1.襲撃
俺の名前は神林誠。
第三安全区の端に位置する公立高校、東第2高等学校に通学する高校二年生だ。
俺には仲のいい友人が沢山いて、血は繋がっていないが、俺を大事に思ってくれる家族もいる。
そんな人達がいるから、黒い雨が日常的に降り、凶獣がいつ壁を破壊して安全区に浸入してくるか分からないこのご時世でも、幸せに生きていくことができるのだろう。
だからこそ、俺は、両親と交わした一つの約束を、必ず守らなければならない。
『夏日を守る』
それが、両親と交わした約束だ。
夏日とは、現在高校一年生の義妹なのだが、この『夏日を守る』という約束は、黒い雨や凶獣だけでなく、『悪い男』や『悪い友人』からも守る、といった日常面も含まれるのだと思う。
そしてこの約束は、両親の為でもあるが、同時に俺の為でもある。
何故なら、肉親に捨てられていた俺を、実の息子のように大事に育ててくれた…そんな両親に少しでも恩を返さないと申し訳ない気がして堪らないからだ。
ただそれだけだが、可愛い妹を守る為の理由には、それ以上必要無い。
大事にしてくれる両親がいて…笑い合える友人がいて…可愛い妹がいて…
しかし、そんな平和な日常は、何の前触れも無く、突然壊されるものである。
◇◆◇◆◇
『東側対凶獣壁が破壊されました。第三安全区の住人は、直ちに隣接する他の安全区に避難して下さい。』
というアナウンスが町中に響き渡り、先ほどまで学生時代の武勇伝を熱心に語っていた物理の先生も、真剣な顔をして生徒に指示を出す。
「僕らは東側の人間だ。他の安全区に逃げるのは不可能、だからひとまずは対凶獣地下壕に避難する。いいな、訓練通りにするんだぞ」
指示を受けた生徒は、皆静かにエレベーターへと乗り込んで行く。
くそ…今からだと一年の所に行く暇はないし…夏日が心配だ……
そう不安になりながらも、1人だけ規律を乱すまいと、皆と一緒にエレベーターに乗り込む。
二年生の教室は3階にあるため、エレベーターの階表示は+3となっている。
全員がエレベーターに乗り込み、段々と階表示が+2、1、という様に降りていく。
一年生はちゃんと避難してるだろうな…
いつもならすぐに過ぎる時間だが、心配をし過ぎているせいか、いつもの倍、いや、いつもの10倍ほどの時間に感じる。
やがて、-3、-4となり、エレベーターの扉が開く。
そこには、初めて見る地下壕の内部があった。
体育館や講堂よりも広く、金属で覆われた殺風景な内壁。
そんな地下壕の中を見回すと、一年生が並んでいるのが見えた。
しかし、いくら凝視してもそこに夏日はいない…
俺は焦りの表情を浮かべ、一年の主任に聞きに行く。
「すいません、神林誠です。神林夏日はどこにいますか?」
「ああ、誠くんね…夏日ちゃん、地下壕に着いた時にはもういなくて…もしかしたらエレベーターに乗り遅れたんじゃないかしら」
………………え?
それはまずい…訓練通りなら地下壕へのエレベーターは時間が経つと自動閉鎖するはずだ…
とその時、周りで飛び交っている声に気付いた。
「おい姫宮、早く拓也たち助けてこいよッ」
「早く陽菜を助けに行ってよ!」
「絵里を見殺しになんてしないわよね」
皆自分達の事で頭がいっぱいになっているのか、この学校唯一の『神人』、#姫宮桜子に向かって強く理不尽な言葉をぶつける。
姫宮は「またか」と言わんばかりにチッと舌打ちをすると、ひどく面倒くさそうな顔をして、エレベーターの方へとゆっくりと歩いて行く。
「走れよ!」
「みんなの事考えてよッ」
「トロトロしないで頂戴!」
…デジャヴだ。
俺がまだ小学生の頃にも壁が壊れたんだ…
そしたら、自分では何もできない弱者達が、神人を怒鳴りつけていたっけな…
それだけじゃない……俺もそれに便乗したんだ…俺もその弱者の1人だったんだ…
自分では何もできないくせに……
自分では…………
気が付いた時には、姫宮と共にエレベーターに乗り込んでいた。
これは夏日を助けようという気持ちからでた行動か、過去の自分に対する怒りからでた行動か分からない……
だがとりあえずはこれでいいのだと思った。
数秒後…
『地下壕を閉鎖します』
という自動アナウンスと共に、エレベーターの扉が閉じる。
最後に生徒や先生の驚く声が聞こえたのがとても愉快だ。
そう優越感に浸っている時…
「なんのつもり?」
姫宮はキツい声音で言う。
「俺にもよくわかんねえけど、周りの奴らの声聞いてたら、勝手に体が勝……」
ッ!!
顔面に強い衝撃が走る。
目の前に姫宮の足が見え、今の衝撃は姫宮が俺を殴ったものだと理解する。
「何すんだよ……」
姫宮の顔を見上げると、今までに見た事の無い憤怒の形相でこちらを見ていた。
「善人ぶるなッ…………お前が死ねば誰が責められると思うッ?」
ッ!
そうか…俺も随分と自分勝手だったんだな…
「………………悪い」
それを聞いた姫宮は、ハァハァと肩を揺らしながらも、段々と落ち着きを取り戻していく。
「もう一階なのに…今更謝っても無駄だよ…」
ふと階表示を見ると、1と表示されている。
俺は殴られた事で正気に戻ったのか、先ほどまでは全く感じられなかった恐怖心を仰がれる。
そして、ゆっくりと扉から光が漏れだし、それと同時に大きな轟音が耳に入る。
『グォォオォォォオォォ!』