110話 引っ越し作業 直哉視点
優理たちが岬とのリモート面会をしている間、日高直哉は森崎と共に引っ越し作業をしていた。森崎が指示を出しているので、直哉は荷物な積み込みの手伝いをしていた。
「森崎さーん、荷物全部積み込みましたー」
「ありがとう。では、お願いします」
「分かりました。夕方には運び終える予定です」
筋肉質な男は一礼すると車に乗り込み、出発する。車が見えなくなると森崎はスマホを取り出して誰かに電話をする。
(すげぇな、昨日から慌ただしく動いてるのに疲れた表情を見せないなんて)
病院で岬の無事を確認してから大人たちは今後の対応に追われている間、直哉とアレクは疲れているだろうからと先に休ませてもらっていた。
(なんか、空っぽだな。今の俺……)
何も持っていない手を虚しく見つめる。ほとんどない荷物はトラックに詰め込んだのでほぼ手ぶらに近い。
今の直哉は何も背負っていない。キメラと戦って誰かを守る責任も、戦いの手助けをしないといけない使命も、直哉だけがまだ何も持っていない。
(俺も、やっぱ何かしなきゃなのか?)
みんなが何かできる事をしているのに、自分だけが何もしないなんて居心地が悪い。だが、何ができるのかがまだ分からないでいる。戦う力もサポートする力もない直哉に何ができるのか。
(どうしていいか分かんねぇし、とりあえず――)
「日高君」
「はい!?」
考えている最中に声を掛けられ、大袈裟に返事をしてしまい、直哉の反応に森崎も目を丸くしている。笑って誤魔化そうとするが、羞恥から乾いた笑いしかできなかった。
「俺はこれから対策室へ行くが、日高君はどうする?」
「あー、えっと……じゃあ、俺も付いて行っていいですか?」
「分かった。車を移動させてくるから待っててくれ」
「はい」
「あれ? 先輩?」
聞き慣れた声に振り返ると、そこには幼馴染の北園晴菜が立っていた。意外な場所で彼女と会うとは思っておらず、直哉は目を丸くしているだけだった。
「えっと……晴菜はどうしてこんなところにいるんだ?」
「優理と源田先輩が大変な事になってるじゃないですか。連絡しても返事来ないし……だから、お見舞いに行こうって思って来たんです」
「そうだったのか」
「先輩こそ、どうしてここに? ここ、優理の家ですよね?」
「え!? あーそれは……」
どう答えていいか分からず、直哉は一人で戸惑う。
引っ越し作業をしていたと正直に答えてしまうと自分の置かれている環境を話さなければいけなくなる。親しい晴菜相手でも伝える事は許されない。かといって上手く誤魔化す自信もない。
「………日高君、引っ越しの手伝いありがとう。助かったよ」
「え?」
「そのままで悪いが、バイト代として受け取ってくれ。あとは俺一人でなんとかなるから遊んでくるといい」
「は、はい……?」
森崎の発言の意図が分からぬまま、直哉は彼を見送ってしまう。残された直哉と事情を知らない晴菜の間に微妙な空気が流れ、沈黙が二人を包む。
どうしようかと悩んでいるとスマホが振動した。確認すると森崎からメッセージが来ていた。
『彼女と遊んでくるといい。いい気分転換になるはずだ』
「なっ!?」
「どうしました?」
「あっ、いや、なんでもない!」
慌ててスマホをポケットに入れて取り繕う。晴菜はそんな直哉を見て、不思議そうに顔を傾げた。
大袈裟に笑って誤魔化ながら、頭の中で思考を巡らせる。直哉を他所に晴菜はホームのインターホンを鳴らす。
「優理、大丈夫かな?」
心配そうにホームを眺める晴菜。けれど、いくら待っても既に無人となった建物から人が出てくるわけもない。その事を知っている直哉は晴菜を見つめるだけだった。
「そういえば、さっきの人が引っ越しがどうって言ってましたよね?」
「え? あ、あーそうだったな」
「もしかしてあの人ってここに住んでた人の事なんですか?」
「さ、さ~な~」
核心を突く言葉に直哉は激しく動揺する。余計な事を言わないように視線を逸して誤魔化そうとしたが、あまりにも下手なやり方に晴菜は疑いの目で直哉を見る。
「先輩、もしかして知ってるんじゃないですか?」
「えっ!? な、何を!?」
「優理が今どうしてるか、です!」
「そ、それは……」
「知ってるなら教えてください。ネットで優理や源田先輩の話題で持ち切りなんですよ。中には意味不明な事を言って批判してる人もいるし。絶対、辛いはずです」
悔しそうな表情を浮かべる晴菜。彼女が本気で優理の事を心配しているというのが伝わってくる。
そんな彼女の不安を少しでもなくしてやりたいと思っていても、不安定な状況が彼女も巻き込むかもしれないと思うと直哉は口を閉ざすしかできなかった。
(俺だってほんとはどうにかしてやりたい……けど、勝手に話すわけにはいかないし……)
気軽に教えていい情報ではないというのは直哉も分かっているつもりだ。だからこそ、聞かれても誤魔化す以外の方法が思い付かない。
(ん? 待てよ。教えていいか分からないっていうなら………)
「先輩?」
「あ、いや……実は俺もツテで紹介された短期バイトみたいなもんだから詳しくないけど、あの人なら分かるかも、なんて……」
開示できる情報が分からないなら、それを判断できる人物に相談すればいい。森崎なら話してもいいか直哉も気軽に聞ける。
「ほんとですか!? なら、あの人の連絡先教えてください!」
「えっと、一応聞いてみるけど、内容があれだし多分俺経由で伝える事になると思う」
「………分かり、ました。もし、優理の事で知ってる事があればすぐに教えてください」
納得したようではないが、優理の事を知る僅かな可能性に晴菜は渋々といった感じて引き下がってくれた。おそらくこれがお互いを考慮した妥当な方法のはずだ。
「あー晴菜。ここで立ち話もなんだし、ちょっと飯食いに行かね? さっき貰ったバイト代あるし、奢るよ」
「………はい」
晴菜の意識を優理から逸らす事に成功し、心の中でガッツポーズを取る直哉だったが、晴菜の後ろにゆっくりとこちらへ向かってくる車に気付いた。
狭い道路でもないのに人の歩行よりも遅い。あまりにも不自然なスピードに警戒心を抱いた直哉はスマホをポケットから出していた。
「先輩?」
車の存在に気付いていない晴菜は首を傾げる。正直、どう動こうか直哉は迷っている。怪しいのは間違いないが、ここで晴菜を連れて逃げれば追ってくる可能性がある。
(とりあえず、森崎さんにメッセージを送ろう)
本当なら通話した方が早いのだが、無関係な晴菜がいるためそれはできない。短い文でメッセージを送ると直哉は晴菜の手を掴み取って歩き出す。
「え!? 先輩?」
「いやぁ悪い。実はめっちゃ腹が減ってて。早く行こうぜ?」
戸惑う晴菜に直哉は笑みを作って誤魔化す。引き攣る表情はさっきよりも動揺していないから、酷い顔にはなっていないはずだ。その甲斐あってか、晴菜は何も言わずに直哉の歩幅に合わせて歩き始める。
正面を向いた直哉は笑みを消して、暗い表情になる。
(ここからどうしよう……)
森崎の指示を待ってから行動するべきだろうが、その間にも車は近付いてくる。最悪、取り返しの付かない事態になるかもしれない。
考えていると不意にスマホが振動する。晴菜に見られないように注意しながら画面を見ると森崎からメッセージが来ていた。
『人の多いところへ移動してくれ。俺は顔を見られているから別の人間が護衛に就く』
短い文たが、すぐに対応してくれていると分かって少しだけ安心する。
けれど、森崎や石山以外の対策室のメンバーはあまり覚えていない。もし、相手がエドナの味方をしている人間なら、キメラを呼び出してしまうと為す術がない。
(なんとか晴菜だけは守らないと……!)
不安で震えそうになる身体を抑えながら直哉は森崎の指示に従って晴菜を連れて人気の多いところへと足を動かす。




