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パラドックス・セリスィ -クロス・W-  作者: 夏樹浩一
第十一章 鼓動×想う
106/123

106話  違和感がある戦闘  直哉、優理視点

「アレク! キメラが出たって!」


 岬を介抱しているアレクの背中に向かって叫ぶ。彼ならこの言葉だけで状況を察してくれるはずだ。しかし、アレクは岬にを抱き締めたまま動く気配がなった。


「お、おい! どうしたんだよ!?」

「岬さんはどうなる?」

「え?」


 青ざめた表情で尋ねてきたアレクの言葉は一人でパニックになっている直哉の思考を止めるには十分だった。初めて見せる動揺したアレクの様子に直哉も戸惑う。


「えっと、さっき救急車呼んでるって! だから――」

「そうだ。病院へ連れて行かないと……」

「あ、おい、アレク!」


 思い出したかのようにアレクは岬を抱えて走り出す。血で染まったアレクと岬を見て通行人たちは悲鳴を上げるが、その声を無視してアレクはそのまま去っていった。

 呆然とその場に立ち尽くす直哉。ふと握ったままのスマホの振動して我が返った。


『日高君、今そっちに向かっている! 到着するまで岬さんのそばにいてくれ』


 通話ボタンを押すとスピーカーにしていない状態なのに森崎の切羽詰まった声が聞こえる。彼の指示通りにするべきなのだが、その肝心の岬はこの場にはいない。


「あ、あの、アレクが岬さんを連れて、どっか行っちゃいました……」

『なんだと!?』

「その、病院へ行かないとって……」

『そうか。こちらからも連絡する。日高君はその場から離れてくれ。すぐに迎えに行く』

「は、はい………」


 通話を終了すると周りの人たちに見られているのに気付く。自分がどう思われているのか知りたくない直哉は目を合わせないようにその場から立ち去る。


「岬さん……大丈夫、だよな?」


 一度だけアレクが走って行った方向に視線を送る。不安から零れた言葉に応える者は誰もいない。不安を振り払うように直哉は歩を進める。



――――――――――――――――――――



 スマホからキメラ出現時に鳴るアラートの音を消して優理は対策室に来ていた。部屋に入ると司令である石山が指示を出している。


「出現したキメラの数は約ニ十体。全て大型犬のキメラです!」

「現在、αが交戦中! βにも呼び掛けていますが、応答ありません!」

「え? アレクが?」


 報告に首を傾げる優理。

 キメラが出現しているのにキメラ討伐を最優先に行動しているアレクが駆け付けていない。これまでなかった事だ。


「連絡は続けろ! 小山さん、申し訳ないが、君の能力に頼るかもしれない」

「分かりました、私は構いません」


 自分が役に立てるなら喜んで協力する。しかし、能力の使いすぎると命に関わるため、酷使ができない。使い所を見誤らないようにモニターを注視する。

 モニターにはクロトが両手に剣を持って大型犬キメラと対峙している。


「ふむ。此度のキメラ出現、どうも違和感がある」

「どうしたの?」


 皆が戦闘に意識を向けている中、和弘だけが机に地図を広げて腕組みをしていた。彼の言葉が気になり、優理と石山は和弘に歩み寄る。


「これを見ろ。今戦闘となっている舞台は元々少なく、人間を襲うには実入りが少ない場所だ」

「確かにそうだな」

「それに確認された個体も大型犬ばかりというのも腑に落ちん。奴らでは悪戯に戦力を消耗するだけだ」

「そうよね。実際にクロトだけでなんとかなってるし」


 玄武や多頭獣のような大型のキメラはまだ確認されていない。その上、出現した場所は人が少ないところだ。これまでの襲撃と比べてあまりにもキメラ側の意図が分からない。


「考えられるのは今姿を見せているキメラは陽動であるか、何らかの理由で出現せざるを得ない状況になったか、くらいだな」

「あんたはどう思う?」

「キメラの動きが全く統制が取れていない様子から後者の可能性が高いと判断しているが、どうも一抹の不安が拭えん」

「そうよね。アレクが来ないのも気になるし」


 『分析』の能力で何か分かるかもしれないと、振り返って目を閉じ、意識を目に集中させる。熱を感じた瞬間、目を見開いてモニターを見る。


 画面には大型犬のキメラの首を次々と刎ねていくクロトの姿が映っている。切断面から血が噴き出し、灰色の装甲を赤く染めていく。

 まだ生きている大型犬のキメラたちは姿勢を低くしながら唸るだけで、クロトに襲い掛ろうとしない。


「すいません、キメラたちを拡大できますか?」

「何故だ?」

「よく見たらキメラたち、震えているような気がしたんです」

「震えている? キメラたちを拡大してくれ」

「分かりました」


 オペレーターの操作で画面の一部にキメラを拡大した映像が映し出される。そこに映っているキメラは小刻みに震えていた。そして、拡大した映像を見て気付いた事がある。


「よく見たらこのキメラたち、瞳がはっきりと分かる。今までは赤一色だったのに」


 瞳が見える事によってより一層キメラたちに恐怖の感情が強く出ているというのが分かる。目が真っ赤でなければキメラと大型犬と簡単にはしくいかもしれない。


「ふむ。凝視しなければ認識が困難なものばかりを見出すな」

「あ、待って。キメラの身体からもやみたいなのが出てる」

「もやだと? 我には認識できんが?」

「そうなの? あ、でも、多頭獣の時とは色が違う」


 和弘はキメラの映っている画面を凝視するが、見えないらしく、首を傾げる。それは他の人間も同様だ。

 今見えるもやは黒の中に少しだけ白が混じっている。特に白がヨク見える個体ほどクロトに怯えているように見える。初めて見るキメラの特徴に思考を巡らせる。


(キメラの目が真っ赤じゃなくて、もやの中に白が混じってる時はそれぞれの個体の意思が残っているとしたら、勝手に出てきて本能のまま暴れているって事?)

『なぁ、コイツら以外に獲物いねぇの? 弱過ぎでつまんねぇよ』


 外見や行動の違いから今回は襲撃の意図を考えていると、クロトの声がスピーカー越しに聞こえた。

 簡単に蹂躙できる相手で戦意が削がれたのだろう。動きもいつものような激しさはなく、襲い掛かってくるキメラを鬱陶しそうにあしらっている。


「確認できているのはそこにいる個体のみだ」


 石山の声には少なからず怒りが含まれていた。クロトにとって容易い敵であっても人間にしてみれば十分脅威となる存在だ。クロトがうっかりキメラを討ち漏らして犠牲者が出るのは避けたいはずだ。


(司令もいつもと違う?)


 クロトがこちらの事情を無視した発言をするのは今に始まった事ではない。それなのに、今更苛立ちを覚えるだろうか。


(それに、アレクが来ないのもおかしい)


 アレクはすぐに駆け付けられない状況でも何かしら連絡をするはずだ。それなのにキメラ出現からそこそこ時間が経過しているのにアレクから応答はない。


(私の知らないところで何かあったのかな?)

「キメラが分散してαから離れていきます!」

『逃げんのかよ。メンドくせぇなぁ!』


 クロトは舌打ちをしながら二丁の拳銃に持ち替えて、一番多い群れを追撃する。キメラたちは戦意喪失しているようでクロトが放った光弾に倒れた仲間を気に留める事もなく、ひたすら逃げに徹する。


「α、大型犬単体ならこちらでもある程度は対処できる。群れを優先で撃破してくれ」

『はいよー』


 気のない返事と共にクロトは飛翔する。やる気のない彼の言動に苛立ちを覚えながらも優理は戦闘から今回の襲撃について意識は切り替える。


「今回、はっきりとした目的がないのかな?」

「仮にそうだとしても、己を不必要に傷付けただけにしか見えん」

「だよね。そこまでしなきゃいけない事情ってなんだろ?」

「分からん。だが、向こうも何かがあったというのは間違いないだろう」

「ヴァルカンはどう思う?」


 和弘の隣で真剣な表情をしているヴァルカンは優理の声が届いてないのか、無反応だった。口を動かしているが、声にはなっていないので何を言っているのか分からない。


「ヴァルカン?」

『ん? ああ、ごめん、考え事してた。どうしたの?』

「今回の襲撃、どう思う?」

『うーん、ボクには何とも言えないな。それより小山さん、能力に慣れ始めたみたいだけど、使いすぎはダメだよ』

「あ、うん、分かった。気を付けるね」


 元から強面な彼に真剣な表情で迫られると頼りないにならない神様でも、圧を感じる。

 少し違和感を抱きながらも目を閉じる。目に集まった熱を外に出すイメージを持ちながら長く息を吐く。


「あ……」


 吐き切って目を開けると一瞬だけ立ち眩みを覚える。よろけたところを和弘が支えてくれたため、大事には至らなかった。


「ありがとう」

「心身を削り過ぎたのではないか?」

「そんな事は………あるかも……」


 ネットに自分の個人情報を晒され、能力も使う頻度が増えた。能力を使っている時は疲労感はない。どちらかと言えば精神的疲労が溜まっているのだろう。


「人間は脆い。疲労が蓄積されている時ほど己を酷使しがちだ。自らの状態を把握せねば身を滅ぼす事になろう」

「そうね。今日はしっかり休むよ」


 キメラとの戦闘が激しくなっている中でみんなに余計な心配を掛けたくはない。今夜は十分な休息を取るようにしよう。


「っと、いけない。まだ戦闘中――」

「キメラの殲滅を確認しました!」

「被害状況の確認を急げ!」


 少しだけ目を離していたらそんな声が届く。

 モニターに映るのは血で真っ赤に染まったキメラの死体とその中心に立っているクロトの姿にだった。灰色の装甲はキメラの返り血で赤く染まり、持っている剣から新鮮な血が滴り落ちる。


「もう、終わったの?」


 それがクロトの姿を見て無意識に零れた言葉だった。口にしてから我に返り、自分に対して少し怖くなった。

 キメラ相手とはいえ、平然と命を蹂躙し、血で自らを洗うように赤く染まるクロトに何の恐怖も感じなくなっている事に気付いたのだ。


「………慣れって怖いね」


 初めてキメラとの戦闘を見た時は目に映る世界が赤一色になっていくのを見て気分が悪くなったのに、今は状況を分析しようとしている。


「我らには一つの惨状で目を背けていられる余裕がない。無意識に心が乱れぬようにしているのだろう」

「それって、いい事……なのかな?」


 化け物が相手とはいえ、命の奪い合いをしている光景を冷静に見ていられるようになった自分に不安を覚える。もし、これが人間同士だとしても、同じように落ち着いているのだろうか。


「同胞を支援する立場としては、状況が変化しても心を乱さずに判断できる冷静さは必要だ」

「……うん」


 このまま考え込むとまたネガティブな事ばかり考えてしまいそうなので悩みを心の片隅に追いやる。そして、ある事を思い出す。


「ねぇ、アレクはどうしたんだろ? まだ連絡が付かないんだよね?」


 結局、戦闘が終わるまでアレクからは何の応答もなかった。

 彼のエドナに対する憎しみは誰よりも深く、討伐するのが生きる目的となっている。そんなアレクがキメラとの戦闘に加わらないというのは異常だ。


「戻りました」


 石山が指示を出していると森崎と直哉が慌てた様子入ってきた。何故か、直哉は顔が真っ青で今にも倒れそうだった。

 森崎は石山に何か耳打ちすると石山は苦い表情になる。二人の様子が気になりながらも直哉の下へ駆け寄る。


「ちょっと大丈夫? 岬さん、今いないけど医務室まで連れてこうか?」

「わ、悪い」

「それよりアレク知らない? ずっと連絡取れなくて……」

「あいつなら、岬さんを病院に連れてってると思う」

「え? 何で?」


 優理の質問に直哉は答えず、目を逸らす。何かを知っている様子なのに口を滑らせないように口を固く閉ざしている。

 それは只事ではないと言っているようなものだ。


「司令、岬さんが運ばれた病院が分かりました。現在、手術を受けていて、βもそこにいるようです」

「岬さんが手術!?」


 優理の驚いた声は部屋中に響き渡る。突然告げられた内容が信じられなくてそんな事を気に留める余裕などない。

 戦闘とはまた違う緊張感が部屋にいる全員に走った。


「何でですか!?」

「………日高君の話によれば、アレクと日高君はキメラ出現前に一人の少年に絡まれたらしい。その少年が大型犬のキメラを従えていたようでアレクが捕まえようとした時に二人を迎えに行っていた岬さんが刺されたと」

『え、ウソ………あのアレクがキメラとの戦闘を放棄してまで桐島さんを病院へ連れてったてのかい?』


 話を聞いていたヴァルカンはとても驚いた表情をする。

 アレクと一番付き合いが長く、アレクが人間を捨ててまでエドナへの憎しみを募らせているのを知っているからこそ、今回アレクが取った行動に誰よりも驚いているのだろう。

 優理も岬の身を案じるが、それと同時に話の中で引っ掛かる事がある。


「キメラを従えてたって、まさか……」


 現在、エドナに加担していると思われるのは宮原だけだ。その彼が岬を刺した。

 正直信じたくない。けれど、生き残るために平気で他人を身代わりにする性根を知っているせいで宮原ならやりかねないと思っている自分がいる。


「小山さん、落ち着いて。司令、これからその病院へ行ってきます」

「だったら私も――」

「気持ちは分かる。だが、小山さんと源田君は連れて行けない。その宮原が病院へ来るとも限らない。ここで待っていてほしい」

「うっ……わ、分かりました……」


 宮原は優理に危害を加えようとしている。そんな自分が人の多い場所で狙われたら無関係な人を巻き込んでしまう恐れがある。

 岬の安否を確かめたいが、そのために誰かを危険に晒してしまうわけにはいかない。


「あ、あの! 俺も一緒に行ってもいいですか?」

「直哉?」

「心配なのは分かるが、君も顔色がかなり悪い。今は休んでいなさい」

「でも! あいつ、めちゃくちゃテンパってて、放ってはおけないんです!」


 直哉は震えた身体で頭を下げた。

 キメラと仲間との戦闘に、岬が刺された。きっと怖かったはずだ。アレクも今までにないくらい憔悴していたのだろう。だから、自分の具合を無視してアレクの事を心配している。


「森崎君、連れて行ってやりなさい」

「司令、いいんですか?」

「彼の気持ちも分かる。それに、襲ってきた少年についても二人に聞かなければならない」

「司令……ありがとうございます!」

「礼はいい。森崎君たちはすぐに病院へ向かってくれ。小山さんと源田君は他の者に送らせる」

「分かりました。行くぞ」

「はい」


 森崎と直哉は一礼すると駆け足で部屋を出ようとする。どうしようもない不安に苛まれていると不意に誰かが肩に手を置いた。


「和弘?」

「直哉」


 どうしたのかと問い掛けるよりも先に和弘の重く響く声が直哉を呼び止める。直哉、それに森崎も立ち止まり、彼を見る。


「何だ?」

「頼んだぞ」

「あ、ああ……?」


 言葉の真意も分からずに答えた直哉は森崎と共に部屋を出て行った。扉が閉まった後もみんな、沈黙したまま扉を見続けていた。


「岬さん……お願い、死なないで……!」


 優理の切実な言葉は誰の耳にも届かない。それでも優理にできるのは祈る事だけしかなかった。

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