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ヘブン電話局

作者: 満月

 私が死んだら電話するから。 


 おばあちゃんは病室で、まだ口が利けた時に明子の手を握って言った。それから一週間も経たずにおばあちゃんは息を引き取った。葬儀や手続きなどを終えると、計ったかのように連絡が来た。


 ヘブンという電話局が出来たのは明子が生まれる前で、明子が生まれた時には皆当たり前のように使っていた。明子はそのヘブン電話局の人から、昨日、明子宛に電話が掛かって来た報せを受けて、ヘブンの待合室に座っていた。おばあちゃんの身元を証明出来る書類や、死亡診断書を受付の人に渡して、名前を呼ばれるのを待っていた。ヘブンを利用するのは初めてで、少し緊張していた。


「林様、林様」


 明子はすっと立ち上がって受付に札を渡すと、電話がずらりと並んでいる所の、二十一番を掌で示された。明子が受話器を取ると、可愛いメロディが五秒ほど流れたあとに息遣いが聞こえた。


「もしもし、明子かい?」


 おばあちゃんの声だった。明子は少し興奮した声で言葉を返した。おばあちゃんは繋がってほっと安心したのか、マシンガンのように喋り出した。


「さっきまでね、死んじゃった人達とお茶してたのよ。若い人もいてね、その人達を見ると私は本当に恵まれたなあって思って。この年まで生きらるなんてねえ。でもこうやって死んだ人達と繋がる世の中になってほんと有り難いわね。こっち側の人達とも知り合いになれるから寂しくもないし」


 おばあちゃんの話を聞いていると、おばあちゃんが死んだ気が全くしない。死んでいるが、生きているような矛盾した感覚である。天国と繋がる電話があるから、死を看取る側の悲しみを少しは和らげてくれると思う。姿は見えなくても声が聞けるだけで安心する。


「また連絡するわ。長生きしてね、明子」


 明子は受話器を置いた。


 死んだ人と連絡が取れるというのは非常に便利であった。事件に巻き込まれて死んだ場合は、顔見知りなら電話で犯人の名前を言うだけで特定出来るし、顔見知りでなくても特徴を被害者自身が述べた方が絶対事件解決の近道となる。そのため警察もヘブンをよく利用する。何らかの事件によって殺害された被害者と連絡を取るためである。今の時代、死人に口無しという言葉は死語である。


 ただ、問題もある。ヘブンが登場したことで自殺者が飛躍的に上がったことである。天国がある、と身近に感じた者達が、この世で生きることを諦めたことによって起きた悲劇である。この世で辛酸を舐めながら生を全うするより、天国で永遠に安らかな日々を過ごしたという気持ちは明子にも分かる。そりゃあそうだろう。


 死に別れた恋人のあとを追って死を選ぶ者も少なくない。死者の声を聞き続けることで前に進めない者達だっている。便利なことがイコール良いことというわけではないのだ。


 待合室に戻ると、席に座って名前を呼ばれるのを待っている人達でいっぱいだった。


 大切な人が死んでも、その人の声が聞けて、いつでも繋がりを感じられるのは幸せだろう。だから、明子はおばあちゃんが死んでもそんなに悲しくはなかった。他の人もそうだと思う。悲しみが和らぐというより薄くなってしまうような気がして、明子はそれが少し気掛かりだった。


 でも、救われる人の方がずっと多い。 



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― 新着の感想 ―
[一言]  はじめまして、葵枝燕と申します。  「ヘブン電話局」、読ませていただきました。  亡くなった人と会話したい、もう一度話したい――そう思うことは誰にだってあると思います。私も叶うなら、十年ほ…
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