103話 女子会
夜も更け、静かになった部屋の中で優理はスマホを操作して、岬にビデオ通話をする。数回のコールで岬は反応してくれた。
『優ちゃーん、こんばんはー』
「こんばんは、夏鈴ちゃん。元気?」
第一声に飛び込んできた一村夏鈴の元気な挨拶に笑顔で返す。いつもなら眠くなっているはずなのに、それを感じさせない様子が映し出された画面で見ると自然と頬が緩む。
「昨日は応援メッセージありがとね。すっごく元気になったよ」
『ほんと!? 優ちゃんが元気になってよかったー』
「夏鈴ちゃんはどう? 寂しくない?」
仕方がないとはいえ、突然ホームを出る事になって彼女に寂しい思いをさせてしまった事に申し訳ないと思っている。
夏鈴は一瞬だけ暗い表情を見せるが、また明るい笑顔を作る。
『ううん、大丈夫! こうしてお話もできるし、平気だよ』
「そっか、ありがと」
自分を心配させまいと強がっている夏鈴の気持ちが伝わるために何も言わず感謝の言葉を述べる。岬も察してか、夏鈴の頭を優しく撫でている。
『しばらくは会えなくなっちゃうけど、今みたいにビデオ通話できるからお話はいつでもできるわね』
「そうですね」
『森崎君たちはどう?』
「みんなはリビングで書類と睨めっこしてます」
対策室に行ってから和弘はクロトたちの新装備を創る作業をしているようだが、完成には至っていないようで持ち帰って頭を唸らせていた。
『そう。今度来た時、インスタントコーヒーとか持っていくわね』
「はい。伝えておきます」
『それより、森崎君にバレてない?』
「何がですか?」
岬の質問の意味が分からず、首を傾げる。彼女の笑みはいつもの穏やかさではなく、どこか悪戯心があるニヤニヤしている。
その表情を見て、何が言いたいのか分かった優理はすぐに顔が赤くなる。
『慎君に何かするの?』
「いや、そうじゃないんだけど……えっと、ちょっと言うのは恥ずかしい、かな」
一人状況が分からない夏鈴。彼女に森崎への想いを打ち明けるのはかなり恥ずかしい。
これが相談ならば、そんなに抵抗はないのだろうが、単純に彼が好きになったと告白するのはハードルか高い。
『ひょっとして優ちゃん、慎君の事、好きになったの?』
「ぶっ!?」
突然の問いに優理は体温が上昇していくのを感じながら、思考が停止する。優理の反応から察した夏鈴は目を輝かせて画面に近付く。
『そうなの、優ちゃん!?』
「それは、その……なんというか……」
夏鈴の予想外の食い付きに言い淀む優理。可愛がっている少女に自身の恋愛絡みを聞かれ、恥ずかしさが増す。
そんな優理を置いて夏鈴は一人で盛り上がり、岬はその後ろでニヤニヤしている。
『そうなんだね! 花火大会の時とか二人で並んでたのすっごくお似合いだったし、絶対いいよ!』
「そ、そう? ありがとう、夏鈴ちゃん」
置いてけぼりを食らいながらも夏鈴の言葉に満更でもない優理は自然と頬が緩む。そして、会話の中で出た花火大会というワードで気になっていた事を思い出す。
「そういえば、岬さんってアレクとどんな感じなんですか?」
『あら、私?』
「はい。その、あの時っていろいろとあったじゃないですか」
『あ〜、そうね。その節は本当に迷惑を掛けてごめんなさい』
当時の事を思い出して岬が頭を下げる。
酔っ払ってキスされそうになる。彼女と出会って一番衝撃的な出来事だった。忘れてと言われてもおそらく無理だろう。
その岬から優理を引き剥がしてくれたアレクが代わりにキスをされてしまったのだ。
「あ、いえ。私はもう気にしていませんから!」
本音を言えば同じ女性だったのにあの時の岬は色気のある雰囲気で二人きりで酒臭くなければ身を委ねていたかもしれないと思った。
それを伝えても嬉しくないだろうし、聞きたい事から遠ざかるので黙っておく。
「それで、あの後ギクシャクしてた二人がいつの間にか元通りになってたので気になってたんですよ」
『そっか。優理ちゃんたちからはそう見えていたのね』
申し訳なさそうな表情から納得した表情に変わった岬がなんと答えるのか優理は無意識に顔を画面に近付ける。
岬は少しだけ考える素振りを見せてからようやく口を開く。
『実はね、少し経ってからアレクのエスコートで二人きりで出掛けたの』
「うそ! どこに行ったんですか!?」
ある意味クロト以上に他人と関わりを持とうとしないアレクが自発的に彼女を誘うとは思ってもみなかったので、自然と興味が湧いてきた。
『内緒。これは私とアレクだけの秘密だからね』
『お、大人のよゆーだー』
「え~、気になりますよ~」
『知りたかったらアレクから聞いてね』
「無理ですよ~。あいつ、口固いじゃないですか」
尋ねたとしても沈黙される未来しか想像ができない。誰よりも自分の事を話さないアレクから事情を聞くなど不可能に近いだろう。
「じゃあせめて、ヒント下さいよ~」
おそらく二人から聞き出すのは困難だろう。ならば、自分で答えを見つけるしかない。『分析』の能力を上手く使えば答えを導き出せるかもしれない。
『ん~、そうね。アレクだからこそ、エスコートできる場所、かな』
「どういう事ですか?」
言っている意味が分からず、首を傾げる。やはり、素直に教えるつもりはないのでヒントも大雑把なものなのだろう。
夏鈴も眉間に皺を寄せ唸っている。
『ふふ、解けるかしらね~』
「もう。岬さんのいじわる~」
手の平で転がされているのに優理にとってこの時間はとても楽しいものだった。きっと二人と姉妹だったらこんな他愛もない話をずっとしているのだろう。
「アレクって岬さんの事、好きなんですかね?」
『あら、どうして?』
「だって、岬さんにだけ心を開いてるような感じがするんですよ」
岬と二人きりで出掛けたというのもだが、これまでのアレクは岬の提案した事に対して渋々といった態度を取るものの素直に従ってている。
それはクロトと違うような理由があるのではないだろうか。
『それを言ったら、直哉君とも仲良くしてるじゃない』
「確かにそうですけど、なんか友達って感じでもない気がします」
アレクはよく直哉に相談事を外でしているようだが、優理が見ている範囲でアレクと直哉の関係はよく話すクラスメイトに近いだろう。
「岬さん的にアレクはどう思います?」
『そうね、人当たり良さそうに振る舞っているけど、心を開かないように自分で壁を作っている感じかな?』
「やっぱそう思いますよね~。あ、そうじゃなくて! 異性としてどう思います?」
『異性として、ね……』
質問の意図を明確にして再度尋ねると岬は沈黙する。顔が画面の外に移動し、身体の向きが夏鈴から逸らしているので二人からは岬がどういう表情をしているのか分からない。
踏み込むべきではなかったかもしれない。
そう思って口を開こうとした時、岬が先に喋る。
『私的には有りかな。だって、あんなモデル顔負けのイケメンとか滅多にいないでしょ?』
「そ、そうですよね~」
『二人がくっついたら美男美女カップルだねー』
返答した岬は怒っている様子ではないので一安心だ。年上という事もあって岬の考えている事が分からない時が多い。
表情を見せなかった時、彼女はどんな事を考えていたのだろうか。
『私たちの話ばかり挙がってるけど、夏鈴ちゃんは好きな人いないの?』
『わたし?』
「か、夏鈴ちゃんの好きな、人……」
岬の言葉で頭の中が真っ白になっていく。
小学一年の夏鈴に彼氏という存在はまだ早いだろうが、彼女の可愛らしいさなら成長すれば自然とできるはずだ。
『好きな人……う~ん、クロちゃん?』
「あいつだけは絶対にやめときなさい!」
赤の他人に妹のみたいな可愛らしい夏鈴を奪われるのは耐え難いが、あんな狂犬じみた男にやるのはそれ以上に危険だ。
「今は平気かもしれないけど、いつ夏鈴ちゃんに暴力を振るうか分からないし、歳の差考えたら犯罪だから絶対にだめよ!」
『優理ちゃん、どうどう。画面越しだと恐怖が倍に感じるから落ち着いて。あとその言葉、そのまま自分に跳ね返ってくるわよ』
『優ちゃん、めちゃめちゃこわい……』
「そ、そんな〜」
夏鈴のためを想って言ったはずなのに、当の本人は岬の後ろに隠れてしまい、岬も割と本気でドン引きした表情を見せる。
「だ、だけど、あいつに夏鈴ちゃんをやるくらいならわたしが貰うわ!」
『そうなると森崎君の事は諦めるのかしら?』
「いいえ! 二人の心は絶対に掴んでみせます! そして、幸せな時間をずっと過ごすんです!」
『また優ちゃんが壊れちゃったねー』
『何でこの子は夏鈴ちゃんの事になるとこうも暴走するのかしら?』
呆れた様子の二人に気付かず優理は一人で盛り上がっていた。
その後も優理たちは夏鈴が眠くなるまで他愛もない話を続けて一日の終わりを迎えた。




