102話 帰り道 岬視点
優理とのささやかな恋バナをした後、岬はスーパーに来ていた。購入した食材の量はかなり多く、会計にも時間が掛かった。これを一人で運ぶとなると憂鬱になるだろう。
しかし、岬には同伴者がいる。
「ありがとね、アレク。荷物持ってくれて」
「これくらい構いませんよ。むしろ、こちらこそありがとうございます。わざわざ食事の用意をしに来てくれて」
会計を終えて近付く岬に食材を袋に詰めていたアレクは微笑む。帽子を深く被り、眼鏡を掛けたいつもと違う雰囲気に新鮮な感じがする。
「まぁ、そっちに大食漢の和弘君がいるのに料理できる人がいないからね」
「人数分ならなんとかなるかもしれませんが、あのバカが満足するだけの量は無理なので、足りないとほざいたら飢えさせてやろうと思ってました」
「流石にそれは和弘君が可哀想よ」
苦笑しながらも頭の中で、空腹で元気のない和弘の姿を想像してしまった。きっと、空腹感でいつもの厨二病な言動も大人しくなっているのだろう。
(あれ? 静かになるなら悪くないかも?)
和弘は言動がうるさいだけで問題行動を起こすクロトと違ってそこまで気を張らなくて済む。賑やかなのは問題ないが、毎日騒がしいとたまには静かな時間を過ごしたいと思う事もある。
優理たちが使っているマンションまでアレクと二人で歩く。その間の会話は少ない。けれど、岬もアレクもこの空気を気まずいとは思っていない。話題に困っているわけではなく、単純に帰るまでの静かな時間を二人共楽しんでいるのだ。
それでも時間も歩みも進んでいくものであっという間にマンションの入口まで来た。
「岬さんたちの方は何か変わった事はありませんか?」
「いいえ。特にないわね。学校の方は?」
「あの二人の話題で盛り上がっていますよ。拡散した映像からうちの高校の生徒だという事もバレていますから、メディアが学校に押し掛けていました」
エレベーターに乗り込んだタイミングでアレクが尋ねる。岬たち以外には誰も乗っていないが、できる限り二人に関わる話題は外では控えるのが暗黙の了解になっている。
「ほんと、みんな勝手よね。あの子たちがどれだけ苦しんでいるのか知らないにくせに」
「仕方ないですよ。キメラとの戦いがいつまで続くか分からないうえに進展が一切ない、さらにヤツらは強くなってきて主力であるボクたちも苦戦を強いられている。抱えている不安を誤魔化す何かがほしいんですよ」
「捌け口にされた二人にはいい迷惑よ」
どんな理由でも他人の個人情報をネットに晒し、身勝手な事で批判するなど許されない行為だ。
それに自分たちが優理たちにしてやれる事は多くない。対応が後手に回っているため、彼女たちには辛い思いをさせてまっている。
「しかし、アイツは思ったより落ち込んでいませんでしたね」
「そうね。今は私たちがいるし、不器用なりにも支えようとしてくれる人のおかげで前に進もうとしてるわ」
「ボクたち以外にアイツの事を心配している人間がいるんですか?」
「ああ、違う違う。私たちの中で特に優理ちゃんを支えようとしてる人がいるでしょ?」
岬の言葉の意味が分からず、首を傾げるアレクだった。けれど、僅かな沈黙の後に納得したような表情を見せた。
ちょうどエレベーターが目的の階に到着して扉が開く。
「森崎ですか」
「そう」
「確かに昨日の優理は森崎を意識しているような様子でしたね」
「え? 何それ。詳しく聞かせて」
さっき優理本人から森崎について聞いたため、第三者の視点で彼女がどんな様子なのか、暗い表情ばかりしていた優理の変化としても、他人の恋愛話としてもかなり興味がある。
「さっき対策室で歳の離れた異性は好きになるかって聞いてきたから、本人がいる時はあの子どんな感じなの?」
「……そういえば、森崎に対して余所余所しい態度でした。喧嘩した後のような気まずさではなかったのはそういう事だったんですね」
「ふふ、良いわね、恋する乙女。あの子にはいやな事を全部忘れて、もっと他の人と同じような経験をしてもらいたいわ」
エドナ襲来で家族や友達は行方不明、巻き込まれてヴァルカンの神気を体内に宿し、個人情報を晒されて人々から身勝手な事を言われる。
優理は責められるような事は何一つしていない。それなのにどうして現実は彼女を冷たく突き飛ばすのか。
嫌な事ばかり考えていると優理たちが住む部屋まですぐに辿り着いた。アレクが扉を開けて先に入る。
「さて、気を取り直して夕飯作り頑張りますか!」
考えても仕方がないものは一度忘れて、気持ちを切り替えるように明るい口調で自分に喝を入れる。袋を持ってリビングに向かおうとした時、アレクが立ち止まって動く気配がない事に気付く。
「どうしたの?」
呼び掛けてもアレクは視線を落としたまま沈黙を貫く。綺麗な碧眼が前髪で隠れて何を思っているのか分からない。
心配して近付くのと彼が微かに顔を上げたのはほぼ同時だった。
「岬さんは……」
「ん?」
「あ、いえ。なんでもありません」
誤魔化すようにアレクは荷物を持って早足にリビングへと進んでいく。残された岬はらしくないアレクの行動に首を傾げる。
「どうしたのかしら?」
前髪の隙間から微かに見えた目はどこか寂しさを感じさせるものだった。仲間が前向きになっている姿を見て、彼の心に変化が訪れたのかもしれない。
「まぁ、自分から話してくれるかもね」
アレクが何を言おうとしていたのか、岬には分からない。けれど、自分から話そうとした彼の気持ちを汲んで本人が話す気になるのを待とう。
また機会は訪れるはずだ。その時間はあるのだから。




