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001:深淵潜行

ヒュンッ


 冥界(タルタロス)の冷たく強ばった空気を貫いて、鋼針が飛んだ。

 俺の耳元をかすめて背後の岩で弾けた鋼針は赤錆を纏っていて、当たればたちの悪い傷を負いそうだ。


(また敵だ)


 声にこそ出さないが、仲間すべてがそう思っただろう。




 俺たちは今、レアーナの父親、アンティゴノス1世を探して、冥界(タルタロス)に潜入している。

 先に訪れた至福者の島(エリュシオン)が空振りだったため、芋づる式にここが目的地になったのだ。

 伝説通り、至福者の島(エリュシオン)から3つの(ニュクス)、すなわち領域間の片道三日の暗闇をこえてたどり着いた冥界(タルタロス)は、人為的に作られた青銅の壁で囲まれた領域だった。

 用途はおそらく『監獄(かんごく)』。

 狭隘(きょうあい)な門は徒歩でしか通過できず、可能な限りの物資を持っての強行軍。アンティゴノス1世を救出したら、即座に引き返す計画だ。


 メンバーは俺を含めて6名(?)。妖精の樹精(ドライアド)レアーナ、濘水(ねいすい)人のシメオン、矮眇(わいびょう)人の小人(リリパット)赤帽子(レッドキャップ)』氏族、巫現(ふげん)人の黒貂(ふるき)、人間の『朋血(ほうけつ)種』ニーナ。

 種族はバラバラで、みな目的は違ったりはするが、いろいろあって共に行動する俺の仲間だ。




 岩塊の上にしゃがみ込んだ、骨張ったシルエット。身に纏った粗末な布の引きちぎられた裾が風に揺れる。

 人型だが明らかに人で無い。食屍鬼(グール)だ。徒手(としゅ)である所から、先程の鋼針はなけなしの武器だったのだろう。青ざめた頭を奇妙にねじり、こちらへ飛びかかれるか慎重に計っている。


ギリッ、バン!


 レアーナの無言の先制攻撃。一位(いちい)材の矢が、胸の中央を狙って飛ぶ。

 ゆらりと後ろに倒れて矢をそらそうとする食屍鬼(グール)。しかし、矢はそれに追いすがるように途中から速度を上げ、僅かに方向を変えた。

 普通の矢みたいに避けようなんて甘い甘い。樹精が射る矢は木製。これは祖先の血肉を武器にするということ。某少年妖怪の霊毛のチャ○チャ○コ+リモコ○ゲタみたいなもんだ。樹精が木製武器にこだわる理由はここにある。


ドッ


「キョエエエエエエエ!」


 そらしたはずの矢に岩塊からたたき落とされる食屍鬼(グール)。見つけた俺たち(えもの)の血肉を独り占めしようとしたが果たせず、本能的に悲鳴を上げ仲間を呼んだ。

 こうなってはこちらが無言を貫く意味は無くなる。残念ながら潜行失敗だ。

 戦いに向いていない俺だが仕方なく、剣帯から短刀(ユニオンディバイド)自動小銃(オーバーライト)を抜く。わかりやすく武器をちらつかせないと、俺にだけ狙いが向きかねない。これだけでも牽制の効果があるだろう。


「レアーナ、儀装(ぎそう)しろ! 黒貂(ふるき)、ガヴォットを起動だ! 大量に出てくるぞ!」


「えーっ!? やっぱりやるのぉ?」 「承知した」


 レアーナは不満顔で、胸元から下げた胡桃(くるみ)を取り出すと、掌に乗せて前に差し出した。

 胡桃は液状になるとレアーナの後方に向かって、吹き付けるように覆う。両手を先端にした、鋭角のフォルム。

 表面が樹皮状に硬化すると、関節部がパキパキとひび割れ、前半身を覆う流線型の鎧になる。

 その全身から急激に冷気が立ち上がり、氷霧(ひょうむ)が渦巻く。


ミシッ パキ パキ――


 乾いた音を立てて、剣山のような氷柱が成長していき、唯一開いていた背面をおおいつくした。

 後頭部からは細かな枝葉が立ち上がりストレートの髪を巻き込んでいき、兜の房飾りのように後へ吹き流される。


 これがあの胡桃(くるみ)樹霜(じゅそう)の力だ。

 レアーナは、攻撃力はさておき防備に難がある。十数秒かかるので、敵の数が多そうなときは、嫌がってもあらかじめ儀装を強いるしか無い。

 もっとも時間のかかるレアーナの防備が整う頃、あちこちの洞穴や岩山の向こうから、新たな食屍鬼(グール)達が這いだしてくる。


「さ」「あ」「て」「で」「て」「き」「た」「ぞ」


 シメオンが進行方向をカバーするように前に出て、両手の巨大なサパラを高く掲げる。元々、切断と貫通に耐性のある彼の身体には、弱点である打撃に対する防御のために金属鎧のパーツが装甲として吸着されている。


 憑依時間を稼ぐためにギリギリまで待っていた黒貂(ふるき)が目を閉じると、入れ替わりに自走荷車の上に武器に混じって座って居た西洋紳士人形のガヴォットが起動して飛び降りた。

 ガヴォットはこわばり動かなくなった肉体を、自分の座っていたところにそっと座らせると、上腕に内蔵された複義肢を広げて、身体に巻き付けていた鋼線の(いばら)鞭を解き、シメオンに続く。


 この集団(パーティー)の頼れるツートップだ。


ウ~~~~


 集団(パーティー)の中心になる自走荷車から小さくサイレンが響き、前端の小さな棒におもちゃのような旗が揚がる。

 自走荷車の物資をたっぷり積んだ荷台の床下には、リリパット達の内部三層にわたる城塞がある。

 彼らにとっては、住居を兼ねた移動城塞になっているのだ。旗の揚がった辺りの真下は司令室、四隅には張り出しが有り、戦闘指揮所となっている。

 各側面からは、小さな砲門がぞろぞろと顔を覗かせる。トラファルガー海戦時代の、全盛期の戦列艦を思わせる威容。以前は前装砲に砲丸だったが、新造のこの城塞はすべて後装砲と先鋭(せんえい)砲弾だ。

 弾薬は、俺の洒落で4.25ミリ Liliputと同サイズ。拳銃弾の9ミリより小さいが、彼ら(リリパット)に取っては、この大きさでも砲弾となる。

 これを全身に100発も同時に食らったら、ソフトスキンの目標なら人間サイズでも即死だ。4ミリ×100粒の散弾と同じだからな。その上、炸薬入りだ。

 なにより頼りになるのは、全周に渡る何百もの目! 監視には身体のサイズは関係ない。

 極小口径の砲であっても、発砲音は集団(パーティー)全員に聞こえる優秀な警報となるのだ。


 その周りに俺、レアーナ、ニーナの遠距離攻撃勢が陣取る。

 自走荷車の上には、無防備になる黒貂(ふるき)の肉体、武器の予備と修理道具、食料と水槽が積んである。敵地で徒歩の今、こいつをやられたら生きて帰れないので守り抜く必要がある。


 さきほど岩塊からたたき落とした食屍鬼(グール)が岩の上に這い戻って、俺たちを憎々しげに()め付ける。胸には矢が刺さったままだが、こいつらには痛みによる不快は理解できても、抜けば痛みを抑えられることまで考えが回らないのだ。


シュゴッ! ジュボゥン!


 こいつが飛びかかろうと身体をたわめ始めたとき、いきなり背後で特有の発砲音。続いて強烈な閃光と炸裂音。


「げぶぅ!」


 背後から音も無く飛びかかってきた別の食屍鬼(グール)が、空中で打ち落とされたのだ。全身に浴びせた燐燭りんしょく弾が火の粉を飛び散らせる。


ドドドドドドン!


 勢いを失い地に落ちた所に移動城塞から、照準を合わせることのできた十数門が一斉に砲弾をたたき込んだ。衝撃でビクビクと跳ねて動かなくなる食屍鬼(グール)


「青銅の冥門をこえてからさほどたっていないのに、もうこれ。私たち、どうして危険を避けられないのかしら? 燐燭(りんしょく)弾も(りゅう)銀弾も限りが有るのに」


 中折式擲弾拳銃の銃身を折り、次弾を装填しながら、ニーナがつぶやきを漏らす。

 自嘲めいているが、明らかに進行方向を決めてる俺への皮肉が混じってるよね。すみません。

 擲弾拳銃(こいつ)は低初速で散弾的な使い方をするのだが、中身がヤバい。反応中の白燐とか硫銀(テルミット)奔流(ジェットメタル)を打ち込まれるのだ。

 貫通して相手を殺傷は不可能だが、鎧の効果を半減させ、持続的にダメージを与え、視力を奪い、地面に打てば面制圧もできる。

 実包の中身が何かは彼女のみが知るため、実際に撃たれるまでは対処が難しい。



 他を出し抜いて餌にありつこうとした一匹が倒されたことで、食屍鬼(グール)たちはひるんだ。

 こいつらは数が多くてしつこいが、欲望が先に立つ思考のため連携を取れない。抜け駆けのためには飛び込めても、ほかの者のために自分が犠牲になるのは嫌なのだ。バラバラでもいいから皆で突っ込む発想が無い。

 敵地に少人数で飛び込んでも何とかなっているのはこのためだ。俺たちの目的は冥界(タルタロス)異形(じゅうみん)を殲滅することでは無い。


「包囲される前に進むぞ、急げ!」


 自走荷車の起動輪が、静穏行動時の低速から巡航時の中速に切り替わり、俺たちも早歩きになる。

 速度を上げた俺たちに、食屍鬼(グール)たちは慌てて追いすがり、我先にと襲いかかってくる。


「ルォォォォォ!」


 間を詰められた前方の食屍鬼(グール)は、それを挑発と感じたのか、うなり声をあげて襲いかかってきた。

 先頭のシメオンが右手のサパラを胴体目がけて横に振り抜くと、食屍鬼(グール)は身を沈めてその下をかいくぐる。足下に飛び込んだところでシメオンの下腹目がけて伸び上がるように抜き手を出す。そろえた指に鋭い爪。

 爪は装甲の隙間を突いて、シメオンの下腹に突き刺さり手首まで埋まるが、シメオンは全く意に介さない。

 それを見てとり、食屍鬼(グール)は飛び退こうとするが、引いた手は掴まれたように抜けない。

 動きを止められた食屍鬼(グール)に、シメオンの左手が上から背面を回り、人間の骨格には不可能な動きで下からサパラを叩きつける。刀身は絡め取った手の脇から胴に食い込み切り上がる。食屍鬼(グール)の身体が衝撃で浮き、踏ん張っていた足がすっぽ抜けた。

 身体が宙に浮いた食屍鬼(グール)は、踏ん張れず手を抜き取ることが出来なくなり、残った左手で必死にシメオンの胴をかきむしる。シメオンは右手を高く振り上げて、暴れる食屍鬼(グール)の背中にサパラを叩きつける。上下の刀身が骨を噛む鈍い音。

 痙攣する食屍鬼(グール)の身体を、シメオンは脇に放り出した。


 シメオンに真っ正面から挑む気概の持てない個体は、側面から数を頼んで寄せてくる。

 ほがらかな笑顔をかたどったベビーフェイスに金髪。略礼服(タキシード)紳士(ガヴォット)が、物陰を伝って近寄り後衛を狙う食屍鬼(グール)を、4本の(いばら)鞭で威嚇し物陰に押し込める。

 隣接しなくても良いガヴォットの(いばら)鞭は、側面からの数のいる敵を牽制するには適している。

 食屍鬼(グール)はガヴォットの隙を狙って近づこうとするが果たせない。

 黒貂(ふるき)はガヴォットの目を使っているわけでは無いので、顔の向きから注意を払っている方向を判別できないし、木製の身体には予備動作も気配も無い。ただでさえ見にくい高速の(いばら)鞭をかわすのは至難だ。徒人(ただびと)を相手にするようにはいかない。


ギシュン


 ガヴォットの複義肢が鞭を放つ。複義肢の向いた方に向かって弧を描いて鞭が伸び、岩の背を乗り越えるためにうっかり身体をさらした食屍鬼(グール)の下腕を捉え、先端の小さな分銅の勢いで巻き付く。

 食い込む(とげ)の痛みで、何かに掴まれたと察した食屍鬼(グール)は、慌てて岩陰に身を隠そうと反射的に飛び退こうとする。


ピチュン


「ギョエェェェェェ!」


 合わせて引き戻された(いばら)鞭は、皮膚を切り裂いて肉をそぎ取る。激痛に叫び、腕をかばって逃げ出す食屍鬼(グール)

 どの程度まで負傷したら引くのかは、個体によってまちまちだが、大抵は片腕が使えなくなるか、足をやられると引く。戦う力を大きく損なうと、より襲いやすいと判別されて、同族から狩られかねないからだ。

 ガヴォットの下半身は絶えず前を向いているが、上半身は全方位を忙しく回る。二本の上肢と四本の下肢は、さらに忙しい。


ヒュン……ヒュン……ヒュオン……


 鋭く空を切る音。霞のようにしか見えない鞭。舞う血煙。俺たちだってヤバくて近寄れない。



 俺たちの後方の食屍鬼(グール)たちは、ズルズルと引き摺る鎖のように伸びており、一気に襲いかかられる心配は薄い。

 飛びかかってくる食屍鬼(グール)はいない。いまのところは。空中に飛び上がれば、ニーナかレアーナの射撃を食らうからだ。

 同族が先に飛びかかって、自分の餌のための犠牲になってくれないかと、お互いをうかがっているようでは、早歩き程度の移動でも包囲など不可能である。


 しかし、業を煮やした個体が散発的に飛び出しはじめた。

 冥界(タルタロス)の過酷な環境で培われた身体能力で荒野を駆け、長大なかぎ爪で引っかけてやろうと追いすがる。


ギュイン、バン! ドッ!


 もっとも近い食屍鬼(グール)を選び、踏み出して体重のかかった腿を打ち抜く矢。地を蹴る脚の力が萎えて、顔から大地に突っ込んで転倒する。


「だんだん増えてきちゃったよぅ! どうしよう、ケン!」


 出てくる敵を狙い撃つレアーナから泣きが入る。矢はかさばるので回収が前提で、70本程度しか持ってきていない。

 しかし、移動しながらの上に、矢を受けたまま敵が引いてしまうので、残りがどんどん減っていく。回収しに行こうものなら、確実に囲まれる。


シュゴッ! ボウン!


「ちょっと、ケンイチロウ! これ、そんなに長く持たないわよ! わたし、肉弾戦は嫌よ! あなたが、全部吹っ飛ばせばいいじゃないの!」


 ニーナのいらだちを隠せない声。最後まで徒歩の侵入に異議を唱えていたのだ。

 青銅の冥門が狭く、槽車が侵入できないのもあるが、あんなでかいもの持ち込んだら、間違いなく敵に集られる。徒歩で入らざるを得ないと説得してようやく承諾させたのに。


「大物にしか使いたくないんだよ!」


 ニーナは俺の能力を買いかぶりすぎだ。俺のとっておき(●●●●●)は、無敵に見えるが制約も多い。わざわざ弱点を喧伝する必要も無いから言わないけど。奥の手は本当にヤバい相手にしか使いたくない。


ドン! ドン! ドドン!――


 リリパット達も各砲座がバラバラに打ちまくっている。内部の連絡は伝声管と伝令頼みなので、統制射撃なんてとっても無理。

 四隅の戦闘指揮所の小窓からは、あたふたと駆け回るリリパット達が見える。見張り台では『敵発見』の旗がひっきりなしに振られている。




「虫どもが騒がしいので物見(ものみ)に来れば、小人どもめ!」


 突然、大音声(おんじょう)がなげかけられた。俺たちだけで無く、食屍鬼(グール)たちまでギクリと動きが止まる。

 声のした方を見るがだれも……いやちがう! 上だ!

 切り立った丘の向こうから顔を覗かせている、ひげをたっぷり蓄えた彫りの深い男の顔。だが大きさが違う。地面に振動を感じる。

 丘に手を突き、回り込んでくると、身纏衣(キトン)を身につけた巨躯が現れた。

 見上げるような姿。地の巨人(ティターン)神族!


「われらに残された最後の地すら奪いに来たか! 天空神(ゼウス)の走狗め!」


「ちょ!? ちょっと待て!」


 いきなりの決めつけに、俺は反論の声を上げる。

 しかし頭に血が上っているのか巨神(きょしん)は、固く握りしめた拳を振り上げる。憤怒(ふんぬ)にゆがむ顔。


「聞かぬ! 踏み潰してくれる!」


 それを聞いた食屍鬼(グール)達は、算を乱して逃げ出し始めた。


「え? えええ!? なにこれ! なんで私たちが狙われるの?!」


 レアーナが叫び声を上げた。

 巨神(きょしん)は手近にあった立ち枯れた木を掴む。ミシミシと樹皮が握りつぶされる音。腕に力こぶが浮かび上がると、ボコンと木が引っこ抜ける。逆さに持った木は、土を抱き込んだ根のせいで、まるで棍棒のように膨れ上がっている。それを肩に振り上げ、投げつけてきた。

 直撃したら一撃で確実に戦闘不能だ。それどころか即死まである。


「きゃーっ!」 「逃げて!」


 レアーナの悲鳴が聞こえる。ニーナの警告も。

 回転しながら飛来する枯れ木。土塊(つちくれ)を飛び散らせながら飛来する。

 俺は目を見開き、それを凝視する。すうっと全身に悪寒を感じた。時の流れが粘り着き、音が遠くなった。

 危機を認識した脳が視覚以外の感覚を遮断し、ゆっくりと動く時間の中で意識だけが覚醒する。


(わずかに()れるだろうか……いや、そっちには自走荷車が……)


 無意識に手が出た。自動小銃(オーバーライト)を向け、引き金を引く。


キシュ


 乾いたホワイトノイズ。自動小銃(オーバーライト)には、反動も発砲音も無いため、わざわざ確認の為にならしている音だ。

 白い立方体の弾体が跡を引きながら飛び、迫る枯れ木に衝突する。弾体は跳ね返ることも無く幹をえぐり、衝突から正確に12センチ進むと炸裂した。


ズ、バウゥゥゥン


 枯れ木が強烈な光芒に包まれ、辺りをモノクロにする。ストロボのような光は一瞬で消失し、枯れ木を空隙(くうげき)に書き換えて消滅(バニッシュ)させた。


バラバラバラー―


 根の抱えて居た大量の土が俺たちに雨のように降りかかる。


「やはり、ただの犬では無かったか!」


 巨神(きょしん)は、不敵に笑う。先程までの怒りはどこにもみられない。


(!? しまった、撃たされた!)


 反撃を誘われたのだ。巨神(きょしん)には高度な知性がある。最初に自走荷車を狙ったのも、手を出さざるを得なくして力量を測るためだったのだ。

 間抜けにも手の内を晒して、『神秘』の一端に手を掛けている事を知られてしまった。自動小銃(オーバーライト)は奥の手では無い(●●●●)が、もうお目こぼしは無いだろう。

 零落(れいらく)したとはいえ神。俺にとっても危険だ。もう生かして帰せない!


「ちょ、あんた、まだ使わないの?! 手を抜いてる場合じゃ無いでしょう?!」


「ニーナ、言い過ぎ! ケンの事信用してあげなよ、リーダーなんだし!」


 ニーナの()声にレアーナの()声。知を探求するニーナの目的を考えれば、出てしまうのも仕方の無い言葉だと思うが、いまは(こら)えてもらう。


「後にしろ! 全力で当たるぞ! 俺とシメオンで前衛、レアーナとニーナは後――」


 矢継ぎ早に指示を出すあいだも、巨神(きょしん)は黙ってみては居ない。手近の岩を掴んで投げつけてくる。


ヒュオッ ズン


「うわっ!」


 ぞっとするような音を立てて飛んできた岩を、危ういところで避ける。岩は間近の地面をえぐり、土塊(つちくれ)をまき散らす。巨神(きょしん)にはてのひらサイズでも、俺たちにとっては一抱えもある大きさ。10キログラムはあるだろう。当たれば最低でも骨折、跳ね飛ばされる小石や飛散する土だけでも、地味にダメージがある。


「――後衛、黒貂(ふるき)梅香(うめがか)に乗り換えて、移動城塞を守れ!」


ズシン ズシン ズズン ――


 シメオンもガヴォットも、次々投げ付けられる岩に難儀していた。シメオンは即死こそしないだろうが、歩行杖(ほこうじょう)が破損すれば、壁にはなれなくなるし、ガヴォットの(いばら)鞭も巨神(きょしん)相手ではミミズ腫れをこしらえるだけだ。

 俺が前に出るのと入れ替わりに、ガヴォットが胸部と胴部を互い違いに逆回転させて、胴に(いばら)鞭をくるくると巻き付けながら後退していく。当然、頭と下半身は前を向いたままだ。


 シメオンを援護するために、巨神(きょしん)の足下を狙って自動小銃(オーバーライト)を打ち込む。(まばゆ)い閃光が起こるが、それだけだ。土のような粉粒(ふんりゅう)体に対しては、弾体の消滅バニッシュ効果はほとんど無い。


「ぬおっ!?」


 しかし巨神(きょしん)は飛び退いてかわす。シメオンはそのすきに距離を詰めるが、巨神(きょしん)は足で土を蹴立ててシメオンに浴びせ、牽制する。土砂崩れのように降りかかる土。


「う」「ぬ」「ぬ」


 盾が不要で持っていないシメオンは、全身に付着した土に視界をふさがれて、あわてて距離を取る。

 巨神(きょしん)め。神代(かみよ)の昔からいるだけに、濘水(ねいすい)人の嫌がることをよく知ってやがる。


結界せよ(bandha)甲冑(ṭuṃ)消除したまえ(suru)垢穢(rajo)!」


 窮地のシメオンを助けようと、レアーナが刀印(とういん)を結び、短呪を放つ。言形(ごんぎょう)結印(けついん)が彼女の『心の形』の余剰部位を結合して方術(ハーミッシュ)が発動する。


り い ん ――


 シメオンの全身の装甲が、共振したように涼やかな音を立てると、付着した土砂がはじけ飛んだ。


 黒貂(ふるき)の再憑依までのクールタイムを、俺とシメオンで稼ぎ出さないとならない。だが、俺は武器こそ必殺でも、扱う身体能力がたりない。畢竟(ひっきょう)、射撃が主になる。


キシュ キシュ


 巨神(きょしん)に視線を合わせ、引き金を引く。弾体は自動小銃(オーバーライト)の向きに関わりなく、引き金を引いた瞬間に視点の合った場所を指向(しこう)する。

 徒手空拳に身纏衣(キトン)巨神(きょしん)は、そこらの大木や岩を武器にするしかないが、身体の大きさ故に投石や棍棒程度でも俺たちには致命的だし、歩幅の大きさによる移動の早さは脅威だ。戦列など飛び越えてくるし、知性のある敵はこちらが小さくても近寄らせてはくれない。たかられる恐ろしさを知っているからだ。

 距離を取って、じっくり構えて狙ってこられてはたまらないから、おれの自動小銃(オーバーライト)で立ち止まらせないように牽制する。

 危うい均衡(きんこう)。しかし、走っている距離はこちらが段違いに多い。


(これではこちらの体力が……)


 焦りと疲れが俺の足をもつれさせた。受け身も取れず、地面に叩きつけられる。

 巨神戦争(ティタノマキア)を生き残った歴戦の巨神(きょしん)は、その隙を見逃してはくれなかった。

 巨神(きょしん)は両手を外縛(げばく)に組み、身体をたわめる。全身の筋肉が盛り上がり、ぐっと身体が膨れ上がるような気迫をこめて地面を踏みつける。


ズン!


 大地が揺れた。広がる衝撃波。巨神(きょしん)を中心に地面がめくれ上がり吹き飛ぶ。

 衝撃波で意識が一瞬飛んだところに、遅れて届いた爆風が、俺とシメオンを弾き飛ばす。浮遊感、そして衝撃。


「あ……が……」


 大地を転がり、岩に強く背中を打ち、苦悶(くもん)する。激痛で声も出ない。


「我が瑛力(えいりょく)、とくと味わったか!」


 巨神(きょしん)(あざけ)り。振動と共に足音が近づいてくる。(くら)む意識に揺れる視界。やばい、動けない ――


讃えよその名(ラーーーーー)比類無き権能の君(ラーーーーーーー)慈しみの極光明(ラーーーーーー)まばゆき腕に祥福あれ(ラーーーーーーーーー)


 蒼天(そうてん)光炎(こうえん)教の聖句せいくが聞こえる。自走荷車の上で舞い踊る(しら)拍子(びょうし)黒貂ふるき梅香(うめがか)だ。再憑依が終わったのだ。

 聖典(マーベラス)が効力をあらわし、天空の太陽から光芒が降り注ぐ。疲労と苦痛が和らいでいく。


ボクッ


 レアーナが樹霜の背に並ぶ氷柱を折り取り、弓につがえる。


「私の仲間にやってくれたな! この野郎(こんにゃろ)~!」


 巨神(きょしん)を見据えて引き絞った弓を射る。氷柱は、その形にそぐわない鋭い動きで飛翔する。面倒そうな顔で小煩(こうるさ)い羽虫を避けるかのように身をかわす巨神(きょしん)。しかし氷柱はその進路を大きく変えて追いすがる。


「ぬおっ!?」


 思わず氷柱をはたき落とそうとするが、その手すらかいくぐって巨神(きょしん)の脇腹に突き刺さり、みるみるうちにその周囲に氷の根を張る。


「ぐううううぅ……」


 脇腹を押さえ、巨神(きょしん)の動きが止まる。

 樹霜(じゅそう)の背の氷柱はただの氷では無い。『命の形』を内包する自律誘導弾で、こちらが本来の矢である。しかしその分、氷柱は樹霜(じゅそう)の力を消耗する。

 レアーナは頭に血が上ってしまっている。樹霜(じゅそう)の消耗が極大に達すると儀装(ぎそう)が解けて無防備になるので、こんな戦い方をいつもの彼女はしない。

 もう俺たちには余裕が無くなっている。一気に勝負をつけるべきだ。


「ニーナ、時間を稼いでくれ! シメオン、暴風(ストーム)(ブレード)!」


「この埋め合わせはしてもらうわよ……」


 ニーナの、いらだちを押し殺した低い声。ポーチから密封容器(アンプル)を取り出し、頭部を親指で折り飛ばす。広がる果実のような甘い香り。ニーナは『それ』を一息に飲み干す。

 ネクタル、甘露(かんろ)、エリクシール、ソーマ、神酒(しんしゅ)、アムリタ、ハオマ――

 俺の世界で様々な名で呼ばれた錬成血漿(それ)が、彼女の内なる力を呼び覚ます。各地の吸血鬼伝説の元になった朋血(ほうけつ)種だけが、その真の効果を引き出せるのだ。


「め」「に」「も」「み」「よ」


 シメオンの体表に貼り付けられた装甲がバクリと開き、肋骨のように体内に飲み込まれていた八本のハルパーが現れる。

 群体としての性質を持ち、何十という活字を頭部の中でハンドリングする能力のある濘水(ねいすい)人は、全身が手であり目であるといえる。シメオンは体積の許す限り、腕を増やすことが出来る。

 十刀流など彼らにしか出来ない。


 錬成血漿(れんせいけっしょう)から剣技の神髄を心魂(しんこん)摂理(せつり)に組み込んで、今だけ歴戦の剣士になったニーナと、人型のくびきを捨て去って、全周を見据え全周を切り裂く暴風(ぼうふう)(じん)となったシメオンが、一足飛びに巨神(きょしん)の足下へ迫る。

 極大の物理戦闘力を発揮する分、激しい消耗を強いられる二人に、(うめ)(がか)聖典マーベラスが活力を補填する。


「きたれ旋風(せんぷう)(つど)え、(つど)え、渦巻く螺旋(らせん)の霊。全ての地に至る者よ。流れる者よ。空浄(くうじょう)せしめよ」


 レアーナが木製の小さな神像を握りしめ、神霊(ダイモーン)を招く。小さな『意志なき力』が収斂しゅうれんし、みるみるうちに大きなつむじ風を形成する。その中から現れるたくましい男の上半身。神霊に姿を与え終わると、神像はみるみるうちに枯れていく。一度限りの霊言(デモニッシュ)


「二人を守って!」


 ニーナとシメオンを指さして命じる。


「おおおおおおおおお」


 巨神(きょしん)は、足下を駆け回り、切りつけ、引き裂く二人に、位置取りが出来ずに重心が不安定になっている。それでも繰り出す足技や振り回す巨木を、旋風(せんぷう)神霊(ダイモーン)()らし、押しとどめ、吹き落とす。


(今しか無い!)


 コマンドワードと共に指を鳴らす。


「I・M・P!」


 俺は『奥の手』を放った。






 胸板に大穴の空いた巨神(きょしん)(むくろ)

 全員が疲労した身体を引き摺り自走荷車に集まる。消耗の激しいニーナとシメオンはしばらく動けない。黒貂(ふるき)も憑依のクールタイム。曲がりなりにも動けるのは、俺とレアーナだけだ。『赤帽子』氏族の皆に、警戒と回避運動を任せる。

 随分と派手にやったのだ。すぐにここを離れなければならない。



 なのに――



 いつの間にか荒野に一人の婦人が立って、こちらをぼうっと見つめている。

 生活に疲れた表情。(おく)()の目立つ束髪(シニヨン)。大きな(かめ)を肩に担ぎ、薄汚れた身纏衣(キトン)


 ぞっとした。


 こんなところにこんな者がいられるわけが無い。

 女は動かない。表情も変わらない。なのにゆらゆらと揺らめいて見える。じわじわと輪郭がぼやけ、黒いシミのように広がっていく。

 その中に無数の輝く点。星空?


(!!!)


「いかん! こいつ、星霊(デーヴァ)を降ろす気だ! やらせるな!」


「うん!」


 女に突進する俺とレアーナ。

 なんだか笑えてくる。極度の緊張で精神に失調をきたしているのかもしれない。




 アンティゴノス1世は、まだ見つからない。最悪、引き返して再挑戦する事も考えないといけないかも知れない。

 ああ、思えば随分と遠くに来た。俺の世界までは、後どれだけ進めば良いのだろう。


 俺は、あの日を思い出す。俺の人生が線路のポイントを切り替えたように、当たり前から逸れていったあの日を。


いろんなキーワードが出てきますが、世界の謎に迫る物は意図的に外してあります。

謎解きを楽しみたいかたはご安心ください。

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