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反忠臣蔵外伝

作者: 神田川一

元禄期。赤穂浪人の吉良邸討ち入りから数日後。

高田馬場にて行われる、山吉新一郎と高田郡兵衛の真剣勝負。

果たして、勝つのは!?

 元禄十五年十二月(一七〇三年二月)。

 赤穂浪人の吉良邸討ち入りから数日後、夕刻の高田馬場。少し前から、小雨が降っている。

 待つこと四半刻(約三十分)。ようやく、待ち人がやって来た。

「どうやら、手紙は読んでもらえたようだな」

「山吉新一郎、とかいったな。吉良家の元家臣が、いったいオレに何の用だ?」

 相手はやや、喧嘩腰だ。無理もないが。

「そんなに、警戒しなくても。浅野も吉良も改易となった今、オレらがいがみ合う理由もないだろ」

「それは……。いや、そう簡単に割り切れるもんじゃない」

「そうかい。まあ、そういったしがらみは、横に置いとくとして」

 オレは単刀直入に、本題を切り出す。

「オレと立ち合え」

 少し、間があった。

「それこそ、理由は?」

「先日の討ち入りでは、不完全燃焼だったからだ。堀部と斬り合いしたはいいが、途中で邪魔が入っちまったんでな」

 オレは、肩を竦めて見せる。

「へぇ」

 高田の眼光が、妖しく増した。

「安兵衛と斬り合って生きてるなんて、あんた強いんだな」

「それなりには。だから『槍の群兵衛』とやれば、完全燃焼できるかと思ってね」

 オレは、唇の端を歪めて笑った。

 ――高田郡兵衛は宝蔵院流高田派の槍の達人で、元赤穂藩士きっての武闘派である。堀部安兵衛の親友で、槍を持たせれば堀部より強いとも聞く。

「どうせあんたも討ち入りに参加できなくて、ムシャクシャしてんだろ?」

 現在。討ち入りに参加しなかった赤穂浪人への、世間の風当たりは相当に厳しい。

「不忠者」だとか「臆病者」などと、悪口を言われる。

 外野が随分と勝手な言い草だが、後ろ指をさされて気分のいい人間はいまい。

 特に高田は、武勇で知られた人間。風当たりは、人一倍強いはず。

 高田が泉岳寺に祝い酒を持っていったら、罵声を受けて追い返されたとまで聞く。他家への仕官話も、流れただろう。悲惨な話だ。

「面白ぇ。オレに死に場所を用意してくれるってか?」

「さあね」

 オレは肩を竦めて、大きく息を吐く。

「ただ、追い腹切るぐらいなら、斬り死にしたほうがマシだろ? 刀槍に生きる人間としてはさ」

 強者つわものに、世間の悪評に耐えかねての自害なんて似合わない。斬り死にこそが相応しい。

「意外だな。吉良の家来に、あんたみたいな漢がいたなんてな」

 高田の眼光が、さらに増した。興奮気味だ。

「本当はもう一人、いたんだけどな。討ち入りがあった夜に、斬り死にしたよ」

 ――清水一学。吉良家・小姓。二刀流で強く、オレの親友だった男だ。

「じゃあ、そろそろ」

「ああ、やろうぜ」

 オレは小太刀。高田は槍。同時に獲物を抜き、構えを取った。

「だが、刀で槍に勝てるかよ」

「それは、やってみなけりゃ分からんだろ」

 高田は槍を右前半身構えに。オレも小太刀を右手に、半身に構えている。

「そうだなっ!」

 高田が先制の突きを入れてきた。オレは小太刀で捌く。

 ――いいね。オレはこういう単純で愚直な男が、嫌いではない。

 数回の牽制の突きの後、高田は本気の突きを入れてくる。

 その連続突きの速さが、徐々に増してきた。マズイ。このままでは、捌ききれなくなる。

 さすが槍。兵器の王の名は、伊達ではない。

 ましてやその使い手が、『槍の群兵衛』といわれた男なのだから、なおさら手に負えない。

 分かっていたことだが。獲物の長さが違いすぎる。

 懐に入らなければ、オレに勝ち目はない。

 顔、喉、脇腹。穂先が的確に急所を狙ってくる。しかも速い! 鋭い!

 ピッ! 鉄壁の防御の間隙をついて、穂先が頬を掠めた。出血。

 ヤバイ! 動きが読めない。癖が分からない。防戦で手一杯だ。

 ここは一旦、距離を取っ――ズルッ!

「しまった!」

 退がろうとしたら、ぬかるみに足を取られた。

「もらったぁ!!」

 高田が全力で、喉に突きを入れてくる。

 ――かかったな。

 わざと隙を見せたら、やはり全力で急所を突いてきた。

 この必殺の一撃を待っていた。

 ガッ! 全力。小太刀で槍の軌道を逸らす。

 高田の顔に、困惑の色が浮かんだ。今ので確実にったと、確信していたのだろう。

 ここだ!

 オレは素速く懐に左手を入れると、苦無を掴んで投げた。

「な!?」

 高田は咄嗟に屈んでかわしたが、大きく体勢を崩した。完全に、想定外だったらしい。

 同時に。ピタリと、槍の柄に小太刀をつけた。

 そのまま小太刀を滑らせて、一気に間合いを詰める。

 その時にはすでに、オレは左手で懐から合口を抜いていた。

「ちぃっ!」

 高田は迷わず槍を手放し、腰の刀に手をかけた。

 いい判断だ。が、オレのほうがわずかに速い!

「がぁっ!」

 合口が、高田の右肩を貫いた。勝負ありだ。

 高田はドスン、と腰を下ろした。どこか、満足気な表情に見える。

「オレの負けだ。殺せ」

 潔いことだ。が、

「断る」

 オレは即答し、懐紙で二刀を拭って鞘に納める。それから、懐から紙を取り出した。

「代わりに、これを受け取ってくれ。完全燃焼させてくれた礼だ」

「何だよ、それ?」

 怪訝な表情で、高田は受け取る。

「上杉家への、推薦状だ。気が向いたら、仕官するといい」

「な!? それはいったい、どういうつもりだ?」

 声に怒気が混じっている。怒らせたらしい。まあ、気持ちは分からなくもないが。

「情けをかける気か!?」

「いいや、違う」

 首を横に振る。

「だから、礼だよ礼。生命いのちを燃やさせてくれた礼だ。あんたならこの感覚、分かるだろ?」

 刀槍に生きる者のみが持つ、その感覚が。

「それに、オレは強い人間が好きでね」

 一応。オレは上杉家では、赤穂浪人相手に勇戦した強者、ということで通っている。だから、顔がきく。

 しかも、上杉家は外様ながら謙信公を祖とする、全国でも屈指の武闘派大名。高田とは相性がいいだろう。

「そもそもが、だ。乱心したバカ殿のために殉死なんて、下らないだろ」

 殉死を望む、堀部たちには悪いが。正直、理解に苦しむ。

 オレは肩を竦め、苦笑して見せた。

「今後は山吉弥次郎兵衛と名乗って、別人として生きていくといい」

 オレの遠縁ということにしておいたほうが、上杉家では都合がいいだろう。推薦状にも、そう書いておいたし。

「じゃ、完全燃焼できてこっちの用は済んだから。あんたも、満足できただろ?」

 表情から察するに。高田にも不満はないはず。

「後は好きにするといい。じゃあ、縁があったらまた会おう」

 オレは背を向けてヒラヒラと手を振りつつ、その場を立ち去った。


是非、読後の感想をお聞かせ願いたいです。

よろしくお願い申し上げますm(__)m

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