゃい………」
『ああ』
直哉たちに背を向けてクロトは数歩走ってから空へと飛翔する。彼の無事を祈りながら、直哉は晴菜に向き合う。
一連の流れを黙って見ていた彼女は状況が読み込めず、ただ困惑しているだけだった。
「先輩、どうなっているんですか?」
「それは……」
なんと答えたらいいのか分からず、直哉は森崎に視線を送る。しかし、彼も直哉と同じように困った表情をする。
「………ごめん、今はまだ説明ができない。けど、いろんな事が落ち着いたら必ず話す!」
自分で言っておきながら無責任だと自嘲する。こんなのは彼女への説明を先送りにしているだけで何の解決にもならない。
「……分かり、ました……」
「ごめんな」
「いいですよ。今はそんな事言ってる場合じゃないですもんね」
溜息を吐いて諦めたような表情を浮かべながらも引き下がってくれた晴菜に感謝と罪悪感を抱いて彼女の手を取る。
「とりあえず、安全な場所に避難しよう。夏鈴、行くぞ」
「うん……」
「あいつなら大丈夫だって。さあ、ここは危ないから離れるぞ」
「……分かった……」
不安そうにクロトが飛び立った空を見上げる夏鈴を宥めて直哉は森崎に連れられその場を後にする。
直哉も大きな不安があるけれど、今は自分たちが生き残る事だけに集中するべく頭の隅へ無理矢理追いやった。




